検察官が取り調べで「ガキ」と罵倒…黙秘権、人格権の侵害を問う裁判の控訴審が結審 当該検事の「適格審査」も要請

12月17日、取り調べの際に黙秘したところ検察官から「ガキだよね」などと罵倒されたとして元弁護士が国に損害賠償を請求した訴訟について、控訴審の口頭弁論が行われ、同日に結審した。
「社会性がない」「弁護士の資格がない」と罵倒…本訴訟は、元弁護士の江口大和氏が、刑事事件手続における取り調べの際に検察官から侮辱や罵倒を受けて黙秘権・人格権を侵害されたとして、国に対して1100万円の損害賠償を請求したもの。
2018年、横浜市で起きた無免許運転の死亡事故に関して運転手に虚偽の供述をさせた疑いで、江口氏が逮捕される。
江口氏は逮捕された直後「犯人隠避の教唆をしていません」と述べ、黙秘権の行使を宣言し、38分間の黙秘を貫く。それ以降も、何も話さない姿勢を通した。しかし、取り調べはほぼ毎日続き、21日間・計56時間以上に及んだ。
取り調べ中、川村政史検察官(横浜地検)は江口氏に対し、「ガキだよね」「社会性がない」「うっとうしい、イライラする」などと発言。さらに、「どうやったらこんな弁護士ができあがるんだ」「刑事弁護だけじゃなくて、弁護士自体資格がないんですよ、あなたには」など、江口氏の弁護士としての能力・資質を疑う発言も繰り返した。
「川村政史検事による取調べ動画(法廷再生版)」/江口大和違法取調べ国賠訴訟弁護団 7月18日、東京地裁は川村検察官の言動は黙秘権の趣旨に反し、江口氏の人格権を侵害するものであったと認定。国に対して110万円の損害賠償を命じた。
一方、江口氏が黙秘権を宣言した後にも長時間にわたり取り調べが続けられたこと自体は、一審判決では違法と認定されなかった。
「56時間以上もの取り調べは『説得』ではなく『供述の強要』」7月30日、原告側は一審判決(以下、原判決)を不服として、控訴を行った。なお、被告である国側は、控訴や附帯控訴を行っていない。
控訴の理由は、主に三点。
まず、原判決では、黙秘権について定めた憲法38条1項や被疑者の出頭などについて定められた刑訴法198条1項、また平成11年(1999年)の最高裁判決を参照しながら、「すでに逮捕や勾留によって身体の拘束を受けている被疑者が黙秘権を行使したとしても、検察官が取り調べを継続すること自体は、黙秘権の侵害に当たらない」との判断を導いている。
これに対し原告側は、憲法38条1項は「取り調べを強制されないこと」を保障するものであり、黙秘権行使の意思を表明した後にも56時間以上にわたって取り調べが継続されたことは明らかに同項に違反している、と反論。
また、原判決は刑訴法198条1項や平成11年の最高裁判決についても解釈を誤っている、と原告側は主張する。
原判決では、川村検察官の行った56時間の取り調べは「供述の強要」ではなく「黙秘権の行使を中止して供述を再開するように促す『説得』」であった、という旨の判断がされている。これに対し、原告側は、そもそも「供述の強要」と「説得」を客観的に峻別(しゅんべつ)することは極めて難しい、と反論。
口頭弁論後に開かれた記者会見では、江口氏が「逮捕直後に38分間も黙秘を続けた時点で、私に黙秘権の行使を貫く意志があることは明らかだった」と語り、それにもかかわらず続けられた取り調べを「説得」と見なすことはできない、と指摘した。
また、原告側は、平成11年の最高裁判決は取り調べの実態をふまえていない、「幻想」に基づいたものであると主張している。高野傑弁護士は、当時と異なり現在では取り調べ映像が録画・公開されており、裁判所も取り調べの実態を把握できるようになった点を指摘。
「映像がある現代の裁判で、平成11年判決を踏襲(とうしゅう)することは許されない」(高野弁護士)
宮村啓太弁護士は、控訴について「黙秘権の趣旨に、(裁判所には)正面から向き合ってもらいたい」と語る。そもそも行使した時点で取り調べが中断されるのが黙秘権の本来の趣旨であるとしつつ、仮に行使後にも一定の段階までは取り調べを継続できるとするのなら、裁判所はその限度について適切な判断を下す必要がある、と説明した。
弁護人依頼権・人格権に関する地裁判決にも反論控訴理由の二点目は、弁護人依頼権について。
原判決では、川村検察官が「弁護士全員を敵に回すと思いますよ」「全然通用していないですよ、あなた方の主張っていうのは」などと、江口氏から弁護を依頼された弁護士に迷惑がかかるかのような発言や、弁護活動の内容を揶揄(やゆ)するような発言を行ったことについて「穏当さを欠くものといわざるを得ない」としながらも、「原告の弁護人依頼権を侵害したとまでは認められない」と判断されている。
これに対し原告側は、他の弁護士に弁護を依頼したことについて江口氏に不安を生じさせるなど、被疑者と弁護人の信頼関係を害する行為をしたことは弁護人依頼権について定めた憲法34条に違反している、と反論。原判決は弁護人依頼権について形式的にしか判断しておらず、憲法34条の解釈を誤っている、と批判している。
三点目は、人格権侵害について。
原判決では、川村検察官が取り調べ中に「居室に戻って水を飲みたい」という江口氏の申し出を拒否したことや、取り調べ中に江口氏がトイレに行こうとした際に「(トイレに)行きますじゃなくて、行きたいでしょ」などと自分への許可が必要であるかのように発言した点、また事前にトイレを済ませておくように求めた点については、人格権侵害に当たらないと判断。
さらに、川村検察官が「ルール守ってくださいよ」としながら江口氏に対して取り調べ状況報告書への署名や押印を求めた点についても、人格権侵害に当たらないと判断した。
これに対し、原告側は、川村検察官の発言は江口氏が自身に対して服従的態度をとるように求めている点で人格権を侵害している、と反論。また、被疑者が取り調べ状況報告書に署名・押印せねばならない「ルール」など存在しないと指摘して、この点についても川村検察官の発言は人格権の侵害に当たり得る、と主張している。
控訴審判決は、来年2月に出る予定。
検察官の「適格審査」も請求される今回の控訴審と併せて12月10日、江口氏は法務省に設置されている「検察官適格審査会」に対し、川村検察官の適格を審査するよう申し出を行った。同日、法務大臣に対しても、川村検察官の適格審査を審査会に対して請求するように求める申し入れをした。
検察官の身分は強く保障されている。検察官が自分の意思に反して身分を失うのは、国家法務員法に基づいて懲戒免職される場合や欠格事由が生じた場合、検察庁法に基づく定年に達した場合、そして検察官適格審査会で「職務を執るに適しない」と判断されて罷免(ひめん)される場合に限られる。
しかし、実際には、過去に審査会が罷免したのは1992年の一件のみ。それも、「所在不明」になっていた副検事を対象とした、特殊なケースだ。取り調べ中の違法行為が原因で罷免された検察官はいないという。
宮村弁護士は、江口氏が経験した事態について「『検事個人の資質』で片付けていい問題ではない」と主張。趙誠峰弁護士も「こういった取り調べは日常的に行われている」と指摘し、検察全体の体質を問い直す必要があると語った。