ここ最近、「DEI」を推進する企業が目立つようになってきた。
DEIとは「ダイバーシティ」「エクイティ」「インクルージョン」の頭文字からなり、企業理念や教育理念などに多様性、公平性、包摂性を取り入れ、平等な機会のもとでいろいろな人材が互いに尊重し合い、個々の力を存分に発揮できる環境づくりを目指す概念である。
これからの社会に不可欠な取り組みではあるが、すぐに実現するのはそう簡単ではない。実際、男女不平等やLGBTQ+差別などは今も社会に根強く残っている。
そんな中で、本腰を入れてDEIに注力しているのが、電通デジタルの「DEI Initiative」プロジェクトだ。今回はプロジェクトの中心人物である西野理子氏に、その活動や成果の詳細について話をうかがった。
▼男女の”管理職比率”の偏りからスタートした「DEI Initiative」プロジェクト
ーーまず、「DEI Initiative」を立ち上げた目的、経緯について教えてください。
プロジェクトの立ち上げは2021年の9月頃、当時の電通は男女比率が大体6:4だったのに対して、管理職比率が15%くらいだったんです。「社員の女性比率が40%なら、管理職比率も40%あってもいいよね」という疑問から、このプロジェクトがスタートしました。
立ち上げ後、すぐに「女性だけではなく、LGBTQ+や障がい者なども含めた社員全員の活躍が重要だ」という認識に切り替え、現在の活動に至っています。
ーー具体的にどのような活動をしているのでしょう?
昨年ですと、例えば3月8日の国際女性デーに合わせ、女性社員たちが”キャリア”をテーマに話すトークイベントを実施したり、安田裕美子という女性役員が若手社員たちの悩みに答える社内向けラジオ番組「スナック裕美子」を始めたり、女性活躍に関する有識者を招いてセミナーを行ったりするなど、年間を通して全社員にこの問題を考えていただく機会を提供していました。
ーー社員からの反響はいかがですか?
普段はなかなか役員と触れ合う機会もありませんし、コロナ禍以降は社員同士の触れ合いも希薄になっていました。だからこそ、若手社員が役員と直接話したり、その様子をラジオ感覚で聴けるというのはかなり貴重な機会だったようで、とても大きな反響が寄せられました。視聴回数は社内最多を記録したこともあります。
国際女性デーのイベントも、以前は電通デジタル内だけで実施していたのですが、今年は電通グループ全体に広がるなど、規模も大きくなりました。
今年はロールプレイングゲーム風のショートムービーを制作し、「魔王を倒した勇者が実はママだった」というストーリーで、「あなたにもアンコンシャスバイアス(無自覚な物の見方・捉え方の歪みや偏り)があるかもしれませんよ」といったメッセージなども伝えました。こちらもリアルタイムとアーカイブを合わせて、多くの皆さんに視聴いただくことができました。
▼「えるぼし3つ星」取得に「PRIDE指標」ゴールド認定。プロジェクトによる成果とは
ーーこれまでの活動の成果などについても教えてください。
社会的にわかりやすい成果としては、「えるぼし3つ星」(女性活躍推進に関する状況などが優良な企業に対して厚生労働大臣から送られる認定マーク)を取得したり、セクシュアル・マイノリティへの取り組みの評価指標である「PRIDE指標」でゴールド認定を受けたりしています。
また、目に見える数字としてはお示しできませんが、プロジェクト発足当初と比べ、役員や管理職の皆さんの意識が変わってきたという実感もあります。社内の雰囲気もどんどん変わっていて、以前は「社会的にDEIには取り組んでおいたほうがいいよね」という空気だったのが、今は「会社としてDEIには取り組まないといけないよね」という流れに変化している気がします。
ーー2年も経たずにそこまで成果が出ているとは驚きです。
プロジェクト発足から2年余りで有志のメンバーは30人くらいになっています。さらに今年から、DEI委員が各部門から選出され組織的に進められるようになりました。彼らがDEI Initiativeの中で議論したことなどを各部署に持ち帰って、その内容をシェアしているので、スピード感を持って進められているんだと思います。
あとは「役員スポンサーシップ」を始めたことも大きいかもしれません。これは、役員たちにジェンダー、障がい者、LGBTQ+などの担当領域をそれぞれ設定し、そのテーマに沿って学んだことや感じたことを、日々、自分の言葉にして社員たちへ伝えていくという取り組み。主にSlackなどを使ってアウトプットしています。
▼DEIに関心を持つようになったキッカケは「社員のカミングアウト」
ーー西野さんがDEIに関心を持つようになったキッカケは何だったのでしょう?
もともと、障がい者やパラアスリートの雇用制度を立ち上げたり、LGBTQ+に関する社内規則を作ったりする仕事に携わってはいたのですが、今から数年前、面談中に「実は自分はゲイなんです」とカミングアウトしてくれた社員がいたんですよ。私はそれまで、LGBTQ+当事者(を公表している人)と会ったこともなかったし、同じ会社にもLGBTQ+の方がいるんだと意識したのも初めてでした。
彼は「所属している部署が男性ばかりで、打ち上げで女性が接客するお店に行ったりするのが嫌なんです」と相談してくれて、「なるほど、確かにそういうことで困ることも多そうだな」と感じましたし、それがキッカケで、社内でも同性婚の規則が必要なんじゃないか、相談窓口があったほうがいいんじゃないか、と考えるようになり、実際に動き出しました。
ーープロジェクトをスタートさせて、何かご自身の意識に変化などはありましたか?
やはり強く思うのは、ジェンダーやLGBTQ+などの問題は、電通デジタルだけの取り組みではどうしようもないということです。グループ全体、社会全体で取り組まなければ世の中は変わりません。社内はもちろん、電通グループ全体、そして社会全体としての取り組みを推進できるようなアクションを個人的に起こしていきたいと考えています。
実際、昨年はセプテーニ・ホールディングス、電通PRコンサルティングとともに「Online PRIDE 2022」というオンラインイベントを開催し、電通グループ内の当事者の声を聞いたり、カンヌでのLGBTQ+に関する広告作品について語ったり、LGBTQ+に関するネットの炎上問題などについてディスカッションしたりしました。今年はここに電通北海道も加わりますが、今後はさらにグループ全体に広げていきたいと考えています。
▼”DEIマインド”を全員が当たり前に標準装備する会社へ
ーープロジェクトを推進するうえで、何か課題があれば教えてください。
社内でもDEIはまだ浸透しきっていませんし、イベントに参加してくれる社員も今はまだ一部に限られています。社員全員が自分らしく働けているかというと、まだまだそんなこともありません。
DEIマインドをすでに持っている人たちばかりが行動するのではなく、今後は組織的な動きに発展させ、DEIマインドをみんなが当たり前に標準装備している会社にしたいと思っています。
ーー最後に、今後の展望についての考えをお聞かせください。
電通デジタルのパーパス「人の心を動かし、 価値を創造し、 世界のあり方を変える。」に則り、DEIの分野でも世界のあり方を変えたいと思っています。電通デジタルらしく、テクノロジーやAIの力を使って世界のあり方を変えていけるよう働きかけていきたいですね。