〈石川・クマ立てこもり〉「クマが施設にはいってきた!」窓を爪でガリガリと削り、館内はパニック…警察、猟友会、ドローンも出動した緊迫の9時間! クマ出没が今年多いのはあの果実が豊作のせい…?

「石川県の観光施設にクマが“立てこもり”」7月19日、ツイッターのトレンドにのぼったこのタイトルにギョッとした人も多かったのではないか。長野県では今年の5月に猟銃を乱射するなどして4人を殺害した男が自宅に「立てこもり」した事件があったばかり。「立てこもり」というワードにはどうしても敏感にならざるを得ない今夏の盛り、クマはいったい何がしたくて立てこもり、人知れず去っていったのか。
“事件”があったのは石川県加賀市永井町の体験型テーマパーク「月うさぎの里」。19日午前8時35分ごろ、「施設の建物にクマが1頭侵入した」と石川県警大聖寺署に通報があった。幸い営業時間前で客はおらず、従業員は全員ただちに避難。同署員や猟友会員らが、クマが侵入したとみられる建物や施設内を捜索したが、見つからなかった。現場はJR大聖寺駅の西約3キロの山間に面し、住宅街や工場なども近くにある地域。県警は近くを走る国道305号を通行止めにし、加賀市は住民に注意を呼びかける防災メールを発信するなど、周辺一帯は緊迫感に包まれた。
騒然となった月うさぎの里(写真/共同通信社)
事件発生当初、対応にあたった加賀市農林水産課の職員が振り返る。「午前8時15分ごろに『月うさぎの里』の従業員から『店にクマが入ってきた』との通報を受けました。警察官約30人、猟友会の加賀支部のメンバー12人に市職員を合わせ、計50人近くで対応しました。住民の安全確保に万全を期すため、有線放送で『クマが出没しました』とアナウンスしたり、国道305号線を通行止めにするなど、物々しい雰囲気が漂っていました」捜索にはドローンも使い、計9時間がかりで慎重に行った。「同施設のメインの建物の1階には『正面口』と『裏口』の2つ出入り口があり、午後2時20分ごろにまず、ドローンを裏口から入れてクマの行方を探し、続いて警察官が建物内に入って捜索を進めました。猟友会員は建物近くで息を潜めて待機していました。1時間後の午後3時20分ごろ、正面口からも同様に捜索し、さらに午後4時から1時間ほどかけて2階を捜索しましたが、クマの姿は見つかりませんでした」この捜索は安全確保に万全を期し、無意味な殺生を避けるために「確保」よりも「追い払い」を優先にしていたという。「もしクマが施設の裏手の山側に逃げられる状況なら、そのまま追い払うというのが第一の方針。それが無理そうなら『麻酔銃』や『捕獲檻』での捕獲。最終手段として『発砲』という形で捜索は続けられ、午後5時45分に『捜索打ち切り』となりました」
ツキノワグマ(写真はイメージです)
現場の「雰囲気」を察知したのか、クマはひっそりと姿を消していた。自然豊かな土地柄の同市では以前からクマの目撃情報は多く、2020年10月にはショッピングモール「アビオシティ加賀」にクマが侵入、13時間後に駆除されるという“事件”があった。市職員はこう続けた。「その年の同時期と比べると、今年はクマの目撃情報は20件も多くなっています。そこで農林水産課としても、『藪の中にクマが潜んでいるかもしれないので、山を歩くときは鈴を付けましょう』とか『生ゴミ・ペットフードは屋外に放置しないようにしましょう』、『クマは柿や栗の木に寄ってくるので、秋になったら収穫や薮の刈払いを早めに済ませましょう』といった呼びかけを徹底しているところです。今回、姿を消したクマの対策として、すぐにでも捕獲用の檻を『月うさぎの里』の近くに設置するつもりです。正直なところ、私たちからしても『なぜこの時期にクマが人里にきたのか』はよく分かっていません。通常であれば、冬眠の前後の秋や春先にやって来ることはありますけど、今の時期は人里でもとくに食べるものがないのに、なぜ来たのか…。そのあたりも、猟友会の方と原因を探っていくつもりです」
「月うさぎの里」は事件当日、インバウンド観光客を含めて200人近くの予約が入っていたが、珍客の突然の来訪で台無しになってしまった。女性従業員が語る。「私が午前9時ごろに出勤したとき、建物の周りにパトカー2台と猟銃を抱えた猟友会の方が何人かいたので『これは只事ではないな』とすぐにわかりました。私は警察のかたに言われるまま自分の車の中に待機して、続いて社長を含めた13人の従業員が建物から離れた事務所に避難しました。第一発見者の従業員の話によると、クマは1階の飲食スペースで、窓を爪でガリガリと削っていたそうです。発見者はクマとは50メートルほど離れていて、テーブルやイスといった障害物もあったので、すぐに襲われる気配はなかったそうです」
