地上走れぬ「空飛ぶクルマ」は名乗る資格なし! 欧米で80年の歴史 最新型のエンジンはスズキ隼!?

日本でも開発が進む次世代モビリティーの「空飛ぶクルマ」。しかし、クルマとは似ても似つかない「eVTOL」と呼ばれるものが多いです。実は欧米では「空飛ぶクルマ」は別モノなんだとか。一体どういうことなのでしょうか。
世界最大級の航空・宇宙機器見本市「パリ航空ショー」が2023年6月19日、開幕しました。昨今の航空業界のトレンドは無人航空機とeVTOLであり、今回のパリ航空ショーでもその2つに関する新製品が多数出展する予定です。
eVTOLは直訳すると「電動垂直離着陸機」となりますが、どういうわけか日本では「空飛ぶクルマ」と呼ばれることが多いです。筆者(細谷泰正:航空評論家/元AOPA JAPAN理事)は日本の航空業界に関する「ガラパゴス化」に危機感を抱いていますが、ここにも日本の「ガラパゴス化」が潜んでいると感じています。
「空飛ぶクルマ」は、英語ではそのものズバリ「Flying car」や「Flying automobiles」で、国際的にはデュアルモード(dual mode)の乗りものであると定義されています。つまり公道を走る能力と、安全に空を飛行する能力の両方を兼ね備えて初めて「空飛ぶクルマ」と名乗ることができます。従って、空を飛ぶことはできても公道を走ることができない eVTOL機は「空飛ぶクルマ」を名乗る資格はありません。
地上走れぬ「空飛ぶクルマ」は名乗る資格なし! 欧米で80年の…の画像はこちら >>2021年6月28日、スロバキアの首都ブラチスラバ上空を飛ぶ「クレイン・ビジョン・エアカー」(画像:クレイン・ヴィジョン)。
この「空飛ぶクルマ」の歴史は意外に長く、第2次世界大戦直後の1949(昭和24)年には早くも製品化して販売する企業が表れています。それは、アメリカのモールトン・テイラー氏が設計した「アエロカー」です。
2人乗りの軽自動車にセスナ機の主翼を取り付けたような形状をしており、出力143馬力の航空機用エンジンを機体後部に搭載しています。後ろ向きに設置されたプロペラを駆動する仕組みで、いわゆる「プッシャー式」と呼ばれる形態です。
主翼と尾翼は折り畳み式で、地上走行時は空母の艦載機のように、後ろ方向へ折りたたみます。飛行形態では最大速度188km/h、巡航速度156km/h、航続距離は480kmでした。なお、アメリカ連邦航空局(FAA)の前身にあたる民間航空委員会は、1956(昭和31)年に空飛ぶクルマとして認証を与えています。
「アエロカー」は6機が造られ、有効な耐空証明を持っている機体こそありませんが、全機が現存しています。そのうちの2機はワシントン州とウィスコンシン州の航空機博物館に展示されており、見学することが可能です。
それから約75年、いまでも海外ではeVTOLとは別に、れっきとした「Flying car」すなわち「空飛ぶクルマ」が開発され続けています。では、その最新型はどんな感じなのか、代表的な車種を例に挙げてみましょう。
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アメリカの航空機メーカー、コンベア社が1946年7月に開発した「コンベア・モデル116」(画像:コンベア)。
最初の例は、「クレイン・ビジョン・エアカー」です。これは、スロバキアで長年「空飛ぶクルマ」の研究と開発に携わってきたステファン・クレイン氏の最新作です。斬新な形状の胴体はセミモノコック構造を採用しており鋼製の骨組とカーボンファイバー複合材料製の部材を組み合わせています。
主翼は折り畳み式、テールアームは伸縮式で尾翼と主翼の間隔を広げて飛行安定性を確保しています。キャビンは2人乗り。エンジンはBMW製の排気量1.6リットルの自動車エンジンを搭載して出力は139馬力。離陸滑走距離は300m、速度120km/hで離陸し、巡航高度は2500m、巡航速度は170km/h。航続距離は1000kmと発表されています。
原型機は2020年10月に初飛行し、2022年1月、航空機としてスロバキアの型式証明を取得しました。同社では、型式証明の取得に向けた飛行試験は欧州航空安全機関の基準に準拠した内容であると発表しています。
もう1つ、注目に値する「空飛ぶクルマ」は現在アメリカで開発が進められている「サムソン「スイッチブレード」です。サムソン社は西部オレゴン州に拠点を置く企業で、同社が開発中の機体は可変後退翼のように機体後部に格納した主翼を左右に広げて飛行機モードに転換します。機体は2人乗りで、その形状はスポーツカーを意識した流線形のデザインです。
地上では三輪車として走行するようになっており、機体後部にダクテッドファン形式の推進装置を装備しています。そのファンを駆動するエンジンはスズキのオートバイ「ハヤブサ」のエンジンを搭載していると発表されています。なお、2023年6月現在は、地上滑走試験中で、まだ初飛行していませんが、もう間もなくではと言われています。
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アメリカの航空機メーカー、コンベア社が1947年11月に開発した「コンベア・モデル118」(画像:コンベア)。
このように、諸外国にはeVTOLとは全く別の、本家「空飛ぶクルマ」ともいえる乗りものがいまも存在し、開発が続いています。そのため、外観も構造もまったく異なる乗りものを勝手に「空飛ぶクルマ」と呼ぶことは止めるべき、と筆者は考えます。
「空飛ぶクルマ(Flying car)」も「電動垂直離着陸機(eVTOL)」も、ともに国際的に認知された用語です。その意味に従い、正しく分類しなければ、日本の「ガラパゴス化」はますます進み、最終的には国益を害することにつながってしまうのでは、と筆者は危惧しています。