史上最大「ジャンボジェット」火消し機どこへ? 相次ぐ山火事「空中消火機」のいま

山火事の多いアメリカにはボーイング747やDC-10といった大型旅客機を改造した消防専用機が存在します。これらはどのような経緯で生まれたのか、そしてどれぐらいの水や消火剤を積めるのでしょうか。
地球温暖化の影響も指摘されていますが、夏になると世界のあちらこちらから大規模な山火事のニュースが入ります。今年、2023年夏はハワイのマウイ島で起きた山火事が街を襲い、大きな被害と多数の犠牲者が出てしまいました。
北米では大規模な山火事に対処するために、昔から空中消火機(エアタンカー)が使われています。これは、空から大量の水や消火剤を空から散布する、消火活動専用の航空機です。空中消火機のなかには、カナダの旧カナディア社が開発して現在はヴァイキング・エア社が製造しているCL-415飛行艇のように、最初から空中消火機として設計された機種もありますが、多くは退役した輸送機や対潜哨戒機などを転用した改造機です。
史上最大「ジャンボジェット」火消し機どこへ? 相次ぐ山火事「…の画像はこちら >>消火剤を投下するDC-10ベースの空中消火機(画像:10 Tanker Air Carrier)。
森林大国のカナダには、既存の機体を空中消火機に改造する専門企業まで存在します。カナダのコンエア社は空中消火機への改造や空中消火機の運航には50年以上の実績があります。以前はS-2「トラッカー」対潜哨戒機やフォッカーF27旅客機などをベースにした改造機が使われていましたが、近年ではアブロRJ85旅客機やデ・ハビランド・カナダ(のちにボンバルディア)DHC-8をベースにした空中消火機が使用されています。
カナダと並んで多くの空中消火機を使用してきたのがアメリカです。使用される機体の多くは民間企業が所有し、消防活動は連邦森林局や州政府との年次契約に基づいて行われています。アメリカで使われていた空中消火機の多くはDC-4旅客機、P-3対潜哨戒機やC-130輸送機を改造したもので、どれも古い機体ばかりでした。
そんな中、2002年に消火活動中のC-130が空中分解して墜落する事故が発生しました。この年は2機の空中消火機が事故で失われており、このことを重く見たアメリカ内務省は同年、次世代型の空中消火機に関する情報提供依頼書を発行します。この動きが呼び水となり、アメリカでは2つの大型空中消火機プロジェクトが始動しました。
そのひとつが、4発ジェットエンジンを備えた大型旅客機、ボーイング747通称「ジャンボ・ジェット」を転用した空中消火機です。
これは、チャーター便を運航していたエバーグリーン国際航空が、ボーイング747-100を改造する形で生み出しました。2機が改造され2006年6月にはFAA(連邦航空局)より改造型式証明を取得しています。完成した機体は「スーパータンカー」と呼ばれ、最大38tもの水を9秒で投下する能力を持ち、これはP-3改造機の7倍の能力に相当しました。
「スーパータンカー」は米国内での活動以外に2009年にはスペイン、2010年にはイスラエルの山火事にも投入されて、その高い消化能力をいかんなく発揮しました。しかし、エバーグリーン国際航空の業績が低迷、最終的には倒産・廃業したため「スーパータンカー」は2013年に運航を停止してしまいました。
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1986年8月、アボツフォード航空ショーで消火剤投下のデモフライトを行う、フォッカーF27改造の空中消火機(細谷泰正撮影)。
ところが、「スーパータンカー」の圧倒的な空中消火能力は、やはり無視できなかったようで、「スーパータンカー」の復活が動き出します。新たに、グローバル・スーパータンカー・サービシズが設立され、ボーイング747-400を改造して、新たな「ジャンボ・ジェット」ベースの空中消火機が誕生しました。
使われた機体は、以前JAL(日本航空)で 旅客機として使用されていたものでした(その後、エバーグリーン国際航空が貨物機として使用)。この機体は、前出のボーイング747-100ベースの「スーパータンカー」よりもさらに大きく、最大74tの水もしくは消火剤を搭載することできる能力を持っており、世界最大の空中消火機としても知られています。
