ウクライナに「グリペン」戦闘機も? 供与なるか F-16より“ウクライナ向き”な理由

ウクライナへのF-16戦闘機の供与が遅れるなか、ゼレンスキー大統領はもうひとつの選択肢、スウェーデンの「グリペン」供与へ道筋をつけようとしています。グリペンはF-16よりもウクライナに向いていると言えそうです。
2023年8月19日、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領がスウェーデンを訪問し、同国のウルフ・クリステルソン首相と首脳会談を実施。終了後の記者会見でゼレンスキー大統領は、ウクライナ空軍のパイロットや整備要員などが、スウェーデンのサーブが開発したJAS39「グリペン」戦闘機の運用評価を開始していたことを明かしました。
ウクライナに「グリペン」戦闘機も? 供与なるか F-16より…の画像はこちら >> JAS39「グリペン」(画像:サーブ)。
スウェーデン政府はウクライナへのグリペン供与は否定していますが、ゼレンスキー大統領が述べた、ウクライナ軍人によるグリペンの運用評価自体は認めています。また、クリステルソン首相は「将来のことは何も排除しない」と述べ、ウクライナへのグリペンの供与に含みを持たせています。このため複数の海外メディアが、スウェーデンとウクライナのグリペン供与に関する話し合いが本格化するのではないかとの見方を示しています。
ウクライナは自由主義陣営諸国に対して戦闘機の供与を求めており、アメリカ政府は2023年8月17日に、F-35A戦闘機の導入で余剰になるデンマーク、オランダ両空軍が運用していたF-16戦闘機のウクライナへの供与を承認。またウクライナのオレクシー・レズニコワ国防大臣は8月19日に、ウクライナ空軍のパイロットや整備員などがF-16を運用するための訓練が既に開始されていたことを明らかにしています。
ただレズニコワ国防大臣は、パイロットの訓練には最短で半年、整備員などの訓練にはさらに時間を要すると述べており、2023年中にウクライナがF-16を戦力化できるわけではないとの見解も示しています。
このため、仮にスウェーデンがすぐにウクライナへのグリペンの供与を決断したとしても、F-16より先に戦力化できるわけではありません。しかし筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)はいくつかの理由から、グリペンの方がF-16よりもウクライナに「向いている」 とも思います。
F-16の操縦は「サイドスティック」と呼ばれる、操縦席の右側方に配置された操縦桿で行います。これに対しグリペンはF-15戦闘機などと同様、パイロットの両足の間に配置された操縦桿を使います。筆者はF-16とグリペンのシミュレーターに体験搭乗したことがありますが、同じ戦闘機とは言っても、両者の操縦感覚は「別物」であると感じました。
パイロットの両足の間に配置された操縦桿を採用する航空自衛隊のF-86F「セイバー」戦闘機とF-1支援戦闘機、その両機のパイロットを務めた航空自衛隊の元将官の方も、次のように話していました。曰く、サイドスティックを使用するF-16のシミュレーターに体験搭乗した際、操縦感覚の違いからよく墜落させてしまい、シミュレーターの操作を担当していたアメリカ空軍の下士官に冷やかされて困ったのだとか。
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オランダ空軍のF-16を視察するゼレンスキー大統領。オランダは19機の供与を決定した(画像:ウクライナ空軍)。
さて、ウクライナ空軍は、パイロットの両足の間に配置された操縦桿によって操縦されるSu-27戦闘機やMiG-29戦闘機などのロシア製戦闘機を運用しています。
これらで経験を積んだベテランパイロットであればあるほど、サイドスティックを使用して操縦するF-16に「慣れる」までには時間がかかると思いますし、操縦感覚がロシア製戦闘機に近いグリペンの方が、容易に機種転換ができるのではないかとも思えます。
グリペンをはじめとするサーブが開発してきた戦闘機は、他国の戦闘機に比べて整備が容易で、イギリスで2003年に出版された書籍には、F-16などの同世代(戦後第4世代)戦闘機に比べて、1飛行時間あたりに必要な整備要員の数は半分から3分の1程度で済むとの記述があります。
またグリペンは設計段階より、任務を終えて基地に帰還してから再出撃するまでの時間の短縮に重きが置かれており、同世代の戦闘機が帰還から再出撃までに2~3時間を要するのに対し、グリペンは10~20分程度で済むともされています。このため、より少ない機数で同等の作戦が行えると書かれた資料もあります。
これらの記述が事実が否かを判断する術を筆者は持ちませんが、事実であると仮定したら、グリペンは戦闘機の数だけでなく人的資源においてもロシア航空宇宙軍に劣るウクライナにとって、F-16よりも使いやすい戦闘機なのではないかと思われます。
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タイ王国博物館に展示されているJAS39C「グリペン」(竹内 修撮影)。
筆者は2016年、サーブの航空機部門の拠点が置かれているスウェーデンのリンシェーピンで、グリペンのシミュレーターのソフトウェア開発現場を取材したことがあります。この時筆者が目にしたディスプレイには、グリペンが精密誘導爆弾でロシアの揚陸艦と装甲車両を爆撃するシチュエーションのCGが映し出されていたことが印象に残っています。
スウェーデン政府が本当にウクライナにグリペンを供与するのかは未知数ですが、ロシア(ソ連)の侵攻からスウェーデンを守るために開発され、冷戦終結後もその能力に磨きをかけ続けているグリペンが、ウクライナにとって魅力的な存在であることは確かだと筆者は思います。