2018年、経済産業省は「2025年の崖」と称して、これまでの既存のシステムでは2025年以降、事業経営の足かせになるという報告を公表し、企業における「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の重要性を説きました。
DXとは、企業がAIやIoT、ビッグデータなどの技術を用いて、業務フローの改善や新たなビジネスモデルなどを創出することを指します。加えて、既存の非効率なシステムから脱却して生産性の向上を目指すことを指しています。
しかし、経済産業省がDXの進捗度を調査したところ、実際にDXによる成果が出たと回答した企業は、2022年時点でわずか1割未満にとどまっていることがわかっています。
日本はあらゆる産業でデジタル化が遅れているといえるでしょう。
では、介護業界においてDX化は進んでいるのでしょうか。
三菱総合研究所の調査によると、ICT機器を導入していると回答した事業所は89.3%に上っています。
一見するとデジタル化が進んでいるように見えますが、導入しているICT機器の多くはデスクトップパソコンやノートパソコンといった基本的な機器類が最多となっています。
業務効率化を図るためのシステムサービスは21.3%にとどまり、事務作業などを効率的に行うソフトなどが7.2%と1割未満にとどまっています。
なお、ICT機器を導入していない事業所に、その理由を尋ねたところ、「ICT機器・ソフトウェアの導入に必要な費用が負担である」が58.6%と最も多く、次いで「どのICT機器・ソフトウェアの導入が有効なのかの情報がない」38.8%、「事業所内でICT機器・ソフトウェアに詳しい職員がいない」32.5%、「ICT機器・ソフトウェアの導入にかけられる時間がない」31.3%と続きました。
これらの調査から、すでにICT機器を導入している事業所も、まだ導入していない事業所も既存のシステムから脱却するような画期的なDXなどには達していないことがうかがえます。
ICT機器を導入して業務を改善するためには、まずその目的を定め、どの業務を改善していくべきか洗い出す必要があります。
厚生労働省でも、介護業務の効率化を促す目的で、業務改善マニュアルを無料で公開しています。その資料によれば、次のような手順が大切なポイントだとされています。
上記のように文字にすると非常に難しいことのように感じるかもしれませんが、実際にはそこまで難しいことではありません。
実際に厚労省の資料で公表されている業務改善の成功例を挙げてみましょう。
ある入所施設では、利用者のトイレ誘導を排尿記録や職員の経験に基づいて実施していました。しかし、誘導のタイミングが遅れて、失禁などが起こり、その後の介助が大きな負担になっていたそうです。
そこで、この施設では業務改善のため、ユニットリーダーを中心にチームをつくり、排泄予測機器の導入に取り組みました。
試行錯誤を経て、データに基づいたトイレ誘導が行えるようになり、おむつチェックなどの時間が軽減したと報告されています。
このように、施設によって課題は異なり、それに対応したICT機器を導入することで業務改善につながるのです。
こうした動きを受け、介護事業所のICT導入に向けたセミナーも数多く開かれています。
2023年2月、国立長寿医療研究センターでは介護現場におけるテクノロジー導入のセミナーを開催。事例をもとに導入のポイントを紹介しました。
そのなかで、介護業界でDXを成功させるためには「1フロア、1ユニットなど、マネジメントが効く範囲で小さく始めること」が重要だと指摘されています。
改善に取り組んだ施設では、施設内でアンケート調査を実施して課題の見える化を実施。入居者の転倒を防止し、稼働率を維持したまま職員の負担軽減を図ったそうです。
判明した課題に対して、対応の優先順位を決めるなどしたところ、職員の負担感が25%ほど減少したといいます。
このように、業務改善はすべてICT化しなくてはならないというわけではないのです。
こうした業務改善を行ううえで、業界で問題になっているのが知識を備えた人材の不足です。
先述した三菱総合研究所の調査でも、事業所内にICT機器やソフトウェアに詳しい職員がいないために導入できないと回答している事業所は3割に上っていました。
しかし、こうした人材が不足しているのは何も介護業界だけではありません。総務省の『令和3年版情報通信白書』によると、IT人材の量について「大幅に不足している」「やや不足している」と回答した割合は、89%に達しています。
そのため、現状ではIT人材を外部委託するなどの対応を行っている企業が多く、自社だけで解決できる例はそれほど多くないようです。
つまり、外部委託なども視野に入れながら、まずは普段からICT機器に親しんでいる身近な人などに相談するといったことから始めてもいいでしょう。
DXの大きな目的は、既存の業務の課題を、ICT機器などによって解消することにあります。一方で、介護業務においてはICT機器を使わずとも業務改善ができる例も少なくありません。
つまり、ICTの導入は手段であって、目的ではないのです。
現場の課題を洗い出し、分析のなかでICT機器の導入が妥当な解決策だという結論が出たのであれば、まずは試してみることが大切です。
その際、事業所すべてに導入するのではなく、まずは1チームや1ユニットといった小さな単位で始めれば、コストのリスクも最小限に抑えることができます。
また、ITに詳しい人材がいないのであれば、導入の際に機器メーカーなどと相談するのもひとつの手段です。近年はサービス導入にあたって、手厚いアフターフォローを売りにしている企業も少なくありません。IT人材は全産業的に不足しているのですから、すべてを事業所内で解決しようと考えなくてもいいのです。
また、政府は各自治体などでICT推進の事業所を支援しており、さまざまな支援を受けられるようになっています。
いずれにしても業務改善を図るためには、「ICTありき」ではなく、プロジェクトを進められる現場リーダーの存在が重要です。
業務改善は、将来的なコスト削減やケアの質向上による利用者獲得にもつながります。まずは現場で活躍するリーダー人材の育成に目を向け、業務を見直してみることから始めるといいかもしれません。