「ターボ」はガソリンエンジンにおいて、大幅なパワーアップを可能にした発明品です。バイクやクルマのメカを知らない人にもパワフルなイメージが定着し、掃除機やドライヤーなどの家電やパソコン用品の名称などにも使われています。
その「ターボ」、クルマでは高性能スポーツカーだけでなく、軽自動車やディーゼルのトラックにも広く採用されていますが、バイクのエンジンには普及しませんでした。今回はその理由について解説します。
■そもそも「ターボ」ってどんなメカ?
「ターボ」は正式には「ターボチャージャー」という名称で、排気ガスの圧力で羽根車=排気タービンを回し、反対側の羽根車でエンジンに空気を過給(チャージ)するシステムです。同じ排気量の自然吸気(NA:ノーマルアスピレーション)エンジンよりもたくさん空気を取り入れることで、大きなパワーを生み出す仕組みですが、今まで捨てていた排気ガスのエネルギーを利用できるという利点もあります。
過給システムのアイデアは19世紀の終わり頃には考案され、第一次/第二次世界大戦の兵器開発で急速な進歩を遂げました。特に空気の薄い高高度を飛ぶ航空機では必須となりましたが、ターボを実用化できたのはアメリカだけで、ヨーロッパや日本では過給機をエンジンで駆動させる「(メカニカル)スーパーチャージャー」を採用しています。
スーパーチャージャーもターボも同じ「過給機」ですが、それぞれ長所と短所があります。空気は圧縮すると高熱になるため、ただ詰め込むとエンジンが異常燃焼して壊れてしまいます。そのため過給機仕様のエンジンは圧縮比が低く設計されているのですが、これでは過給機が回っていない状態ではNAエンジンよりもパワーが不足します。
スーパーチャージャーは過給機をエンジンで駆動するので、低回転から十分にパワーも出てスロットルの反応もリニアですが、エンジンパワーの損失も多く、高回転になるほど負荷が大きくなります。対してターボはエンジンパワーを食いませんが、排ガスの圧力が弱い低回転ではタービンが十分に回らないのでパワーが不足し、回り出すと急激にパワーが上昇します。このスロットルのズレとパワー変動の大きさが「ターボラグ」と言われるものです。
■戦後、自動車では一大ブームとなったターボ
第二次世界大戦の後、航空機用エンジンはジェットの時代に入りますが、レシプロエンジンの技術は自動車に転用され、1960年代にアメリカ、1970年代にドイツ、1980年代には日本でもターボエンジンを搭載した市販車が登場します。レースでもターボ車のパワーは圧倒的だったため、レギュレーションで排気量をNAエンジンより低く設定されたり、使用自体が禁止されました。
しかし、レースと違って乗用車の自動車税は車格と排気量で区分されていたため、ターボを搭載すれば税金が高い大排気量車のパワーを得られます。当然、同じ排気量のNAよりは燃費は悪くなりますが、若いドライバーを中心に大流行し、各メーカーから次々にターボ車が登場して百花繚乱の時代を迎えます。ただ、メーカーやモデルによってターボの味付けが異なり、比較的おとなしいものから、パワーの変動が大きないわゆる「ドッカンターボ」までありました。
その後、自動車税の改正やバブル崩壊などでスポーティなターボ車は姿を消しましたが、もともとターボと相性のよいディーゼルや排気量の小さな軽自動車では開発が続けられ、ターボラグや燃費の改善も進みました。そして現在は環境保護や省燃費の対策としてエンジンの小排気量化が進み、排気量が少なくなった分のパワーを補う「ダウンサイジングターボ」というコンセプトが主流になっています。
ダウンサイジングターボの流行はヨーロッパから始まったものですが、1980年代の日本国内でターボが流行したのも、根本は同じ“小排気量で大パワー”というテーマがあったからです。当時の国産ターボ車の性能は非常に高く、レースでもF1やラリーで華々しい戦績を残しましたが、それではなぜ、もう一つの“日本のお家芸”とも言えるバイクではターボが普及しなかったのでしょうか。
■国内4メーカーがターボバイクを販売していた
