海運市況の好調で、停滞が続いていた日本の造船業界に明るい兆しが見えています。環状対応の流れもあり、今後ますます新造船の需要が見込まれるなか、日本は“造船大国”を取り戻せるのか、それを左右する課題のひとつが、人手不足です。
新型コロナウイルス感染症の影響で停滞していた経済活動が再開し、海運市況が上昇。これに伴って新造船価も上がり、新造船マーケットは2021年3月を底として徐々に回復傾向に向かっています。年間海上荷動量は、2000年段階で約64億トンだったのに対し、2022年は119億トンまで成長しており、今後も船舶の需要が増えると予想されています。そのためか、2023年6月に相次いで開催された造船・舶用事業者の団体による総会と懇親会では明るい声も聞かれました。
ニッポンの「造船」に追い風 見えている“新造船ラッシュ”な世…の画像はこちら >>今治造船本社工場。写真は建造中のばら積み船「LAKE GRASSMERE」(深水千翔撮影)。
日本船舶輸出組合によると、2022年度の輸出船契約実績は280隻約1174万総トンと、2021年度の313隻約1430万総トンよりは減ったものの、2015年度に389隻約2018万総トンを記録して以降では2番目の水準となっています。一時期は危険水域に突入していた手持ち工事量も回復し、2.7年分まで確保できています。
日本中小型造船工業会の会長を務める旭洋造船(山口県下関市)の越智勝彦社長は、「外航海運市況の好転や円安の恩恵で受注の回復が顕著だ。特にバルクキャリアー(ばら積み貨物船)では2年から3年先までの受注をしている造船所も多々ある」と話します。実際、バルクキャリアーで最小船型となるハンディサイズの発注が進んでおり、鋼材価格の上昇に苦しむ日本の造船所も同船型を軸に受注活動を行っているようです。
これに加えて世界的な環境規制の影響もチャンスとなりそうです。
IMO(国際海事機関)は2018年にGHG(温室効果ガス)削減戦略を採択。2050年までにGHG排出量を2008年比で50%以上削減し、今世紀中のなるべく早い時期にゼロエミッションを達成するとした目標を掲げましたが、日本郵船や商船三井、川崎汽船といった大手船社が揃って2050年までのネットゼロ・エミッション化を目標として打ち出し、新燃料船の開発を積極的に行っています。
鉄鋼大手の日本製鉄や石油大手の出光興産も2050年カーボンニュートラルを掲げ、サプライチェーン全体のGHG排出量を大幅に削減する方向に舵を切りました。日本は2050年までに国際海運からの温室効果ガス(GHG)の排出を全体としてゼロにすることを目指しており、IMO(国際海事機関)にも、これを世界共通の目標として掲げることをアメリカやイギリスなどとともに提案しています。
日本造船工業会によると、全世界の新造船建造量は年間約5500万総トン(2022年)。既存のディーゼル船を置き換え、GHGの排出量を抑えられるLNG(液化天然ガス)やLPG(液化石油ガス)、水素、アンモニア、メタノールなどを使用する新燃料船へ切り替えるには、2030年以降で年間1億総トンレベルの建造が必要とされています。
同会の金花芳則会長(川崎重工業会長)は「環境規制により各船社は2050年までに現存船を総取り換えする方向に動いており、新造船の建造量は大幅に増加するものと見ている」と話していました。
「この需要拡大をうまく捉えることにより、造船・舶用工業ともに安定した経営が可能になる。船舶のゼロエミッション化というゲームチェンジに応えていくために、舶用工業とはエンジンの開発や新燃料に関する規格化、サプライチェーンの準備などの連携強化が必要になってくる」(金花会長)
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本田重工業で建造中の旭タンカーが発注したハイブリッドEV船「あすか」進水式(深水千翔撮影)。
ただ、それでも日本造船が厳しい状況を脱したとは言い切れません。2022年の竣工量は世界3位となる950万総トンですが、2位の韓国は1630万総トン、1位の中国は2570万総トンと水をあけられています。新造船のシェア率は中国が47%、韓国が30%、そして日本が17%と上位3か国で9割以上を占めており、今後も造船大国の地位を守っていくためには、造船所の安定的な操業を確保しつつ、他国に負けない性能とコスト競争力を持つ船を開発していく必要があります。
とはいえ世界的に需要が高まっているLNG船の建造や貨物船とは違う能力が要求される大型客船の建造から日本は事実上撤退しており、それ以外の船種で戦うしかないのが現状です。
さらに、活況を呈する外航船とは裏腹に、国内の海上物流を支える内航船の受注もまだまだ厳しい状況です。背景には用船料が鋼材価格や資機材価格などの高騰を反映したコストと船価に対応できるレベルに上がらず、船主などが発注に踏み切れないという事情があります。
また、造船業界では現場と設計の双方で高齢化が進んでいるだけでなく、若手の採用が難しくなっており、人材確保が最重要課題として掲げられています。当然、船舶の航行を支えるエンジンや配電盤、計器などを製造する舶用企業にとっては、日本の造船所が安定的に受注していくことが非常に重要です。
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三菱重工業下関造船所で建造中の「さんふらわあ むらさき」(左)と「さんふらわあ くれない」。いずれも日本初のLNG燃料フェリーとして2023年デビュー(深水千翔撮影)。
日本舶用工業会の木下茂樹会長(ダイハツディーゼル会長)は「2030年以降、年間1億総トンレベルの建造になった場合、人材の確保、新燃料技術の対応、そして我々が製造する機器の供給の確保など、たくさんの課題が出てくる」と述べた上で、目指すべき船舶産業の姿を明確化するため国土交通省が設置した「船舶産業の変革実現のための検討会」に期待感を込めました。
2023年6月にはジャパンマリンユナイテッド(JMU)呉事業所で世界最大級となる2万4000TEU型コンテナ船「ONE INNOVATION」が引き渡されました。同船は政府系海外向けインフラファンド、海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)が建造費用の一部を出資しており、国をあげて日本の海事産業を強化しようという動きの一環です。今後、日本の造船業が復活していくのか、2023年は大きく動き始めた年となったのかもしれません。