中央線「昭和グルメ」を巡る 第194回 1978年から高円寺で「COFFEE コーラル」

いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。

今回は、高円寺の喫茶店「コーラル」をご紹介。

○ママさんの”ゆるさ”が心地いい、自然体な交流を楽しめる喫茶店

庚申通り商店街は、高円寺北口の純情通り商店街より一本西側。以前この通り沿いの「カフェテラスごん」をご紹介したことがありますが、そこからさらに早稲田通り方面へ進み、庚申塚の角を右に入ってすぐ左に、ずっと気になっていたお店があるのです。

明らかに広くはなさそうであるものの、こげ茶色の外観が印象的な「COFFEE コーラル」という喫茶店がそれ。

しかも通るたびにチェックしていたのですが、いつもお客さんがいて入れそうもなかったんですよ。だから気がつけば、何年も経っていたわけ。

たまたま混雑時に当たっていただけなのかもしれないけれど、でも、なかなか入れないとなると、なんとか入ってみたくなるじゃないですか。なりませんか? 僕はなるよ。だからとある月曜日、12時の開店時刻を狙って行ってみたよ。

ところがほぼオンタイムに到着したものの、まだ看板が出ておらず、開店していない様子。まあ個人店にはありがちなことだよな、でも、どうしようかなと思っていたら、ちょうどドアが開いてママさんと目が合ったのでした。

「すみません、まだ開いてませんか?」
「ええ、まだ看板も出してないのでね……」
「わかりました。じゃあ、せっかくなんで待ってます」

なにが「せっかく」なんだかわかりませんけどそう答えたところ、「お待ちになるんだったらなかへどうぞ」とのこと。開店前なのに申し訳ないなあと思いながらお邪魔して、すぐ目の前のカウンターの端の席へ。

あれ? 同じカウンターの右奥で、常連らしきお母さんがメロンソーダを飲んでいらっしゃいますねえ。開店前じゃなかった? しかし、そういうアバウトな感じも個人店ならではの魅力。しかもそのお母さんが気軽に話しかけてきてくださったので、ママさんが忙しそうに開店作業を進めるなか、いきなり地元の話で盛り上がることになったのでした。

そのお母さんは高円寺の方だそうですが、地元民的に高円寺・阿佐ヶ谷・荻窪は町内会みたいな感じでもあるので、おのずと会話が弾んでしまいます。「荻窪の○○の息子さんは○中出身で、うちの息子の同級生なのよ」「え、そうなんですか? 僕も○小○中出身ですよ」みたいに。

うーん、ローカル。これぞ中央線マインド。

間口の狭い店内は横に長く、スペースの大半、すなわち入り口から右側はカウンター。

左側にはテーブル席もふたつありますが、手前のほうには段ボールが積んであったりするので座ると窮屈そうではありますね。

喫煙可能らしく、もとは白かったと思われる壁はいい感じにすすけています。

もちろんこれはいい意味で、長年使われてきたのであろうテーブルや椅子、ランダムに飾られた絵画、温かみのあるランプシェードなどと相まって、いかにも昭和の喫茶店といった雰囲気を醸し出しているのです。

お聞きしてみたところ創業は1978年だそうで、今年で45年目なんですね。

その歴史は、開いてみたメニューブックにも明らか。

手書きの商品名とイラストがかわいらしく、眺めているだけでほっとできるんですよ。

で、お昼だったので、ハムトーストとアイスコーヒーのセットをお願いしたのでした。

しかしですね、「あ、ハム買ってくるの忘れちゃった。タマゴでいい?」とのこと。もちろんいいですとも。というわけでエッグトーストに変更してもらったのですけれど、今度は「コーヒーたてるの忘れてた」ということになったので、アイスティーにチェンジ。

いろいろツッコミどころがあるわけですが、それもまた個性だよなと思えるところが、このお店の魅力なんだと思います。事実、そのあとに入ってきたふたりの若い外国人男性客も含め、みんなが温かくママさんの奮闘ぶりを見守っている感じだったし。

いまの時代はなにかとギスギスしていて、ことあるごとに目くじらを立てる方も少なくありませんけれど、こういうゆるさを容認することも大切だと思いますぜ。少なくとも、そのほうが楽しいじゃないですか。

やがてアイスティーと一緒に登場したエッグトーストは、「むしろこっちに変更してよかった」と思える仕上がり。

「パンが焼きたてで柔らかいからなかなか切れない……」とママさんは奮闘しておりましたが、タマゴとレタスとの相性も抜群。意外とボリュームがあって腹持ちもよく、ランチとして充分に満足できたのでした。

ちなみに座った席のすぐ横には、誰かが書いたのであろう「ちいかわ」の絵が貼ってあったりもしたのですが、「これ、誰が貼ったんですか?」と聞いたら、「え、知らない。誰かが貼ってったんじゃない?」とのこと。

やっぱりここはいい店だ。少なくとも、こういうゆるさに魅力を感じることができる人とは、きっと仲よくなれそう。事実、最初に話しかけてくれたお母さんも、あとから来たふたりの外人男性も、すごくいい人だったしなー。

つまりは無理なく人と人との交流を楽しめる場所でもあるので、ここはまた顔を出すことになる気がします。

●COFFEE コーラル
住所: 東京都杉並区高円寺北2-38-13
営業時間: 12:00~20:00
定休日: 水曜

印南敦史 作家、書評家。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家として月間50本以上の書評を執筆。ベストセラー『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社、のちPHP研究所より文庫化)を筆頭に、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『読書する家族のつくりかた 親子で本好きになる25のゲームメソッド』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)、『読書に学んだライフハック――「仕事」「生活」「心」人生の質を高める25の習慣』(サンガ)、『それはきっと必要ない: 年間500本書評を書く人の「捨てる」技術』(誠文堂新光社)、『音楽の記憶 僕をつくったポップ・ミュージックの話』(自由国民社)、『「書くのが苦手」な人のための文章術』(PHP研究所)、『いま自分に必要なビジネススキルが1テーマ3冊で身につく本』(日本実業出版社)ほか著書多数。最新刊は『先延ばしをなくす朝の習慣』(秀和システム)。 この著者の記事一覧はこちら