消耗戦の様相を見せるロシア・ウクライナ戦争。ロシアは約30年前のT-80戦車をリバイバル生産し前線へ投入しようとしていますが、その“とばっちり”を鉄道が受けています。重工メーカーは戦車だけでなく鉄道車両も手掛けるからです。
ロシア・ウクライナ戦争は消耗戦に陥っており、戦車大国だったロシアでも戦車不足は深刻です。2023年9月にロシア国防省系テレビ「ズベズダ」のインタビューに答えたロシアの重工業メーカー、ウラルヴァゴンザヴォド(UVZ)のアレクサンドル・ポタポフ最高経営責任者(CEO)は、国防省からT-80戦車の再生産を求められていると述べています。 T-80はT-72戦車と同時期に作られ外見もよく似ていますが、ガスタービンエンジンを採用するなど野心的な先進高度技術が取り入れられ、T-72より高性能といわれます。しかし、構造の複雑さと高コストゆえに生産数はT-72より少なく、1991(平成3)年には生産を終了しました。時代遅れにも思える戦車はウクライナ戦争に多く投入され、ロシア国内で配備されていたT-80の半数が失われたともいわれます。
ロシア戦車増産で“鉄道ピンチ”なぜ? じわり戦時体制へ 「新…の画像はこちら >>ロシアのT-80BVM戦車は、ウクライナへ侵攻した。写真は2020年の、対ドイツ戦勝記念日の軍事パレードにて(画像:ロシア国防省)。
UVZはロシア最大の工業企業体であり、戦車や装甲車の生産や修理を担っています。しかし30年以上前に生産を終了した戦車のリバイバル生産は簡単ではありません。サプライチェーンから製造ラインまで、ほとんどイチから立ち上げる新規事業に等しいものです。
ウクライナに供給されたアメリカの主力戦車M1エイブラムスも1996(平成8)年に新車製造は終了しており、その後はメーカーであるゼネラル・ダイナミクス・ランド・システムズ(GDLS)が古い車体をリプロダクトしています。アメリカ議会予算局(CBO)は、M1の新車生産を再開するなら4年8か月の準備期間と11億ドル(約1600億円)を要すると算定しています。
アメリカとロシアの事情は異なるでしょうが、巨大企業体UVZをもってしても大きな負担になることは間違いありません。ポタポフCEOの発言も今すぐにという意味ではないようです。
急拡大する軍需生産の「とばっちり」を受けているのが鉄道部門です。UVZは鉄道車両も製造しており、生産規模は戦車よりも大きいです。戦車を生産している重工業メーカーが鉄道車両も製造している例はよくあり、有名なところではドイツのクルップ社やヘンシェル社、アメリカのボールドウィン・ロコモティブ・ワークス社、旧ソ連ではハリコフ機関車工場など。戦車と機関車や鉄道車両は工業的に類似性があります。
UVZでは、戦争が始まってから戦車や装甲車の生産・修理の取扱量が3.6倍になり、その分、鉄道車両生産が圧迫されています。経済制裁によるカセットベアリングの供給減少など部品不足も影響しており、2022年には鉄道車両の生産量を1万3800台から7200台へとほぼ半減させたと報じられ、2023年もこの傾向は変わらないようです。
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ウラルヴァゴンザヴォド(UVZ)の戦車生産ライン(画像:ウラルヴァゴンザヴォド)。
ロシアでは軍事輸送はもちろん、物流の多くを鉄道に頼っています。西側から経済制裁を受けていますが、ロシア経済はあまり衰えを見せず流通量は増え続けています。ウクライナ戦線への補給線も鉄道が担っており、この路線には燃料を運ぶタンク車や戦車などを運ぶ平台貨車が集中運用され、貨車不足が問題になってきているほどです。
しかし鉄道輸送量全体を見ると、貨車の需要と供給の関係は「供給過剰」で貨車は余り気味。2022年末には貨車の削減も提案されたほどです。これは特別軍事作戦によって物流量とルートに大きな偏りができ、貨物輸送先が西方から東方のバイカル・アムール鉄道とシベリア鉄道方面に大きく移行したことにより、貨車の回転率が悪化し、特定の路線と品目で輸送能力をオーバーしたからだとされています。
ロシア産業・通商省は「貨車不足は一時的で、ロシアの貨車生産能力は年間約8万台あり需要を賄うことはできる」と楽観的な見積もりをしています。
国防省からUVZへの注文は戦車だけではなく貨車もあります。UVZは新型貨車(スライドドア付きの汎用屋根付き貨車:モデル11-5225-01)を開発しました。発注者は国防省ですが、形式的には民生品ということになっています。しかし貨車としては構造がやや変わっており、車内には寝台や装備品を収められる収納具があり、空調熱源機や換気装置も備えられ人が乗ることも想定されています。
これは「新型貨車」とはいいながら、もともと19世紀後半から使われていた「テプルシカ」と呼ばれる人員輸送用貨車を、時代に合わせてリバイバルしたものです。「テプルシカ」は有蓋貨車ですが、有時には兵員輸送に使えるよう寝台と石炭ストーブが設置でき、車体には木材やフェルトなどの断熱材が取り付けられ、側面にはガラス窓が付いていました。もっとも、資材や時間の制約から仕様通りになっていないものもありましたが、「テプルシカ」は大量生産され、帝政時代から1950年代まで軍人や囚人、強制送還者の輸送に使われました。
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第2次大戦で戦車とともに兵員輸送に使われた「テプルシカ」。
前線に出征する兵士と「テプルシカ」のイメージは深く結びついています。T-80のリバイバル生産と合わせ、ロシアはじわじわ戦時体制に移行していくのでしょうか。