“人生相談3000人待ちの和尚”大愚元勝氏「日本は再び『慈悲心』のある社会を目指すべき」

“人生相談3000人待ちの和尚”大愚元勝氏「日本は再び『慈悲…の画像はこちら >>仏教の教えをもとに人々の悩みに寄り添うYouTubeチャンネル「大愚和尚の一問一答」で人気を博している大愚元勝氏。同チャンネルは2023年7月24日現在で登録者数58.9万人、回答は3000人待ちの人気コンテンツとなっている。
そんな大愚和尚へ、今回は「介護」をテーマにインタビュー。お寺と介護の意外な関係や老いた親への向き合い方、目指すべき理想の社会などについてお話を伺った。
ーー本日はよろしくお願いいたします! 「大愚和尚の一問一答」、私も友人に勧められてから拝見していますが、個人に寄り添った回答が魅力的だと感じています。
ありがとうございます。
もともとYouTubeはお弟子さんと2人だけでひっそりと始めたのですが、今では多くの方に見ていただいており、現在お悩み回答は3000人待ちぐらいになっています。中にはプロスポーツ選手や一部上場企業の役員、芸能人や医師など、いろいろな方からの相談が寄せられます。人知れず苦しんでいらっしゃる方が悩みを吐き出す場所の一つになっているのだとしたら、続けている意味があると思っています。
「大愚和尚の一問一答」内動画『アルツハイマーの親と、どう向き合うか?』。介護に関するお悩みについても多数回答している
ーーYouTube以外にもお寺への滞在体験や経営者向けプログラムなど、魅力的な提案をされている大愚和尚ですが、住職になる前はご自身で起業された会社を経営されていたと伺っています。どのような経緯で住職への道を進まれたのでしょうか。
「お寺の子」と呼ばれ、厳しい環境で育つ中で、どうしても住職にはなりたくないという思いがあったんです。そこで大学院在学中に起業をしたのですが、だんだん事業が大きくなって行く中で、「会社の成長=人の成長」であると実感するようになりました。
ところが、社員教育をするにあたって、仕事における知識や技術は教えられるのですが、人間性や心を養う方法のようなものは教えきれないんです。さらに、日々働いてくれる社員には働く理由や事業の意義を伝えていく必要があります。そうなったとき、改めて「仏教をちゃんと勉強したい」「人間としての修行をしたい」と思ったんです。
そこで会社を後進にすべて任せ、インドから日本まで、スリランカやタイ、チベットなどを経由して仏教伝来ルートをたどりました。人が幸せに生きていくってどういうことなんだろうとか、お寺が現代の社会においてどういうふうに機能していくんだろうとか、人々が、現代において仏教に救いを求めることが本当にあるんだろうかということをずっと考えていたわけです。そうして3年かけて旅をしてから、住職への道を選びました。
ーー早速ですが、大愚和尚は「介護」についてどうお考えでしょうか。
実は日本で最初に介護や福祉事業を始めたのは、お寺なんですよ。
撮影:阿部岳人
悲田院や施薬院、薬師寺なんて名前を聞いたことがあると思いますが、これらは身寄りのない人たちを養ったり、お薬を処方したりするために建てられたお寺の名称です。
かつてお坊さんは海外へ渡って、仏教や政治、インフラや食文化などと一緒に薬学も持ち込んでいたので、お寺で治療をすることもできたわけです。
そういった文脈の中で、長年お寺や神社は精神的にも行政的にも地域の人々を結びつける寄り合いの場として重要な役割を担っていました。ですが、それがある時期から「公民館」に取って代わられることになります。なぜだかわかりますか?
ーーうーん…なぜでしょう…?
