2024年5月末、紅海でアメリカの原子力空母が過激派の攻撃で炎上したという内容がSNSを駆け巡りました。しかし、攻撃されたはずの空母艦長が動物と戯れる動画を直後に公開。結果、攻撃はフェイクだと判明したのです。
2024年5月31日、イエメンの反政府武装組織フーシ派は、米英による拠点攻撃への報復として、紅海を航行中のアメリカ海軍の原子力空母「ドワイト・D・アイゼンハワー」とその他の軍艦に対する攻撃を実施したと発表しました。
しかしその直後、攻撃されたとされる空母「ドワイト・D・アイゼンハワー」の艦長クリス・ヒル大佐は自身のX(旧Twitter)に動画投稿を行っており、しかもその内容がフーシ派の発表とは真逆の愛くるしいものであったことから、別の意味で話題となっています。
その動画は、「デモ」と名付けられたゴールデンレトリバーらしき中型犬と、艦長が触れ合う様子を収めたもので、当該犬が頭と耳を撫でられて喜んでいるのを見ることができます。説明文には「キャプテン『デモ』をもう少し見てみましょうか」とあり、現役空母の艦長が航海中に投稿したとは思えない、ほのぼのとした内容でした。
過激派「米空母を燃やしたぜ」 艦長「ウチの犬萌えるでしょ♪」…の画像はこちら >>アメリカ海軍の原子力空母「ドワイト・D・アイゼンハワー」(画像:アメリカ海軍)。
アメリカ海軍の原子力空母は、満載排水量10万tを超える世界最大の軍艦であり、搭載する約70機もの艦載機は、小国の空軍を凌駕するほどの攻撃力を持っています。軍事力としての重要性だけでなく、アメリカにとっての外交と防衛の象徴ともいえる存在です。
そのため、空母が攻撃を受けたとなると、それは軍事以上の影響を生み出すことになり、今回のイエメンでのアメリカの軍事活動も、空母への被害があれば、それがきっかけとなり事態が一気にエスカレートする可能性も含んでいたといえるでしょう。
実際、フーシ派の報道の後、SNSなどでは米空母がさも被害を受けかのような印象を与える投稿が多数見受けられましたが、その多くはAIで生成された炎上する空母の画像や、ゲーム内の動画を切り取った転載ばかりでした。とはいえ、フーシ派の米空母への攻撃が、インターネット上で一定の反応を引き起こしたのは確かなようです。
ただ、フーシ派による攻撃は実際にあったようで、空母「ドワイト・D・アイゼンハワー」の展開エリアを担当するアメリカ中央軍も、翌6月1日に紅海南部で2回の攻撃に遭遇したと認めています。とはいえ、このときフーシ派によって使われた無人航空機や対艦弾道ミサイルは、ことごとく撃墜されたため、該当地域でのアメリカ軍やその同盟諸国軍の艦艇、それに一般商船への被害はなかったことが確認されています。
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ファシリティドッグ「デモ」とクリス艦長(画像:アメリカ海軍)。
ところで、クリス艦長の投稿で注目を浴びた犬「ボス」は艦長のペットではありません。「ファシリティドッグ」と呼ばれる専門的な訓練を受けた犬でした。
ファシリティドッグは人間の精神的なケアなどを行うための動物で、日本でも病院などの医療機関で見ることができます。アメリカ海軍のファシリティドッグも基本的には同様の役割を担っており、長期にわたって外国の洋上に展開する軍艦乗員のメンタルケアを目的としています。
このようなファシリティドッグの乗艦は今年(2024年)から始まったばかりの試験的なプログラムで、最初に行われたのは空母「ジェラルド・R・フォード」であり、今回の空母「ドワイト・D・アイゼンハワー」への「デモ」乗艦はそれに続く2例目になるそうです。 今回の件は、いうなれば新米乗員「デモ」が、着任早々さっそく「自艦への攻撃」を早々と収束に導いたとも形容できるでしょう。
こうして見てみると、素人目にはなんら関係ないように思える軍艦の日常風景を捉えた画像や動画のSNS投稿も、時にはインターネット上のデマを打ち消す一定の効果があるといえそうです。言い方を変えると、実は航海日誌などと同じように、万一何かあったときのためにも、定期的なSNSへの投稿は有効なのかもしれません。