実は1980年代には国内4メーカーからターボを搭載したバイクが市販されています。いずれも輸出車ですが、ホンダの「CX500/650ターボ」(1981)を皮切りに、ヤマハ「XJ650ターボ」(1982)、スズキ「NX85ターボ」(1982)、少し遅れてカワサキも「750ターボ」(1984)をリリースしました。
この時代、日本製のオートバイは国際レースでイタリアやドイツといった老舗のヨーロッパメーカーを駆逐していました。その勢いもあり、国内4メーカーは積極的に最新技術を投入していたのですが、当時の技術ではバイクのターボ化はクルマよりも課題が多かったようです。
一つは当時のターボが最大の課題としていた「ターボラグ」で、車体を傾けて繊細なスロットルワークを必要とするバイクの場合、最適なタイミングでトラクションがかけられなかったり、スリップを誘発するといった扱いにくさがネックとなりました。
また、バイクの車体はスペースが限られているため、タービンや配管、インタークーラーなどの機器類を最適な位置に搭載するのが難しく、これらが発する高熱も車体やライダーに悪影響を及ぼします。
そのほか、1980年代のバイクは水冷化や多気筒・多バルブ化といった技術革新のラッシュで急激にパワーアップしていたので、さらにターボでパワーを上乗せしても1本のリアタイヤだけでは受け止められません。重量やコストも増加するため、ターボバイクの市販開発を続けるのは現実的ではなかったはずです。
■市販ターボバイクが復活する可能性は……?
こうして各メーカーから市販されたターボバイクは一代で終わりましたが、今でもクルマやバイク好きにとって「ターボ」という言葉の響きは格別であり、ロマンに満ちたパワーアップ・パーツです。そのため、パーツメーカーやバイクショップ、プライベートチューナーが市販車を改造してターボ化するカスタム事例も数多くあります。
とはいえ、これは一部の熱狂的なマニアだけが楽しめる世界であり、ガソリンエンジンが悪者呼ばわりされる現代では、ほとんどの人は市販車としてターボバイクが復活するのは難しいと考えているはずです。しかし、その可能性はゼロではないかもしれません。
ターボではありませんが、2014年にカワサキからスーパーチャージャーを搭載した「Ninja H2」が市販され、世界中のライダーから驚きと称賛の声が上がりました。現時点ではメーカーの技術力を示すプレミアムモデルですが、このご時世に過給機を搭載したバイクが市販されたことは今後の発展を期待させるもので、実はほかの国内3メーカーからもバイク用過給機に関する特許が出願されています。
現在、バイクやクルマのエンジンはカーボンニュートラルに対応した次世代パワートレインへ移行する流れにありますが、EVやハイブリッドのほかにも従来の(レシプロ)エンジンを利用できるバイオ燃料や水素といった脱炭素燃料の実用化も進んでいます。すでにバイオ燃料は国内外のバイクレースで導入され、水素エンジンは国内オートバイ4メーカーとトヨタや川崎重工による共同研究組合「HySE」が設立し、2024年1月には過給機付きのバイク用水素エンジンを搭載したバギーが過酷なダカールラリーを完走しました。
かつてはピークパワーを追及するイメージが強かったターボも、現在は省燃費と扱いやすいパワーを備えた「ダウンサイジングターボ」として復活しましたので、次世代燃料が確立すれば再び市販のターボバイクが登場するかもしれません。現代のバイクは“モアパワー”よりも“テイスト”を楽しむ時代。誇らしげに輝く「TURBO」のエンブレムや、ジェット機のようなタービンサウンドに魅了される方も多いのではないでしょうか。
津原リョウ 二輪・四輪、IT、家電などの商品企画や広告・デザイン全般に従事するクリエイター。エンジンOHからON/OFFサーキット走行、長距離キャンプツーリングまでバイク遊びは一通り経験し、1950年代のBMWから最新スポーツまで数多く試乗。印象的だったバイクは「MVアグスタ F4」と「Kawasaki KX500」。 この著者の記事一覧はこちら