新しい「スーパータンカー」は、2016年に連邦航空局から必要な証明を取得して運航をスタート。消火剤投下時は着進入の時と同じように主翼の高揚力装置を展開し、火災現場上空120mから240mの高度を260km/hで飛行しました。一回の通過で幅46m、長さ4.8kmの範囲に消火剤を散布する能力を持っていました。
ボーイング747-400ベースの「スーパータンカー」は、カリフォルニア州サクラメント市のマクレラン飛行場を拠点として消火活動に従事しましたが、その活動は長くは続きませんでした。グローバル・スーパータンカー・サービセズ社は経営が行き詰まった結果、2021年4月に活動を停止。これを受けスーパータンカーはその後、ナショナル航空が買い取り貨物機に戻されています。
そして、このボーイング747ベースの「スーパータンカー」と同じく、2002年に内務省が出した次世代型空中消火機に関する情報提供依頼書をきっかけとして生まれた、もうひとつの大型空中消火機が3発ジェットエンジン旅客機、ダグラス(現ボーイング)DC-10ベースの空中消火機です。
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ボーイング747-400ベースの空中消火機(画像:Global Super Tanker)。
開発は、カリフォルニア州で旅客機を貨物機に改造する事業を行っていた2つの企業が合弁で設立したテン・タンカー・エア・キャリヤ社(10 Tanker Air Carrier)です。改造1号機は初期型DC-10-10をベースにしており、2006年に連邦航空局から認証を受け運航を開始しています。
ボーイング747ベースの「スーパータンカー」は機内にタンクを搭載していましたが、DC-10では胴体下に舟型のタンクを外付けする方法が採られています。このタンクは45tの水を収容することが可能です。
その後、DC-10-30をベースに改造された2機(911号機と912号機)が加わったほか、2014年には初代910号機の更新用としてDC-10-30ベースの2代目910号機が、純増用の914号機とともに就役したことで、4機全てがDC-10-30で統一されています。2023年8月現在は2機がカリフォルニア州南部のヴィクタービル空港、2機が同州北部サクラメント市内のマクレラン飛行場で待機する体制が採られています。
DC-10空中消火機は、幅91m、長さ1600mの範囲に消火剤を散布する能力があるそう。これはS-2空中消火機の12機分の能力に匹敵するとのことで、この優れた散布能力を活かす形で、DC-10タンカーは地元カリフォルニア州だけでなく、ワシントン州の消火活動にも出動しています。
また2009年12月には、911号機がオーストラリアのメルボルンに派遣され南半球の山火事シーズンに備えました。その後、2015年からは北半球の山火事シーズンが終わるとオーストラリアへ派遣され南半球の夏をシドニー郊外のリッチモンド空軍基地を拠点に活動するパターンが定例化します。
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1982年6月マクレラン空軍基地(当時)で展示されたS-2「トラッカー」哨戒機ベースの空中消火機(細谷泰正撮影)。
この派遣は、南半球の夏が終わると再びカリフォルニアに戻り北半球の山火事シーズンに備えるパターンであり、まるで渡り鳥のような活動形態ですが、これは南半球と北半球で山火事シーズンがずれていることを利用した効率的な運用方法で、テン・タンカー・エア・キャリヤ社が大型機による空中消火機事業を軌道に乗せることができた大きな要因といえます。
ボーイング747ベースの「スーパータンカー」が姿を消した今では、このDC-10改造機たちが世界最大の空中消火機であることは間違いありません。
マウイ島の大規模火災では派遣されていませんが、アメリカの山火事におけるDC-10タンカーのような大型空中消火機の必要性は、今後増すことはあっても減ることはないでしょぅ。ひょっとしたら今後ますます3発ないし4発旅客機を転用した大型の空中消火機が増えるかもしれません。