三菱重工で、このたび四半世紀ぶりとなる海上保安庁向けの新型練習船が進水しました。船橋(ブリッジ)が2つあるなど特徴的な構造を持ちますが、同船の整備には緊迫の度合いを増す日本周辺の海洋環境が関係していました。
三菱重工業は2023年7月4日、海上保安庁が発注した5500トン型大型練習船「いつくしま」の命名・進水式を、同社の下関造船所で実施しました。引き渡しは2024年度中の予定で、就役後は第六管区海上保安本部の呉海上保安部に配備され、海上保安大学校が行う教育訓練や航海実習などに当たります
海上保安庁の練習船が進水するのは、1998年の「みうら」以来、25年ぶりとなりますが、このたび四半世紀ぶりに新型練習船が進水した背景には、海上保安庁の任務増大に伴う規模拡充があります。これに伴い、海上保安大学校は定員を増やしており、それを踏まえて「いつくしま」は、2020年度の補正予算に基づいて建造が計画されました。総事業費は約120億円。海上保安庁の教育訓練管理官は取材に対し「期待の船と考えている」と話しています。
「多くの学生を一挙に教育」海上保安庁25年ぶり新練習船が誕生…の画像はこちら >>三菱重工下関造船所で建造中の海上保安庁向け新型練習船「いつくしま」(深水千翔撮影)。
現在、海上保安大学校の教育には1993年に就役した練習船「こじま」(2950総トン)が使用されています。一方で海上保安大学校は近年、幹部職員を増員するため本科学生、特修科研修生ともに定員を増やしました。さらに2021年度からは一般大学卒業者を対象とした「初任科課程」が新設され、幹部職員としての必要な学術・技能の教育を行っています。ただ、こうした人員増の影響で、既存の「こじま」では十分な教育ができなくなっていることから、早期の代替船建造が求められていました。
そのため、新造練習船となる「いつくしま」は船体寸法を全長134m、幅16.3mと大型化し、増加する学生・研修生の乗船実習に対応した機能を備えています。
外観で特徴的なのは上下2段に分かれたブリッジで、上部は航海船橋、下部は航海実習などの教育で学生らが使用する実習船橋となっています。これは、短期間で効果的に乗船実習を実施できるよう設けられた設備で、双方の船橋とも同じ航海計器が据え付けられており、両方で操船することが可能です。
従来は航海船橋に学生らも混ざって教育・実習を受けていましたが、通常の業務を行っている航海船橋と実習船橋を分けることで、航行中でも多数の学生・研修生が操船方法などを学ぶことができるようになります。さらにこれまで安全運航の都合上できなかった火災など緊急時の対応訓練にも、実習船橋は活用できます。
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既存の練習船「こじま」(画像:海上保安庁)。
このほか練習船の設備として訓練業務統括区画や通信科演習室、機関科演習区画が設けられているうえ、船尾側には船内で授業を行うための学生教室や、外国の港を訪問した際にレセプションなどを行える多目的室が置かれており、通常の巡視船に比べて船室が多くなっています。
加えて災害発生時などは緊急的に海上保安業務へ従事することを想定し、耐航性、動揺安定性、長期行動能力に優れた設計を取り入れています。
武装は、目標追尾型遠隔操縦機能(RFS)を備える20mm機関砲1基と13mm機銃1基を装備。ブリッジ側面には停船命令等表示装置を備えるほか、高速警備救難艇4隻や救命艇2隻を搭載します。推進器はプロペラだけでなく、細かい操船が可能なバウスラスターも装備しています。
ちなみに、船名は広島の著名な観光地である厳島(いつくしま)にちなんで名付けられたそうです。これは同船の運用上の拠点となる海上保安大学校が、広島県の呉市にあることに由来します。
「いつくしま」は就役後、世界一周の遠洋航海などで日本の代表として各国を巡ることになるため、国際的に有名な地名にちなんだ模様です。
海上保安庁は、2022年に決定された「海上保安体制強化に関する方針」を踏まえ、尖閣諸島に関する領海警備能力や広域海洋監視能力、大規模・重大事案同時発生に対応できる強靱な事案対処能力などの強化を進めています。
それに伴い、同庁では2026年度までに練習船を含む大型巡視船の隻数を85隻まで増強することを目指しており、大型巡視船や航空機の新規整備などを盛り込んだ2024年度概算要求では総額2431億円を計上しました。
こうした体制整備を支えるため、海上保安庁では「いつくしま」とは別に、現場業務に従事する巡視船により近い実践的な設計コンセプトに基づいた新造練習船として「ヘリコプター搭載型巡視船(国際業務対応・練習船)」の建造を計画、2022年度補正予算に総事業費186億円で計上しています。なお、就役は2026年度を予定しています。
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艤装中の「いつくしま」の船上構造物。窓が並んでいるところが船橋(ブリッジ)。上下2段あるのがわかる(深水千翔撮影)。
この、ヘリコプター搭載型巡視船を兼ねる練習船は、40mm機関砲1基と20mm機関砲1基を船体前部に装備するほか、遠隔放水銃や遠隔監視採証装置、停船命令等表示装置、高速警備救難艇、複合型ゴムボートなどといった、第一線の巡視船と同様の装備を備えるとのこと。このため現用のヘリコプター2基搭載型巡視船「みずほ」(6000総トン)と同等の船体規模になると考えられます。
また、「国際業務対応」と書いている通り、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて、外国の海上保安機関などと連携・協力したり、諸外国への海上保安能力を向上させる支援業務に就いたりすることが想定されています。
近い将来、海上保安庁の練習船は「いつくしま」とこの新型練習船が投入されるため、より一層、海上保安官に対する教育と訓練の環境が向上すると期待されています。