月うさぎの里(Facebookより)
クマの体長は1メートル60センチくらいだったという。ウサギとの触れ合いができることが人気の施設だが、これまでクマが出たことはなかった。「ほかの従業員も『まさかクマが出るとは…』とか『長年勤めてきたけど、こんなことは初めて』と驚いている方ばかりでした。その後、社長以外の従業員は全員、警察の輸送車で警察署に避難して、当時の現場の状況について取り調べを受けて、昼過ぎには帰宅しました。後から聞いた話では、クマは1階レストランの厨房裏口から入ってきたようです。また、1階と2階の階段の踊り場の窓が開いていて、その付近にクマのフンがたくさん落ちていたので、出ていったのはその窓からじゃないか、とみんなで話していました」建物の外の敷地内にはウサギが全部で50匹ほどいるが、すべて無事を確認できたという。「この施設は『ショッピング』と『うさぎの見学』、そして『レストラン』がセットになっていて、団体客が多い施設です。その日は朝から県外のバスツアーご一行さま、昼には台湾の団体さま、そして夕方からもツアーのお客さまが来られる予定で、200人近くの予約が入っていました。また、土日は家族連れのお客さまも多いので、そういった意味でも、クマが営業時間前に現れたのは不幸中の幸いでしたね」
ツキノワグマ(写真はイメージです)
クマとの付き合いの長い猟友会員も、さすがに今回の現場は緊張したという。石川県猟友会加賀支部の小谷口幸司支部長はこう証言した。「今回の加賀市の担当者からの出動要請連絡は、普段と違ってかなり緊迫した状況が伝わってきました。というのもうちの支部は全部で59人中、クマの駆除隊は14人で、通常はそのうちの3~5人で出動するのですが、今回は『緊急出動』として12人が対応しました。緊急出動は3年前の『アビオシティ加賀』の店内にクマが入ったとき以来だったので、緊張感が走りました」
今回は加賀支部のなかでも腕の立つ3人の精鋭が建物の入口付近で待機したが、建物の窓は開いているのに、その下の地面にはクマの足跡がなかったという。「物音も確認できず『クマがいるのかいないのか分からない』という状況が何時間にもわたって続きました。猟友会は警察の指示がない限り建物には入れないし発砲もできないため、長い待機時間に『まだクマ見つからないのか』『もう逃げたんじゃないのか?』と焦りを見せるものもいました。我々がふだんクマの駆除に向かうときは、目撃者やクマの足跡を目印に探すので、比較的短時間で駆除は終わります。しかし今回は、建物の中に立てこもっていて足跡も確認できないので本当にクマがいるか分からなかった。待機時間中もずっと不気味さはありましたね」
ツキノワグマ(写真はイメージです)
加賀市のクマの目撃数は、今年4月から7月19日までで37件。クマが大量発生し、『アビオシティ加賀』の店内にクマが立てこもった2020年よりも20件も増えているという。小谷口支部長はこの原因について、こう分析する。「ひとつ要素として挙げられるのが、コナラやミズナラという木に実る『ドングリ』が豊作だということでしょう。加賀市の山林部ではここ2年ほどドングリがよく獲れているのです。ドングリは栄養素が豊富で、豊作の年には、ドングリを好むイノシシに脂がよく乗っていることが知られています。ドングリはクマの大好物でもあるので、たくさんドングリを食べたことで多く繁殖し、親ばなれした子グマが人里に現れるようになったのではないかと思われます。また、猟師の減少も一因とみられます。猟師は年々減少していて、今では猟友会加賀支部のなかでも、10人ほどしかいません。推測かもしれませんが、ここ数年で明らかにクマが増えていることは、班員みなが実感していることです」ドングリで腹を膨らませるクマにはなんの罪もない。ただ、事故に発展することがにないよう、対策はしっかりせねばなるまい。
ドングリ(写真はイメージです)
※「集英社オンライン」では、“クマ”をテーマに取材をしており情報を募集しています。下記のメールアドレスかTwitterまで情報をお寄せ下さい。メールアドレス:[email protected]@shuon_news取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班