「シニア」の外出促進で街も人も元気に 見守りタグ」を活用したポイントラリーで「健康増進」と「来店誘導」

「多摩イノベーションエコシステム促進事業」大学や研究機関、スタートアップをはじめとした多様なプレイヤーが連携し、社会課題の解決を東京・多摩地域で目指す取り組みの総称だ。ジョージ・アンド・ショーン株式会社は、同社開発の見守りタグ「biblle(ビブル)」(以下、ビブル)を活用して、同事業のリーディングプロジェクト「見守りタグとICTを活用したシニア/子どもの街歩き促進サービス」の実証を主幹企業として実施。「ポイントラリー」などの街に出かけたくなる“仕掛け”を通じて、シニアの健康増進、商店への来店誘導、地域の見守り検知率向上を実証した。“三方良し”の成果を残したプロジェクトには、どのような成功要因があったのだろうか。ジョージ・アンド・ショーン株式会社の井上代表にお話を伺った。
2022年11月から2023年2月の4カ月間、東京・多摩地域で「見守りタグとICTを活用したシニア/子どもの街歩き促進サービス」が実施された。
プロジェクトの主幹企業はジョージ・アンド・ショーン株式会社。「少しだけ優しい世界を創ろう」をビジョンに掲げ、ビーコン機能(※)を搭載した見守りタグ「ビブル」などを開発し、テクノロジーを駆使して社会課題の解決に取り組む事業を展開している。
※赤外線や電波、Bluetoothを用いた位置情報特定技術
「見守りタグとICTを活用したシニア/子どもの街歩き促進サービス」の具体的な施策は、シニアの外出促進を目的とした「ポイントラリー」と、地域の安心と安全の向上を目指した「駅通過メール」(※)。
※子どもや見守り対象者などが「ビブル」を携帯して特定箇所を通過した際にメールが配信される仕組み。実証の背景には通学路の整備の目的もある
沿線店舗へのプロジェクト参加誘致に京王電鉄や小田急電鉄、各種アプリやインフラ開発支援に日本オラクルなどが協力企業としてプロジェクトに参画している。京王電鉄はポイント獲得・端末の設置、小田急電鉄は子供向けメール配信サービスの提供も担った。
プロジェクトの根幹には、見守りの必要性が高い高齢者と子どもを「地域住民参加型」で見守るコミュニティの強化という目的もある。多世代によるコミュニティ構築の実証が目指された。
実証にあたって、見守りの対象となるシニアと小学校低学年の子どもに、見守りタグ「ビブル」が配布された。
シニアには「ポイントラリー」として街中で各種イベントが起きる仕組みを体験してもらい、「ビブル」を携帯するシニアと子どもが駅や特定の場所の通過した場合に、家族へメールが配信されるサービス「駅通過メール」を行った。
いずれも見守り対象者は「ビブル」を携帯するだけだ。
【ポイントラリーの施策】
画像提供:ジョージ・アンド・ショーン株式会社
シニアは見守りタグを携行して協力店舗の前を通るとポイント付与され、貯まったポイントで協力店舗の交換対象商品と交換することができる。
無料モニターのポスターなどを介して集められた見守りタグを携帯した171人のシニアと110人の小児が、検知器のある駅や特定の場所(見守り拠点5拠点、ポイントラリー参加店舗28店舗)を通過すると、通過した時刻と場所をメールで登録家族に通知する。
シニアの健康増進が、街を“活性化”するこのプロジェクトの目的を井上氏に聞く。
「シニアの方々が“街歩き”を通じて健康増進を図ることが大前提です。しかし、語弊を恐れずに言えば、私たちが考えている以上にシニアの方々は『元気』な方が多く、社会貢献に対しても積極的な意欲を持っています。
シニアの皆様の思いを“増幅”して形にすることもこのプロジェクトの目的のひとつでした」
ジョージ・アンド・ショーン株式会社は、これまでも全国の自治体で高齢者の見守りサービスのプロジェクトなどを手掛けてきた。
今回のプロジェクトの実証前に行った調査では、多摩エリアにここ数年で転入された方々と長年暮らしてきた方々との交流がそれほど多くないことを見出した。
「ポイントラリー」には、地域のコミュニティ強化を促す施策があった。
「ポイントラリーを楽しんでもらうだけでなく、シニアの皆さんが街を『歩く』ことで、ビブルと通信する専用アプリを保有する『サポーター』にもポイントが付与されます。ビーコン機能をもつビブルの特徴を最大限に活かし、サポーターがビブル携行者とすれ違うことで、『見守りポイント』を得られる仕組みを設計しました。
