愛知県豊田市の明治用水頭首工(とうしゅこう)で大規模な漏水が発生し、農業用水や工業用水を供給できなくなった事故から、1年が経った。現場の復旧が進んでいるが、水だけでなく道路や橋などのインフラが老朽化で壊れ、生活に影響するケースも相次いでいる。暮らしに欠かせないインフラを守るための取り組みを取材した。
2023年5月2日。愛知県豊田市の明治用水頭首工(とうしゅこう)。
漏水が漏水があった左岸側では、大規模な補修工事が続いていた。
川底に空いた穴をふさぐ応急工事は完了し、川の水位は元の水準に戻っていた。
2022年5月17日、明治用水頭首工で、突如発生した大規模漏水。
周辺地域の農家や工場に供給する水が一時ストップし、田植えを控えた農家を中心に大きな影響を及ぼした。
あれから1年経ったが、完全復旧に向けた工事は、2025年度までかかる見通しだ。
明治用水頭首工が完成したのは1958年。耐用年数は50年ほどとされているが、既に60年以上が経過している。
名古屋大学大学院の中村光教授:「高度成長期時代に、多数のインフラが整備され作られた。それが大体 50年から60年ぐらい経ってきたということで、それらの中で一部悪いものが現れてきた」
水道に限らず、大規模インフラの老朽化は全国で起きている。2012年には、山梨県の中央自動車道・笹子トンネルで天井板が崩落し9人が死亡。
2021年には、和歌山県和歌山市で水管橋が崩落した。
約6万世帯が断水する影響が出た。
50年前に建設された岐阜県安八町の中須川(なかすがわ)用水は、長良川と揖斐川から農業用水を引く用水路だ。
用水路を管理する中須川土地改良区の堀知靖(ほり・のりやす 80)理事長は、「インフラの点検には精通していませんから大変です。我々だけでは無理です」と話す。
いまインフラを管理する多くの組織が、高齢化や人手不足といった課題に直面している。この日は、施設の点検が行われていたが、堀理事長と一緒に見回りをする男性がいた。堀理事長:「浮き、剥離…」ストックマネジメントセンターの野原弘也さん:「これはさっきの目地のところで、ちょっと(コンクリートの表面が剥がれて)取れていましたので、部分的にですね」
堀理事長:「摩耗…」野原さん:「摩耗は石がこうやって出ていますので…」
慣れない堀理事長に代わって点検を進める男性は、岐阜県などが作った「ストックマネジメントセンター」の職員だ。
「ストックマネジメント」とは、インフラの定期的な点検や、補修計画の作成を行うことだ。これを土地改良区に丸投げするのではなく、専門知識を持った職員がサポートする。
ストックマネジメントセンターの野原弘也管理部長:「今日やった点検の日時と、それを受け取った日、もらったものを入力して判定し直してフィードバックする」センターでは、小さな変化を見逃さないよう、点検項目を定めたチェックシートを作り、劣化状況などのデータを毎年集約している。
野原管理部長:「従来は壊れるまで使って、全面更新するっていう考え方が主流だったんですけど、今は壊れる前に何か手立てを打とうと。さらに悪くなったような施設については、『特に注意して見てくださいね』っていうことと、あるいは『工事を考えてください』と、アドバイスをしていきたいとは思っています」今回の明治用水頭首工の事故でも、復旧対策検討委員会が中間報告で指摘したのは、事故を起こす前の定期的な点検、いわゆる「予防保全」の重要性だった。
大規模漏水の原因になった「川底の穴」は、日常的な点検の目が届きにくく、被害が広がった。
こうした水中インフラの弱点を補うため進められている取り組みが、筑波大学発のベンチャー企業「FULLDEPTH(フルデプス)」が開発した水中ドローンだ。
ゲームのコントローラーのようなもので操作する。
FULLDEPTHの吉賀智司代表:「水平方向の移動は左スティックで、垂直方向の移動は右スティック。比較的、直感的に操作できるのかなと思っています」
フルハイビジョンの高精細カメラを搭載。
7つのスラスターで水中を自在に動く。
また、300メートルの深さまで潜ることができ…。
独自開発したわずか3.7ミリの光ファイバーケーブルで水の抵抗を避けながら、ほぼリアルタイムで映像を送ることができる。
吉賀代表:「ダムもそうですし、農業用水路の点検とかですね。あとは洋上風力みたいな、今後の新規用途で活用いただくみたいなケースもあのもちろんある」2人いれば持ち運びできる大きさで、山奥のダムなどでも使える優れものだ。
2022年に近畿地方で行われた貯水池の点検でドローンが撮影した映像を見せてもらった。コンクリートの壁面の状態を濁りが強い水の中でも確認することができる。
また、このドローンは水中の橋脚に付着した貝などの生物を自ら高圧洗浄で除去するなど、簡単な作業であれば人に代わって行うこともでき、今、インフラを管理する地方自治体などからの問い合わせが増えているという。
吉賀代表:「(インフラ点検で)業務の効率が上がったとか、潜水士の負荷が減ってよかったというお声をいただいたりもします。潜水士に仕事をお願いするのが難しいケースもありますので、これ(水中ドローン)で業務を広くカバーできるので助かるというところもあります」
違う視点から、インフラの老朽化と向き合う取り組みもある。名古屋大学のキャンパスにある、巨大なコンクリートの橋。
名古屋大学とネクスコ中日本などが共同で、2011年に設置した研修施設「ニューブリッジ」だ。ここでは、インフラを点検する技術を学ぶための研修を受けることができる。
老朽化が進み取り替えられた実際の橋や歩道橋を全国各地から移築し、コンクリートや鉄筋にどのような変化が生じるのか、実物を見たり触ったりしながら学ぶことができる全国でも珍しい施設だ。高速道路の橋脚の一部は、膨張することで、内部の鉄筋の曲がっている部分が破断していた。
愛知県岡崎市から移築した矢作橋の鉄のげたは、錆びて穴が開いている。
名古屋大学大学院の中村光教授:「ここに来れば、いろんな病気の橋を見られますよと。そうすると、“臨床”ということができるということで、現地に行くというよりも、非常に効率的に(インフラの勉強が)できる」
施設を使って行われる研修では「橋梁(きょうりょう)点検士」などの国家資格を取得することができる。これまで地方自治体などから1000人を超える研修生を受け入れてきた。
中村教授:「実は(インフラを)普通に使えるのがそんなに当たり前ではなくて、地道に点検して維持管理して必要であれば補修するということがあって使われている。こういう仕事が大切だよということがわかっていただければ、若い人がこういう仕事に就きたいとになって、新しい人材が入ってくれればさらにいいなと」進むインフラの老朽化にどう備えるか。再び大事故を起こさないための取り組みは、ますます広がっていきそうだ。2023年5月18日