実は「公民館」の設置は、第二次世界大戦で日本が敗戦した際の、GHQの占領政策と深い関連があると言われています。
日本人同士が精神的に深く結びつき、宗教的な団結を強めることを警戒したGHQは、国家神道の廃止や全国の各神社の民間への移行施策などを実施します。「公民館」はその中の施策の1つでした。「何かあればお寺や神社のような宗教的な施設に集まる」のではなく、公民館というニュートラルな場所に集まるようにシフトさせる必要がGHQにはあったといわれています。
その影響もあって、日本における宗教は形骸化が進んでいきました。もちろん「お国のためなら死もいとわない」という状態を作り出すのよくないですが、同時に、ある種の宗教心が培ってきた「日本のために」「地域のみんなのために」という思いも少なくなっていきますよね。
ーーそんな経緯があったんですね。
一方で、国民の90%が仏教徒であり、今でも仏教が息づいているミャンマーでは、例えば結婚式のご祝儀が集まったとしても、自分たちのためだけには使わないんですよ。当たり前のように老人施設や、恵まれない子どもたちの施設に寄付をする、それが文化なんです。仏教でいう「慈悲心」が根付いているんですね。
「慈悲心」とは、自分の大事な人に限定されない思いやりのことです。地球の裏側のブラジルで誰か知らないおばあちゃんが倒れていたとしたら、自分のおばあちゃんと同じように思いやる。
でも、それは本能では難しいので、意識して自分の人格を成長させていこう、というのが仏教なんです。この「慈悲心」のようなものが今、日本からどんどん消えてしまっているのではないかと感じています。
ミャンマーが仏教大国になったのは、11世紀から13世紀に存在した最初の統一王朝「パガン王朝」時代のことでした。
征服者とは勝手なもので、自分が領土を制覇してからは「平和な国を作りたい」と考えます。ミャンマー初代国王であるアノーヤターも、自分の統治後は国を安泰に運営していきたいと思うわけです。そこで、国中から哲学者や宗教者などのいわゆる「賢人」たちを集めて話を聞き、仏教を採用することにします。というのも、仏教は「自らに“戒律”を課す」宗教だからです。
戒律の「戒」とは「嘘をつかない」などの、個人がよりよく生きていくためのマイルール、「律」は今でいう法律や会社の集団規則などにあたるような、集団のルールを指します。国民に戒律を守って勤勉に働き、周囲と調和して生きてほしいという思いから、王様自らが仏教に帰依したわけですね。これ以降、ミャンマーは仏教国として歩み始めます。
アノーヤターは国家プロジェクトとして、集めた税からパゴダ(仏塔)を建てます。建設は強制労働ではなく、あくまでも一般庶民に対価を支払われて実施されたため、市民の中には富を蓄えることができた人も出てきます。彼らがさらにパゴダを寄進し、その建設でまた富を得た者が寄進する、という連鎖が起こったことで、3000基もの仏塔がつくられ、今も遺跡として残っています。でも、王族が建てたのは30基ぐらいで、残りの2970基は、一般の人たちが寄進しているわけです。

画像提供:Adobe Stock
同じく11世紀から13世紀のヨーロッパを見てみると、ベルサイユ宮殿をはじめとした素敵な歴史的建造物がたくさん作られています。でも、それは王族が農奴(奴隷)を使って自分たちのために建てたものです。市井の人が自発的に寄進してここまでみごとな建築物を作り上げた例は希少です。
この時期にパガン王朝を訪れたシルクロードの商人は、ミャンマーは経済的にも精神的にも非常に満ち足りた素晴らしい国だと驚愕し、その感動を碑文に残しています。私は仏教を学ぶ旅の中でこの碑文を目にして、改めて仏教の可能性を感じたんです。それからずっと、日本を仏教の心の根付いた、慈悲心のある社会にできたらいいなという思いを持っています。
でも、現在の日本においてやはり仏教は遠いもので、お寺に行くのはお葬式くらいですよね。そこで今の時代を生きる皆さんに、どうすれば仏教に耳を傾けてもらえるのか考え、出版や講演などさまざまなことに取り組んでいます。実はYouTube「大愚和尚の一問一答」もその一環だったんです。
あと、今進めているのが「寺町構想」です。
ーー「寺町」というと、浅草の浅草寺や長野の善光寺のような、お寺を中心に栄えている町のことですよね?
そうです。これは地方のお寺の存続という意味でも有益だと考えています。
今、日本には7万件以上のお寺があります。これはコンビニエンスストアよりも多い数字になりますが、今後の20年で少子高齢化が進んでいる地方のお寺は淘汰されていくことが、危惧されています。お寺の経済基盤となっているお葬式や法事もどんどん縮小していますし、担い手も減少している。大都会に土地を持っていて地代が上がってくるようなところや、檀家数が多いところ、国宝などを有する観光寺しか生き残らないですよね。
そうなると、日本から“聖域”が消えていくんですよ。それに、地方の寺ほど境内山林をともなっているので、寺が消滅すると日本から山林が減少していくんです。果たして、それでいいのでしょうか?
