ウクライナ侵攻「苦戦」はプーチンの大誤算? 想定される諜報機関の機能不全

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レニングラード(今はサンクトペテルブルク)で育ったプーチンは、戦前の日本で活躍したソ連のスパイ、リヒャルト・ゾルゲに憧れ、KGBへの就職を目指す。猛勉強して、1970年にレニングラード国立大学法学部に入学し、卒業後の1975年に、晴れてKGBに就職する。
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KGBは単なる諜報機関ではなく、国家全体を動かす権力マシーンと言ってもよい。たとえば、ロシアの石油を支配しているのはKGBと言っても過言ではない。したがって、KGBに就職するのは、日本で言うなら東大法学部を出て、財務省に入省するようなものである。
プーチンは、情報収集、スパイ活動、敵の粛清などの「KGBの作法」を身につけ、政治家に転身した後も、それをフルに活用していった。そして、KGB人脈を自由に駆使して統治の実績を上げていったのである。
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KGBは、敵のことを調べ尽くして、その弱みを握り、脅迫する。これがプーチンの手法である。2000年に大統領に就任するや、シロヴィキ(治安・国防・情報機関の人材)を動員して、オリガルヒ(新興財閥)の財務状況を徹底的に調査した。そして、税法違反などの違法行為を指摘し、脅迫するが、それでも自分の軍門に下らない者は、次々に逮捕したり暗殺していっている。新興大富豪のボリス・ベレゾフスキー、ミハイル・ホドルコフスキーなどが典型的な犠牲者である。
また、事件をでっち上げるのも常套手段である。エリツィン大統領下で、プーチンは1999年8月に首相に就任するが、その直後に、モスクワを始め各地で高層アパートなどが連続爆破される事件が起こり、300人以上もの犠牲者が出た。
そこで、プーチンは、チェチェンの首都グロズヌイを無差別爆撃し、地上部隊による侵攻も開始した。それによって、「強いリーダー」を演出し、名声を獲得したのである。
ところが、後にイギリスに亡命した元KGB/FSB(連邦保安庁、KGBの後継組織)のアレクサンドル・リトビネンコが、「連続爆破事件はFSBの自作自演だった」と暴露した。このリトビネンコも、亡命先のイギリスで放射性物質ポロニウム210を盛られ毒殺されている。
戦争のときには、交戦国は軍事のみならず、外交、経済など様々な分野で敵を追い詰めようとする。情報戦もそうである。SNSが発達した現代では、とくにその傾向が強い。分かり易く言えば、「嘘の応酬」である。
今展開しているウクライナ戦争も、ウクライナとロシアのどちらの言うことが正しいかは分からない。ウクライナの応援団の西側とロシアの応援団の中国などの主張も、どこまでが本当で、どこまでが嘘かは不明である。
ところが、日本人は、「ロシアの言うことは100%嘘、ウクライナの言うことは100%真実」とナイーブにも信じ切っている。それは、ロシアの嘘のつき方が余りにも下手くそだからでもあるが、巧妙な英米やウクライナの情報操作に簡単に引っかかってしまう。
両国とも敵陣にスパイを多数送り込んでいる。スパイは単に相手の情報を収集するのみならず、嘘の情報を拡散することもする。問題は、その諜報要員の質である。
昨年の2月24日にウクライナへの軍事侵攻を命じたプーチンは、数日のうちにキーウを陥落させ、ゼレンスキー体制を崩壊させ、傀儡政権を樹立するという計画だったはずだが、その目論見は外れてしまった。
そうなったのは、20年にわたるプーチン長期政権の下で、FSBも大統領が喜ぶような情報しか伝えなくなったのであろう。ウクライナは、2014年にクリミアをロシアに奪われてから、アメリカの援助で軍を近代化した。そのことがきちんとプーチンに伝えられていたのかどうか。
ロシア軍の侵攻に対して、ウクライナ軍は頑強に抵抗し、今や反転攻勢に出るまでになっている。また、西側諸国が戦車や戦闘機も含む大量の武器支援を行っている。そのような事態を予測することなく、ウクライナ軍が直ぐに屈服してゼレンスキー政権が崩壊するという見通しをFSBはプーチンに伝えたのであろうか。
トップが嫌がるような情報であれ、伝えるのが諜報機関の責務である。その情報を採用するかどうかは、トップの判断である。可能性としては、(1)FSBは「頑強なウクライナ軍とNATOの支援」という情報を上げていたのにプーチンが無視した、(2)そもそもFSBが楽観的な情報しか上げていなかった、という二つがある。いずれが真実かは分からない。
もし(1)であれば、プーチンの政治指導力に信号が灯り、反プーチン勢力がシロヴィキの中から出てくるかもしれない。しかし、(2)であれば、ロシアの戦争遂行能力が大きく低下することを意味する。ウクライナ戦争の展開を見ていると、(2)である可能性も捨て切れないのではあるまいか。

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今週は、「プーチンの誤算」をテーマにお届けしました。