中央線「昭和グルメ」を巡る 第189回 松山通り沿いの渋い中華料理店「朝陽」(阿佐ヶ谷)

いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。

今回は、阿佐ヶ谷の中華料理店「朝陽」をご紹介。

○開店直後を狙ってのれんをくぐると……

ずいぶん前、阿佐ヶ谷の松山通り沿いにある「松月庵」というおそば屋さんをご紹介したことがありました。場所的には「ジェラテリア シンチェリータ」というジェラート屋さんを過ぎたあたりですが、今回ご紹介する中華料理店「朝陽」は、そこからさらに数10メートル先。

もう外観からして、渋いったらありません。この連載が「中央線昭和グルメ」を銘打っている以上、取り上げないわけにはいかないというほどに、ヴィジュアルからして昭和そのもの。

だからというわけではないのですけれど、ずーっと前から気にかかっていたんですよ。ところが、いざ伺ってみたらのれんが出ていなかったとか、覗いてみたら満員だったとか、なかなかチャンスが訪れなかったんですよねー。

午前中に通ることが多かったからとか、あるいはお昼時にあたってしまったからかもしれないんですけど。

そこで先日、時間を少しずらして行ってみたのでした。そうしたら、ついに「営業中」の札を確認できたという次第。

そりゃー入りますよ。ちょうど11時半くらいだったし、つまりは開店直後。だとすれば他にお客さんもいないだろうから、ようやく絶妙のタイミングが訪れたという感じですね。独占状態間違いなし。ってなわけで、期待感とともにのれんをくぐったのでした。

ところが意外なことに、すでにビールを飲んでる常連さんらしき人がいたりして。そればかりか、奥のほうにも男女2名のお客さんが。いや待て、その奥にももうひとりいるぞ。

開店直後じゃなかったのか?

店内は、左側にスツールが9卓並んだカウンターのみ。その向こうが厨房になっていて、店主さんは、決して広くはないスペースを動き回っています。

開店してすぐ大忙し。

むぅ、これは出遅れたらまずいぞ。以後もさらに人が入ってくるであろうことが予想されるし、迷う間もなく「ビールと餃子をください」とオーダー。

いや、飲んでる人に影響されたわけではないんですぜ(とも断言しきれないけど)。でも、こういうブルージーな昭和空間では、やっぱり昼間っからビールが欲しくなってしまってですな。

とはいえ、すぐに飲めるわけではないのです。なぜなら店主さんは、お客さんのオーダー順を忠実に守られているから。つまりビールの瓶が目の前に置かれるのは、前のお客さんが注文した品を出したあと。

動きを見ていたら、「ああ、そういうことなんだな」とすぐにわかりました。だとしたら、ルールに従うのが筋ってものです。それに、目の前で展開されるていねいな仕事っぷりを見ていると、「多少時間がかかっても、別にかまわないや」と思えてくるんですよねー。

どのあたりがていねいかって、たとえば驚いたのは、注文が入るごとに餃子を包んでいたこと。つくり置きなんかしていないわけで、そのぶん時間はかかるでしょうけれど、むしろ信頼できるってもんです。

そのため入店してからしばらくは、BGMもラジオもテレビもかかっていない無音の空間で、ただただその仕事を拝見していたのでした。まったく退屈しなかったよ。むしろ感心しちゃったよ。

などとホザイておりますが、そんな間にもどんどんお客さんが入ってきて、すぐに満員に近い状態に。

そこで、やがて餃子とビールが出てきたタイミングで、「チャーハンもください」と声をかけておきました。この流れだと、早めに頼んでおいたほうがよさそうですからね。すぐに店主さんから、「チャーハンね」と声が返ってきます。

さて、6個並んだ餃子は、野菜と肉のバランスがほどよく、にんにくの香りもほんのりと。カリッと焦げ目がついていて、餡はしっとり柔らかく、ビールのお供に最適です。これはいい餃子だ。

しばらく経ってから出てきたチャーハンは、ネギがひと切れ、皿の端のほうにはみ出たりしたラフな盛りつけもいい感じ。

少なくとも僕は、変におしゃれぶっているよりも、こういうそっけなさにこそ魅力を感じます。

しかもいただいてみると、パラパラとしっとりの中間あたりに位置するチャーハンがまた絶妙。

やや薄味で、だからこそ「おいしいなあ」と純粋に感じさせてくれるのです。

これは、ビールのつまみにもなるチャーハンだぞ。

店主さんは、基本的には寡黙。でも塩対応というわけではなく、お客さんが帰るたび、「ありがとうね」と声をかけていました。そんな、ちょっとしたひとことに温かみがあるので、常連さんの多さにも納得。

初めてだったし、忙しそうだったから話は伺えなかったけど、ここは時間をかけて通い続けなければいけない店だな。そして、いつか話を伺ってみたいものだな。

そう思わせるだけの魅力が、確実にあったのでした。

●朝陽
住所: 東京都杉並区阿佐ヶ谷北4-7-12
営業時間: 11:00~21:00
定休日: 年中無休(月に1度休み)

印南敦史 作家、書評家。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家として月間50本以上の書評を執筆。ベストセラー『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社、のちPHP研究所より文庫化)を筆頭に、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『読書する家族のつくりかた 親子で本好きになる25のゲームメソッド』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)、『読書に学んだライフハック――「仕事」「生活」「心」人生の質を高める25の習慣』(サンガ)、『それはきっと必要ない: 年間500本書評を書く人の「捨てる」技術』(誠文堂新光社)、『音楽の記憶 僕をつくったポップ・ミュージックの話』(自由国民社)、『「書くのが苦手」な人のための文章術』(PHP研究所)、『いま自分に必要なビジネススキルが1テーマ3冊で身につく本』(日本実業出版社)ほか著書多数。最新刊は『先延ばしをなくす朝の習慣』(秀和システム)。 この著者の記事一覧はこちら