だからこそ、私は、「寺町」が出来たらいいなと思うのです。お寺が地域社会において、葬送儀礼だけではない何かしらの機能を持ち、再び人々が立ち寄る場所になることができれば、浅草寺さん、善光寺さんほどの規模でなくとも、お寺を中心に小さい寺町ができ、地方も栄えていくのではないかなと。そんなことが可能になったらいいなと思います。
ーーお寺がコミュニティのような機能を担うことができたら、孤立しがちな高齢者にとっては特に大切な場所になっていきそうですね。
私もそう考えています。ただ、介護施設のレクリエーションのような「お年寄りを楽しませる」場にするというよりは、心を育てて、ご自身の役割を得るための場として、お寺に来ていただけるようになったらいいなと。
現在お年寄りというのは、なんとなくなすべきことがない、「介護されるべき存在」というような感じに社会が追い込んでしまっていて、ご自身もそう思い込んでしまっていると思うんです。でも、お年寄りにはインターネット検索ではたどりつけないような知恵がありますし、お体もまだまだ元気なことが多い。本当はできることがたくさんあるわけです。
だからこそお寺に来て、若いころには縁が無かった仏の教えにも興味を持って頂いて、共感して頂けたらぜひ思いやりを実践に移してほしいんです。地域のお年寄りにとってのコミュニティとして機能して、皆でお寺に来て、地域の掃除などのできることをやりましょうよ、って巻き込んでいきたいと思っています。
撮影:阿部岳人
仏教伝来ルートを旅していた頃、インドのある村で「名物おじいちゃん」に出会ったことがあります。
そのおじいちゃんはずっと朝から晩まで、道路際の小さな椅子に座っているんです。何をしているのか気になって周りの人に尋ねてみると、「あのおじいちゃんは“仕事をしている”んだ」って言うんですよ。
いったい何の仕事をしているかというと、「わだち」を埋めているんですね。
インドの田舎の道は舗装されていないので、どんどんわだちができるんですが、車は常に過積載なので、そのままだと車体がバランスを崩して、積んでいた荷物が崩れてしまう可能性がある。だから、わだちを埋めているわけです。
でもそのおじいちゃんは、お金をもらってやっているわけじゃないんです。自分で自分のやるべきことを見つけてやっている。仕事というのは与えられるものではなく、自分の意思で見つけるものなんです。
引退したら、子育ても社会的な立場も全部なくなるからこそ、本当に自由だと思います。そのときに初めて自分で何をするか、年を取って動けなくなる前に考えておいた方がいいのではないでしょうか。社会ですべきことがあれば、長く元気でいられるはずです。
ーーその一方で、人にはどうしても避けられない「老い」もあります。元気だった親が要介護状態になったり、認知症になったりしていくのを見ていくのはつらいですが、どのように受け止めればいいのでしょうか。
まさに仏教は、そこからのスタートなんです。
そもそもお釈迦さまは生まれてきて老い、病気をして死ぬという「生老病死の苦を前提として生きよ」と説かれました。
メディアはあたかも私達は健康でいつまでも長生きをするっていうような間違った幻想を植えつけるわけですが、これは間違った社会教育です。“美魔女”が出てきて「わあ、60歳にはとても見えない」なんて称賛されているけれど、どこからどう見ても60歳ですよね。
ーー(笑)。
そうやって、いつまでも年を取らないで元気であることが理想だ、という思い込みをしているのでかえって苦しいんです。
仏教には「一切皆苦」という概念があります。この世の全ては苦しみであるという概念ですが、決して悲観的なものではなく、どうにもならないことは受け入れることで楽に生きられるという教えです。
年を取ったらしわも増えるし、歯も悪くなるし、耳も聞こえなくなる。年をとっていくことは、苦しみではなく当たり前のことであると受け入れてしまえば、楽になります。
ーー老いた親に対して、我々は何ができるのでしょうか?
