ナゾ求人「F-16戦闘機の経験者/勤務地ルーマニア」民間企業がなぜ? まもなく実現「国際F-16学校」構想とは

ルーマニアにF-16戦闘機のための訓練施設が開設されます。ここの運営に民間軍事会社がかかわるそうです。しかも機体はオランダ空軍が放出した中古機だとか。そのような形をとるのは、どうもウクライナが大きく関わっているからのようです。
最近、アメリカの民間企業「ドラケン・インターナショナル」が非常にユニークな求人を出しました。それは、世界中の空軍で運用されているF-16「ファイティングファルコン」戦闘機に関連して、その「教官パイロット」「整備員」「飛行隊管理マネージャー」などを民間雇用という形で募集している件です。
F-16は軍隊で運用される戦闘機であり、本来であれば民間企業ではなく、軍隊に所属する兵士らによって運用されるべきものです。それが、なぜ民間企業によって募集されているのでしょうか。
ナゾ求人「F-16戦闘機の経験者/勤務地ルーマニア」民間企業…の画像はこちら >>「ドラケン・インターナショナル」のA-4「スカイホーク」。複座型のTA-4Kで、機首にはニュージーランド空軍がアップグレードでレーダーを後に追加したモデル(布留川 司撮影)。
ドラケン・インターナショナルは、民間企業でありながら戦闘機を100機以上も保有している民間軍事会社であり、軍の戦闘機を使った訓練において、敵役としてそれらの機体を飛ばすことを業務にしています。空軍や航空自衛隊では、訓練で敵役を演じる機体や部隊のことはアグレッサー(英語で「侵略側」という意味)と呼称され、「ドラケン・インターナショナル」のような企業は民間アグレッサー会社などとも呼ばれています。
民間企業でありながらも、戦闘機を運用することが日常業務であるこの会社。現在は、アメリカ製A-4「スカイホーク」軽攻撃機、チェコ製L-159軽戦闘機、フランス製ミラージュF1戦闘機などを保有しています。これらに加えて、最近ではヨーロッパ各国の空軍で退役予定のF-16「ファイティングファルコン」の導入も進めています。
今回のF-16関連の人材募集も、自社で今後運用されるF-16のためのモノかと思われましたが、求人の詳細を見ていくとちょっと事情が違うようです。その背景には、もっと多くの国々が関わり、その中には、いま世界で最もF-16を欲している“あの国” も含まれているようです。
ドラケン・インターナショナルが出した求人の詳細を見ていくと、その勤務地は会社のあるアメリカではなく、なんと中欧のルーマニアとなっています。より具体的には同国南部のカラシシ県にあるルーマニア空軍第86空軍基地のF-16訓練センターとあります。
このルーマニア空軍第86空軍基地は、1950年代の東西冷戦期には旧ソ連製の戦闘機を運用拠点となっていましたが、2000年代以降はNATO(北大西洋条約機構)諸国との連携を強めていき、現在はアメリカ製戦闘機のF-16が同基地に配備されています。
ルーマニア空軍のF-16の配備計画は現在進行中の状態で、2021年までにポルトガル空軍が運用していた17機のF-16が引き渡され、2023年からは追加でノルウェーから購入した32機のF-16の納入も始まります。機体の配備と平行して、それを操縦するパイロットの訓練と育成も急務であり、ドラケン・インターナショナルの求人に記載されている訓練センターはそのために設立される形です。
ただ、この訓練センターはルーマニア空軍単独で運用されるものではなく、その運営にはNATO諸国も大きく関わります。施設と場所はルーマニアが提供しますが、訓練に使うF-16はオランダ空軍が提供し(求人情報に元オランダ空軍のF-16と記載)、人材はドラケン・インターナショナルが派遣。単独の訓練基地ではなく、NATOとそのパートナー国パイロットの訓練も受け入れ、ヨーロッパ全体の訓練拠点として整備されるといいます。
しかも、そのパートナー国には、ウクライナ空軍も含まれるそうです。
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民間軍事会社ドラケン・インターナショナルが出した求人情報。ルーマニアに勤務するF-16教官パイロットについて書かれている(画像:ドラケン・インターナショナル)。
2022年2月以降、国土の東側がロシアによって侵略されているウクライナは、自国で運用する旧式の旧ソ連(ロシア)製戦闘機よりも高性能なアメリカ製F-16戦闘機の供与を求めていました。7月にリトアニアで開催されたNATO首脳会議では、イギリス、ルーマニア、オランダ、ノルウェーなど11か国が、その支援のためにパイロットと支援要員の訓練を提供する協定をウクライナと締結しています。そして、8月にはオランダとデンマークが機体の供与を正式発表し、さらにデンマークではパイロットと整備員が訓練のために入国しているといいます。
ルーマニアのメディアによれば、NATOによるウクライナへのF-16支援の一環として、新しく作られる第86空軍基地のF-16訓練センターでも、同空軍のパイロットの訓練を受け入れる予定があるとのこと。
実際、F-16訓練センターはまだ稼働しておらず、ドラケン・インターナショナルの求人にも「2023年9月頃から始まり、19か月契約期間」と書かれています。他のNATO諸国のF-16支援と同様に、訓練センターもこれから活動が始まっていく創設段階といえるでしょう。
しかし、訓練を行う人材を民間企業が提供しても大丈夫なのでしょうか。そもそも最新の技術は、実際に運用している各国の空軍将兵が行う方がベストのようにも思えます。
まだ稼働していないため、F-16訓練センターでどのような訓練が行われるかは不明ですが、ドラケン・インターナショナルの求人を見る限り、そこで求められる水準は現役の隊員とそれほど変わらないようです。
教官パイロットの応募資格を見ると「現在有効なF-16の操縦資格を保有」、「F-16での2000時間以上の飛行時間」、「500時間以上のF-16での教官としての飛行時間」とあります。これは実質的に、つい最近までF-16を操縦していたパイロットでしか応募できない内容といえるでしょう。
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デンマークの空軍基地でF-16戦闘機に座るウクライナのゼレンスキー大統領(左)と、デンマークのフレデリクセン首相(右)。デンマークはウクライナへのF-16戦闘機の供与だけでなく、パイロットと支援要員の訓練も行うことを決めた(ゼレンスキー大統領のSNSより)。
実際、ドラケン・インターナショナルで働くパイロットは退役間もない元軍人パイロットか、予備役として継続して軍務に着く現役パイロットばかりです。筆者もアメリカ本国のドラケン・インターナショナルを何度か取材したことがありますが、そこで働くパイロットはF-15やF-16といった現役戦闘機はもちろん、F-35やF-22といった第五世代戦闘機の操縦経験者が業務を担っていました。
同社が運用している戦闘機は、A-4「スカイホーク」や「ミラージュF1」といった現役から退いた旧型機が中心です。しかし、それを操縦するのは、現代の空中戦に精通した現役のパイロットばかりなのです。
今回、ルーマニアに作られるF-16訓練センターは、NATO諸国と民間企業が関わる特異な組織となります。しかし、ロシア侵攻や中国の軍拡によって注目を集めるようになった多国間での防衛協力体制を象徴する試みともいえるでしょう。ウクライナへのF-16支援は連日ニュースで話題となっていますが、提供される兵器だけでなく、その支援の内容についても注目すべきなのかもしれません。