『サポーター』は獲得したポイントで対象店舗の割引券などをもらうことができるので、シニアの方が歩くことによって、地域の活性化や利益の還元にも繋がる“社会貢献”もできるというわけです。
これは『街の花咲かプロジェクト』というネーミングを付けていました。シニアのみなさんが街を歩けば歩くほど、地域の方々にもポイントが『振り撒かれ』て、地域と人とが繋がっていく、と。モチーフは『花咲かじいさん』の童話です」
画像提供:ジョージ・アンド・ショーン株式会社
プロジェクトの根幹を担った見守りタグ「ビブル」は、ジョージ・アンド・ショーン株式会社による開発だ。
子どもや高齢者が持ちやすいように、見守りタグのデザインにも工夫が施されている。
「『持って歩きたい!』と思ってもらえることもコンセプトのひとつでした。
安直な発想かもしれませんが、私の祖母への試作品には私の娘の写真を入れたものを作ったんです。……もちろん喜んで持ってくれましたよ(笑)。
今回のプロジェクトの終了後も『キーボルダーとしてもかわいい』『オシャレだからバッグに付けている』といったお声もいただいています」
画像提供:ジョージ・アンド・ショーン株式会社
小型化が可能なBluetoothだからこそキーボルダーサイズを実現できた。
遮るものがなければ直線距離で80メートルほどの距離で電波を飛ばすことができる。電波状況に影響を与える要因が多い街中などでも20~30メートル程の受信が可能だ。
「専用アプリを保有していれば、『ビブル』を携帯する方がいることを通知できます。登録時に自身のカテゴリーも選択でき、履歴を見ると今日はどんなカテゴリーの人とすれ違ったかを後から知ることもできます」
実証に参加した171名のシニアの約80%が3日間以上でポイント獲得を果たし、実証期間中は定期的な携行していた55%の人が、商品交換可能なポイントとなる50ポイントを獲得。50ポイント以上獲得した85名のうち46名が景品交換をしている。
ポイントラリーの対象店舗のうち、4カ月で最大2500回程度(日次平均約21回)の来店促進があり、全24店舗の平均値は540回となった。来店促進の結果を見ても、地域の活性化にも繋がっていることがわかる。
画像提供:ジョージ・アンド・ショーン株式会社
ポイントラリーの参加店舗からも次のような声が届いている。
「今回参加したことで、普段いらっしゃらないお客様の来店や顧客様がお友達を連れてきてくださるなど、新しい顧客の創出につながりました。また、ポイント交換というアクティビティーは実際に店舗の売上にもつながりました」(参加店舗:「肉の健有」)
一方、今回の実証で浮き上がってきた課題もあった。
「男女の参加比率は課題です。男性にもっと参加いただきたいと感じています。私たちが最も参加してほしいと考えていた方々は、外に出る機会がなかなかない『男性シニア』。
地域の高齢者の方々が集う体操教室などに実証前の調査で足を運びましたが、参加者の9割が女性という印象でした。
シニアの男性とも直接話す機会があり、お話を伺うと……そもそもそれほどアクティブではない方は、リタイアするまでは仕事に“生きて”いて、ようやく時間が出来て夫婦で過ごそうと思っていたら奥さんには奥さんのコミュニティがあるので、家でポツンとしている、といったケースが少なくなかったんです。
そのような方々にどのようにアプローチできるかと模索していたのですが、新しいコミュニティに参加することが面倒だと感じるなど、女性に比べると積極的に外出していないようなのです」
外出を促す“方法”はいくつかあると井上氏は語る。
例えば、民生委員に協力を仰ぎ、接点のある方を通じて楽しめるような機会を作ることなどの工夫は可能だ、と。しかしながら、健康増進意欲の促進を強く打ち出し過ぎれば、かえって逆効果ともなり得ることを危惧する。
今回の「ポイントラリー」で言えば、各人でも参加できる仕組みになっていることで、「一人で歩くのであれば参加しよう」という方も少なくなかったという。
「今回の実証中に、奥さまに誘われて追加で申し込みをされた男性のケースなどを見ると、一定数の人には外出するきっかけを作っていたと思います。これから取り組みたい課題だと考えています」
今回の実証は第1フェーズであり、第2、第3フェーズとして新たな展開も考えているようだ。第2フェーズは、今回のプロジェクトで得た情報をベースに社会実装し、ビジネスとして展開できるスキームを作ることだ。
