2024年4月から、物流業界の働き方改革が始まり、ドライバーの時間外労働が規制されることで、物流が停滞する「2024年問題」が懸念されている。迫る“物流の危機”はどうすれば乗り越えられるのか。
名古屋市港区の運送会社「信成(しんせい)」は、精密機械などをトラックで運ぶ、従業員65人の中小企業だ。
浅井陽介(28)さんは、数少ない若手のドライバー。高校卒業後、この会社で働き始めた。浅井陽介さん:「今日は鈴鹿サーキットの方まで。大学のソーラーカーを運ぶ仕事です」
この日は、愛知や三重を回り80キロほどの距離を走る仕事で、体力に自信のある浅井さんにとっては比較的「楽な勤務」だという。
月に3回ほどある“長距離輸送”では、車中泊をしながら2日がかりで運ぶこともあるが、ドライバーの仕事に魅力を感じている。浅井さん:「長距離に行けば行くほど、残業代が増えるのでいいかなと思って。(長距離輸送は)一番遠くて九州ですね。高速をつかって14時間ほど。大変ですね。(家族は)妻と子供2人で、10歳と5歳。『早く帰ってきてね』とは言われたりします」
「働いた分だけ稼げる」のがドライバーの仕事だが、いま物流業界は「2024年問題」に直面している。現在、ドライバーの時間外労働は上限規制がないが、労働基準法の改正で2024年4月からは“年960時間”となるため、様々な問題が起きるとされている。
2019年に施行された「働き方改革関連法」では、時間外労働の上限は1年で360時間、「三六協定」を締結している場合でも1年で720時間までだ。しかし、他の業種に比べて労働時間が2割ほど長いとされる物流業界は、あまりに実情とかけ離れていたため、5年間の「猶予」が与えられていた。
“働く人を守る”ための労働環境の改善が「問題」になる理由を信成の社長に聞いた。「信成」の成瀬茂喜社長:「現状のままの運賃ですと、ドライバーの給料(収入)が下がってきてしまう。会社としても売上が下がってしまう。自分は稼ぎたいという思いで業界に入る人がほとんどなんです。時間に制限されてしまって、長距離もなかなか出られなくなる、自然に稼げないのではないかという不安を抱えている」
単純な「時間外カット」となるこのままの状態では、長距離ドライバーの収入は月に数万円単位で減る可能性がある。荷主側に「運賃への転嫁」を理解してもらおうにも簡単ではなく、「思うように稼げない環境」が近づいている。2人の子を持つ浅井さんにとっても、2024問題は深刻な問題だ。月3万円のお小遣いで、長距離輸送中の食事代などをやりくりしている。
浅井さん:「仕事の量も減るので、月の給料に響きますね。(食事を)朝昼兼用にしたりとか。地元の方で家を、マイホームを購入しまして…。35年ローンです。一番は家族に迷惑かけたくないなっていうのと、生活を無理させたくないってのもあって」
物流業界の問題は他にもある。2023年5月の有効求人倍率は、トラックドライバーなどの「自動車運転の職業」は2.43倍で、全職業平均の1.10倍と比べて2倍以上の水準だ。2024問題で「思うように稼げない環境」となれば、人手不足がさらに加速する恐れがある。
政府は、このままの状態が続けば、2030年には日本の輸送能力が約34%不足し、年間9億トン相当の荷物が運べなくなると推計している。コロナ禍もあり、ネットショッピングが拡大して取扱数が右肩上がりに伸びた宅配便の配達にも、大きな影響が出る可能性がある。「物が届かなくなる」という現実が、遠くない未来まで迫っている。働くドライバーを守るための「規制強化」が、2024年問題として物流全体を悩ませている。
岐阜県に本部があり、スーパーや薬局など約1300店舗を展開する「バローホールディングス」は、「荷主側」としての対応に乗り出していた。
商品が集まる物流センターには、次々と荷物が運び込まれてくる。多くのトラックが集まるこの場所で、ドライバーが、荷下ろしをする時間を“予約”できるシステムを導入した。物流センターの担当者:「青色は『未着車』と書いてありますけど、まだ受付前。ドライバーが来て受付をすると緑色の『着車』に。順番に色を変えて、今何をしているかをわかるようにしている。スケジュールは組みやすくなっています」
労働時間が制限されるドライバーにとって最も悩ましいのが、輸送先が対応できず時間をロスになる「長時間待機」だ。荷物を下ろそうにも、輸送先の担当者が忙しかったり、トラックを止める場所も限られていたりして、待機の時間が増えることが原因だ。
バローではこのシステムの導入で、1時間ほどになることもあった待機時間を20分程度にまで短縮できているという。配送に来たドライバー:「予約時間に降ろせるというのは、その分自分たちも段取りが組みやすくなるのでありがたいですね。自分で休憩時間も考えられますし、気持ちにも余裕ができますし、運転にも安全が第一なので」バローホールディングスの小池孝幸社長は、2024年問題の解決には「配送側」と「荷主側」の双方の“理解”と“効率化”の意識が求められると話す。
バローホールディングスの小池孝幸社長:「(配送側は)キツいけど、働いた分だけ稼げるというところでやってきている。一方で荷主側は、今あるサービス自体が当たり前になりすぎていて、過剰サービスってことを認識してない。荷主側も改善が必要だと思いますし、配送側も改善が必要。それをそれぞれでやるのではなくて、一緒にやるのが非常に大事」
35年ローンでマイホームを建てた、28歳のドライバー浅井さん。
鈴鹿サーキットから名古屋市昭和区の名古屋工業大学まで、部活動で使うソーラーカーを運んだが、受け取りの相手がまだ到着していなかった。
15分待ったところで、受け取り先の学生たちがやってきた。
「長時間の待機」とはならず、大切な荷物を無事届けることができた。学生:「すいません遅くなりまして…」浅井さん:「いえいえ大丈夫です。またお願いします」
Q待たされることはよくありますか?浅井さん:「あります。待機も仕事だと思うので。2時間待ったりとか。交通状況もあったり、先方の都合があわなくなったり」目まぐるしい物流で荷物を届けるのは、力も時間も限りがある「人」だ。物流を悩ます2024年問題の解消には、社会全体でその意識を持つことも求められている。ジャーナリストの大谷昭宏さんは、荷物の「送り手」「ドライバー」「受け手」の3者が工夫する必要があると話す。工夫の一つとして挙げたのが、従来のように1人のドライバーが全距離を往復するのではなく、中継地点で別のドライバーに受け渡す「リレー輸送」にすることで、長時間運転や日程にも余裕ができるのではないかとしている。
また、経済産業省が実証実験を行った複数のトラックの先頭をドライバーが運転し、後続車を自動運転にする方法にも触れ、ドライバー不足対策の1つとした。
そして、受け取り側も宅配ボックスの利用や受け取る時間を事前に調整するなどして、3者が力を合わせて工夫する必要があると指摘している。