無届け老人ホーム、ここ数年は大きな減少は見られず。届け出をしない理由とは?

7月18日、法律上義務化されている自治体への届け出をしない「無届け老人ホーム」に関する調査結果を厚生労働省が発表。2022年6月末時点で、全国の無届けホーム数が626件あることが明らかとなりました。
この調査は毎年実施されていて、無届け老人ホームの数は2021年から2022年にかけて約30件減っているものの、なお600件以上あるのが現状。大幅な減少には至っていません。ゼロに向けての動きは思うように進んでいないわけです。
しかもこの調査は、あくまで自治体側が調べたものを全国レベルで取りまとめたもので、本当に実態を把握しているとは限りません。自治体側が把握していないだけで、もっと多くの無届けホームがあるとも考えられます。そもそも無届け老人ホームとは、自治体に届け出をしていない老人ホームのことを指すわけです。届け出のない老人ホームを自治体側がどれだけ正確に把握しているのか、やはり疑問の余地があります。
厚生労働省としては、法令順守を徹底させるべく、届け出するよう引き続き求めていく見込みです。7月18日には厚生労働省が改めて、都道府県・指定都市・中核都市の民生主管部(局)長に通知を発出。実態把握と指導監督を徹底するように求めました。
無届け老人ホームとは、都道府県など管轄する行政機関に対して老人ホームを運営するとの届け出を出さず、無許可で運営している施設のことです。「無届け介護ハウス」「未届け老人ホーム」とも呼ばれます。一戸建ての住宅などを老人ホームとして活用し、スタッフが食事、入浴のケアをしている、という形態が多いです。
自治体に届け出をした老人ホームは、もし防災体制や居住環境に問題があれば、自治体側から指導、行政処分を受けることになります。そのため、届け出老人ホームは行政の指摘を受けないように、一定の基準以上の住環境を整えています。
一方無届け老人ホームは、自治体に届け出をしていないので、防災体制・住環境に不備があっても、指導や処分などを受けたり、社会に公表されたりすることはありません。そのため、設備や人員配置にコストをかけずに、劣悪な住環境、サービス体制で運営されているケースも多く見られます。
無届け老人ホームの存在が社会問題として注目されるきっかけとなったのが、2009年3月に群馬県渋川市で起こった無届け老人ホームでの火災です。この事故により、入居者16名のうち10名が亡くなり、マスコミでも大々的に報じられました。
運営していたNPO法人側は、「当施設に入居者の年齢制限は設けていない、老人ホームではない」と主張。しかし実態としては、高齢者に食事、ケアを提供する老人ホームでした。立地していた場所を管轄する群馬県側は、届け出が無かったこともあり、有料老人ホームとしはて把握していなかったとのことです。
このホームは行政側に届けることなく増改築を繰り返して、館内は複雑な構造となっていました。通路が直線ではないために災害時の避難経路が確保しづらく、廊下には不要となった家具などが置かれていたと言います。
しかもスプリンクラーなどの防火設備もなく、消化器は全館で1個だけという防災体制。もし届け出をしていたら、行政による監督・指導により、防災対策はより整っていたはずであるとして、社会的に問題視されました。
こうした無届け老人ホームにおける火災、死亡事故は、その後2018年に札幌市でも発生。このときは11人が亡くなっています。この札幌市のケースもマスコミで盛んに取り上げられ、無届け老人ホームの問題性が改めて注目される要因となりました。
無届け老人ホームは行政に届け出をしていないので、当然ながら行政による介入を受けません。
もし届け出をしている施設であれば、「何か問題が起これば行政の指導・処分を受けることになる」という、問題を起こさないようにする「歯止め」の意識が働きます。もし実際に行政の指導・処分を受けるような事態が生じれば地域内でも話題となり、入居者・利用者減に直結するでしょう。そのため、「指導・処分を受けないように注意しよう」と老人ホーム側は心がけるわけです。
しかし、無届け老人ホームでは、行政がそもそも関与しないので、こうした「歯止め」のメカニズムが作用しません。
そのため無届けホームでは様々な問題が起こりやすく、その典型例が職員による入居者への虐待です。
2015年、名古屋市の無届けホームにおいて、3人介護職員が入居者に対する暴行罪で逮捕されました。認知症高齢者に対して暴行している様子を、自分のスマートホンで撮影し、LINEで共有していたのです。
また、2014年には東京都の医療法人が運営するシニアマンションでは、24時間常に拘束具で入居者をベッドに縛り付けていたことが発覚。拘束されていたのは入居者160人中130人に上っていました。
無届けホームの特徴の一つとして、入居費用が格安にできるという点があります。
届け出をしている一般的な有料老人ホームの場合、家賃、管理費、食費込みで月10万円台~20万円台が相場です。入居一時金はある施設とない施設がありますが、無い場合はその分、毎月かかる家賃がやや高めになるのが通例といえます。一方で無届けホームの場合、月額費用が総額で10万円を切ることも珍しくなく、月6万円台というケースもあります。入居一時金は基本的に0円です。
入居料金を格安にできる理由は、行政からの監督・処分を受けることがないことを背景として、設備、防災面に費用をかけないからです。また、提供するサービスも最低限にとどめるので、人件費を抑えることもできます。そのため届け出をしている老人ホームに比べて、かなり安価な料金設定が可能となるわけです。
実はこうした格安ホームが、低所得者層の高齢者の受け皿になっている事実があります。
例えば、先述の火事で10名が亡くなった群馬県渋川市のホームには、都内から生活保護受給者が管轄の手続きをしないまま移住していました。都内の老人ホームは地代が高いため高額になりやすいです。そこで格安の地方の無届けホームに移り、住んでいたわけです。
無届けホームを無くしていくには、厚生労働省が注力している通り、行政が域内の調査を徹底し、厳正な指導、監督が欠かせません。
しかしこれだけでは、「低所得者層の受け皿になっている」という問題は解決しません。低所得者層にとって、格安で入居できる無届け老人ホームは格好の入居先となり続けます。
現在国は、特養整備においてユニット型特養を推奨しています。個室タイプで手厚いケアを受けられますが、入居費用が高く、しかも定員数が少なめです。結果として低所得者層は、特養の中でも安く入居できる多床室に入居希望が殺到。待機者数が多数発生しています。安く入居できる多床室型の特養に入れない場合は、無届けホームという選択肢も考えることにもなるでしょう。
こうした状況が続けば、特に一人暮らし・要介護の低所得の高齢者にとって、無届けホームへのニーズが常に発生することになるとも考えられます。その解消を図るためには、より安く入居できる公的保険施設(特養)の増設がやはり急務ではないでしょうか。
今回は無届けホームの問題について考えてきました。低所得者層への対策をしないまま、無届けホームを強制的に無くそうとすることは、状況によっては行き場を無くす高齢者を増やすことにもなります。無届けホームの対策は、この点に配慮した内容にする必要もあるでしょう。