すでに大阪の加古川市では、見守りタグが社会実装されてビジネスとして展開されている。
子どもや高齢者といったスマートフォンを持たない方々でもビブルを携帯するだけで、街中にある約1500カ所の防犯カメラや郵便車両に装着された受信機によって位置情報を把握することができる。万が一、街中で迷子になっても、どこにいるのかを追える仕組みだ。
加古川市のような取り組みをする自治体も増えてきているが、あくまでも根底には見守りが必要とされる子どもや高齢者が安心・安全に街中を歩くことができるようになることだと井上氏は強く語る。
「安心・安全に街を歩けることで高齢者の健康増進もできる、ということを『ジョージ・アンド・ショーン」の創業時から考えています。そういった提案や実証を約7年かけて行ってきた結果が、今回の実証に繋がっています。
今回の実証により、安心・安全のその先に投資しようという自治体も出てきているので、こうした取り組みは徐々に広がっていくと思っています」
どのようなビジョンを描いているのだろうか。
「高齢者が歩くことで健康増進ができるとすれば、社会課題として叫ばれている介護保険料の圧縮にも繋げることができると考えています。
ただ、私たちの取り組みは、費用対効果がわかりづらい。たとえば、見守りタグを持って毎日1キロ歩くようになったことで認知症予防に繋がっていたかどうかは認知症を発症しないとわかりません。歩かなかったら〇年で発症したけど、歩いたことで発症が〇年遅らせることができて、その分の介護医療費を〇円も削ることができたというのが対効果です。ただ、これは1年や2年単位でデータを集めることはできません。
私たちはAIによる認知症/MCI(軽度認知障害)早期検知サービスの開発も行っているので、各サービスを有機的に絡めたうえでデータを蓄積し、コストパフォーマンスの面でもメリットがあるということを伝えていきたいと考えています 」
ジョージ・アンド・ショーン株式会社がテクノロジーを駆使して挑む世界の先には、シニアにとって明るい未来があることが感じられる。
井上氏にとっての挑戦のモチベーションを聞いた。
「私が最も大事にしていることは、シニアのみなさんが生き生きと『ここで過ごして良かった』と言ってくれるような場を作ることです。デジタルとテクノロジーを使って、新しい“生きがい”を見つけてもらえたらすごくうれしいです。
なぜなら、自分たちもあと数十年もすればシニアです。自分がシニアになったときに『この世の中でよかったな』と思えるような世界にしていきたいと考えています。
シニアだからと諦めることを増やすのではなく、シニア発信で新しいことをしてみたり、生き生きと働ける場を探したりすることが当たり前のように作られている、作るためのインフラを作っていくことが、当面の目標です」
ジョージ・アンド・ショーン株式会社代表井上 憲(いのうえ けん)氏
1980年生まれ。ジョージ・アンド・ショーン株式会社 代表取締役/共同創業者。日本オラクル株式会社 ソーシャルデザイン推進本部 本部長兼務。社会起業家。2006年、東京工業大学院卒業後、日本オラクル株式会社へ新卒入社。事業開発を歴任し、2022年、日本オラクルと顧客企業との共創を事業とする「ソーシャルデザイン推進室」を立ち上げ本部長に就任。2016年、自身の祖母の認知症をきっかけに、ジョージ・アンド・ショーンを創業。見守りタグ+ヘルスケアAIを活用した“おでかけ”による「地域活性化」のサービスや、高齢者認知症に関連する社会課題解決に向けたAIを用いたヘルスケアサービスを提供。日本経済新聞社主催 スタアトピッチジャパン2020グランプリ、ICT SPRING 2019 準グランプリ他、受賞/メディア掲載多数。2022年、北陸先端科学技術大学院大学岡田研究室との共同研究成果が、国際論文誌「IEEE Access」に採択され、2023年、継続研究成果の論文も採択され学会で発表。
ジョージ・アンド・ショーン株式会社の約30人の社員の9割は“兼業”なのだそうだ。その実、誰もが知るIT関連の企業に籍がある優秀なエンジニアチームだという。さらに、親族に認知症を発症された方もいらっしゃるそうで、当事者意識を持って社会課題にアプローチしている。
今後のジョージ・アンド・ショーンの取り組みに注目していきたい。
本記事の内容は、2023年6月取材時点の情報をもとにしています
文:岡崎杏里