お釈迦様がシンガーラという大富豪の息子に対して人間関係を説いた「六方礼経」というお経があります。年を取った親に対しての接し方が説かれているのですが、そこには5つの義務が説かれているんですね。今現在の日本社会とは馴染まない部分もあるかもしれませんが、ご紹介します。
まずは、自分が養ってもらったのなら、「親が弱ったときには養いなさい」ということ。そして、2番目が「子供としてなすべきことをしなさい」ということです。「なすべきこと」というのは敬老の日にプレゼントを送るということだけではなく、親が助けてもらいたいと思っているときには、子供としてなすべきことを実行しなさいということなんですね。
お寺では、お葬式のときに「もっとお父さんにああしてあげればよかった」「お母さんにこうしてあげればよかった」いう後悔の声をよくお聞きします。もちろん今は介護施設や助けてくださる方がいらっしゃるので、プロにお願いするのは大いに結構なのですが、後悔を残さないためには、どこかそういう制度のもとに甘んじている自分がいるんじゃないかと自省してみていただきたいです。
撮影:阿部岳人
あと、「なすべきこと」の中に面白い一節があるのですが、それは「新しい時代のことを教えてあげる」ということです。今で言えば、スマホなんかの使い方を教えてあげることがそれに当たると思います。もちろんすぐにはわかってもらえないので大変なのですが(笑)。
そして、3つ目は「家系を相続する」ということです。もちろんインドでは男の子の跡継ぎを作るっていうのが親に対しての義務とされてきたわけですけれど、私はそういうことだけじゃなくて、両親のいいところ、例えば遅刻をしないとか、真面目だとかっていう部分を自分の性格に取り入れていくことも親孝行だと思っているんです。親にとっては嬉しいことだと思います。
それから、「財産を相続する」ということもあります。子供が財産を食いつぶしてしまうケースもいっぱいあります。両親が苦労なさってつくった財産をちゃんと受け継ぐ、守り継ぐということもとても大事な役割だと書かれています。
そして最後に、折々にふれて「先祖を供養する」ということです。私たちは1人で生きているわけではなく、前の世代の人たちがいるわけです。お盆の時期にいつも話すんですが、私達はもっともっと長い繋がりで先祖を見た方がいいと思っています。
お寺には「過去帳」と言う、過去に亡くなった方の記録が残っているんですが、これに関する面白い研究があるんですね。
江戸時代には享保・天明・天保と3回の大飢饉の期間の記録を見てみると、人が亡くなっていく順番にパターンがあったんです。おじいちゃんおばあちゃん、そしてお父さんお母さんと子供がいる家庭では、誰から亡くなっていくと思いますか?
ーーやっぱり、体力のない子どもやおじいちゃんおばあちゃんからでしょうか?
それが、違うんですよ。実はね、一番最初にそこの家のお嫁さんが亡くなるんです。まずはお嫁さんが自分が食べるものを我慢して、子どもたちや、おじいちゃんおばあちゃん、働き手であるお父さんに食事を与えて亡くなる。その次にお年寄り、お父さんが亡くなって、最後に子どもが残る。こうしたパターンが、当時の記録からはうかがえます。

撮影:阿部岳人
つまり、歴史をたどっていくと、私達が今生きているのは、「自分の命を犠牲にしてでも」という思いで子どもを守ってくれた人たちのおかげだということです。自分の親も、その親も、そうやってずっと命がけで私達を守ってきてくれたのだということに思いを馳せてほしいんです。
お寺にいると、「子供たちに迷惑をかけたくない」というお年寄りが増えているのを感じます。ですが、そもそも誰にも迷惑をかけないで生きられる人なんていないんですよ。
私達が作るべきなのは、介護に限らず、自分の親や大事な人でなくとも、そこに困っている人がいたら助ける、「慈悲心」のある社会ではないでしょうか。
もちろん前提として、社会の制度が整っていくことは理想です。ですが整い過ぎてしまうことによって、いずれ自分も寂しさを抱えながらいく道のはずなのに、どこか若いうちは他人ごとになってしまう。
だからこそ、しょっちゅうというわけにはいかないと思いますが、たまには自分の親と向き合う時間を持ってほしい。そして、介護される側もつらいだろうけれども、人の世話になることは、決して恥ずかしいことでも、情けないことでもないと思ってほしいです。順繰りに行く道なのですから。介護する側も、自分の親の介護を通して学ばせていただくことがたくさんあるはずです。
私自身もなるべく元気にすごし、いつか自分が介護を受ける立場になったら、なるべく「介護したい」と思ってもらえるような、かわいいおじいちゃんになりたいと思います。
撮影:阿部岳人