“いい水”があるから作れるジャパニーズウイスキー-富士山の麓の「富士御殿場蒸留所」に行ってきた

今、日本のウイスキーが世界で脚光を浴びています。しかし2009年にハイボールが一躍ブームになるまで、国内のウイスキー市場は長らく“冬の時代”を送っていました。その後、朝ドラ『マッサン』の影響もあって国産ウイスキーの人気が高まると、今度は原酒不足が顕在化。いっぽう国際的な評価が高まる中で、2021年に「ジャパニーズウイスキー」の定義が明確化され、2022年にはウイスキーの輸出金額が酒類で首位になるなど、海外からも熱い視線を集めています。

そんなジャパニーズウイスキーづくりの現場のひとつ、富士山の麓で操業50周年を迎えた「キリンディスティラリー富士御殿場蒸留所」で、ふだんは見ることのできない工場の中を見学してきました。

1973年に操業した富士御殿場蒸溜所は、大麦を使用した「モルトウイスキー」と、トウモロコシやライ麦などの穀類を使用した「グレーンウイスキー」原酒の両方をつくることができる、世界的にも稀有な存在。「世界5大ウイスキー」と呼ばれるスコッチ、アイリッシュ、アメリカン、カナディアン、ジャパニーズのうち、アイリッシュを除いた4つをカバーするノウハウを持っています。といっても、おいしいスコッチを作りたい、おいしいカナディアンを作りたい……というのではなく、各国のウイスキーづくりの技術を設備的にとり入れ、それらをうまくブレンドすることで「日本人の嗜好に合ったおいしいジャパニーズウイスキーを作りたい」という思想から、この蒸留所はスタートしました。

ウイスキーづくりに重要なのが、水、空気、そして湿度。全国の何カ所もの候補地から、「そこで作ったらどんなウイスキーができるか?」を考えてこの場所が選ばれた、その決め手となったのが「水」でした。日本人の嗜好に合う“ほのかな香りの、やわらかい味わいのウイスキー”を作るのに適した水。この蒸留所で使う水はすべて、富士山に降った雪や雨が約50年かけて地層の中で濾過されてきた伏流水を、敷地内でくみ上げて使っています。

ちなみに、樽で熟成している間に液体が気化して失われるウイスキーのことを「天使の分け前(エンジェルズシェア)」と呼び、空気が乾燥していると、その分「天使の分け前」が増えて、樽の中身が少なくなってしまう。だからウイスキーづくりにおいて、湿度もとても重要。標高620mほどの位置にあるこの蒸留所には、富士の伏流水、13℃という年間平均気温、そして1年を通じて幾度となく発生する霧がもたらす湿度と、ウイスキーにとって理想的な条件が揃っているんですって。

そんな理想的な環境で作られているウイスキーが、「富士」と「陸」。シングルモルト、シングルグレーン、シングルブレンデッドの3つをラインナップする「富士」は、今年5月に開催された品評会「インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ2023」のジャパニーズウイスキー部門で、3品すべてがゴールドを受賞するなど、国内のみならず国際的にも高い評価を受けています。シングル=ひとつの蒸留所のという意味なので、「シングルブレンデッド」はモルトとグレーンの両方を作っていないと成りたたない、ここ富士御殿場蒸溜所ならではのウイスキー。

ほのかな甘い香りと澄んだ口当たりの「陸」は、どんな飲み方でも楽しめると右肩上がりの売れゆきで、特に炭酸で割ってハイボールで飲むのがおすすめだそう。

1983年をピークに人気が落ち込み、ウイスキーがまったく売れなくなった時期には、この蒸留所でも仕込み量が激減しました。「大学でウイスキーを勉強し、ウイスキーが作りたくて入社した」という富士御殿場蒸留所 代表取締役社長兼工場長の押田さんも、入社してからは長らく清涼飲料や「氷結」などのチューハイ作りに携わり、3年前にこの蒸留所に戻るまで、「もうウイスキーをやれることはないんだ」とまで考えていたそう。そんな長い低迷期を経て、ハイボール人気で再び活気を取り戻し、日本のウイスキーは、今や世界的な人気を集めるまでになりました。

ウイスキーの原酒は、自分で詰めた樽を働いているうち開けられるかわからない、というくらい長い年月をかけてできるもの。50年前にこの蒸留所ができた頃に、富士山に降った雪や雨が濾過された水が、ちょうど今くみ上げられて、仕込み、発酵、蒸留を経て樽に詰められ、さらに熟成庫の中で長い眠りについて熟成の時を待つ。壮大なロマンを感じずにはいられませんが、そんなロマンの一端に触れられるのが、蒸溜所の見学ツアーです。ポットスチルや木桶発酵槽を間近で見られる工場見学に加えて、「キリンシングルグレーンウイスキー 富士」と「キリンウイスキー 陸」の2種のテイスティングができるとあって、ウイスキー好きにはたまらない、貴重な機会となっています。

キリンディスティラリー富士御殿場蒸留所
静岡県御殿場市柴怒田970番地
「富士御殿場蒸溜所ツアー」
時間:10:10~14:10/所要時間約80分(工場見学60分、テイスティング20分)
費用:1人500円(20歳以上)
休館日:月曜(祝日の場合は営業、翌平日が休)、設備点検日、年末年始
予約:インターネットまたは電話(0550-89-4909)にて