アルツハイマー病の新薬レカネマブが承認… しかし「介護の社会化」を忘れてはならない

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8月21日、厚生労働省の専門部会は、日本の「エーザイ」とアメリカの「バイオジェン」が共同で開発したアルツハイマー病の治療薬「レカネマブ」を承認した。この新薬は、アルツハイマー病の患者の脳に貯まる「アミロイドβ」という異常なタンパク質を除去することによって、症状の進行を抑制する効果がある。病気の原因物質に直接作用する薬は、日本では初めてである。大きな第一歩だ。
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もう30年近く前になるが、北九州市に住む高齢の私の母が認知症となり、7年間にわたって東京と九州を介護のために往復する日々が続いた。物忘れだけではなく、徘徊したり、妄想を抱いたり、認知症の症状に家族は落胆する。私も、母を老人健康施設に入居させるのに手間取ったり、介護の人手を確保できなかったりと多くの困難を体験した。
介護についての本を出版したり、テレビやラジオで発信したりしたが、介護をめぐる日本の状況に大きな変化がなく、そこで、自ら政治の場に出ていったのである。国会議員となり、また厚労大臣となって、介護の問題に本格的に取り組んだ。
病気と言えば、治療薬が必要であるが、効果的な治療薬が見つからなかったことが認知症の大きな問題であったが、今回、それが出現したのである。それだけに感慨深いものがある。
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「レカネマブ」にはいくつかの問題点がある。
第1は、認知症の中でもアルツハイマー病のみに効果があるということである。認知症には脳血管性のものなど、様々な種類がある。
第2は、アルツハイマー病でも、初期の軽症段階には有効であるが、症状が進行してしまうと効果がない点である。
第3は、対象となる患者を見つけ出すための検査が大がかりで、それが可能な医療機関は都市部に集中している。また、腰に針をさして検体を採取するため、患者の身体への負担も大きい。さらに検査には保険が適用されないために、費用も高くなる。
第4に、「レカネマブ」は価格が高いことである。一人あたり、年間385万円である。公的医療保険の対象になるが、薬価については、承認から原則60日以内、遅くとも90日以内に、中医協が結論を出す。
私が厚労大臣のときに、アメリカの製薬会社から、薬価を公的に決めるのは止めてくれないかという苦情が何度も寄せられた。それは、新薬の開発には莫大な費用がかかっており、それに見合った価格を設置する必要があるのだというのであった。
新薬の開発は喜ばしいことであるが、それだけで問題が解決するわけではない。介護を経験すると、それが患者本人のみならず、家族にも大きな負担になることが理解できる。
2000年4月には介護保険も導入され、介護をめぐる問題の多くが解決されている。今では600万人以上の人が介護保険を利用している。導入当時は様々な問題があり、批判もされたが、私は厚労大臣として改善に努めてきた。
導入に尽力した故橋本龍太郎元総理と、「介護保険を導入して良かった」とよく述懐したものである。介護保険が導入される前は、母の介護に、私は毎月約30万円の出費を迫られていた。母は、介護保険導入直前に死去したが、介護保険があれば、自己負担は1割の3万円で済む。
今では、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムが各地で構築されている。
介護のために家族が犠牲になってはならない。介護は、介護保険などを動員して社会全体で取り組むことが不可欠である。これが、「介護の社会化」ということである。自分や家族にとって、いつ介護が必要になるかは分からない。
介護保険が生まれる前は、家族の負担が、経済的にも、心身的にも重く、ひどい場合には家族崩壊ということにもなった。昔の日本で、「姥捨て山」というシステムで高齢者を長生きさせないようにしたこともある。
そのような愚を避けるためには、家族が介護で疲れないことが必要である。介護で疲れると、肉親の要介護者に対して厳しい言葉を浴びせかけることすらある。介護保険の活用で家族を「介護地獄」から解放できるようになった。しかし、まだ不十分な面もある。
そこで、「介護はプロに任せましょう。家族は愛情を!」というスローガンを皆で共有しなければならない。

Sirabeeでは、風雲急を告げる国際政治や紛争などのリアルや展望について、元厚生労働大臣・前東京都知事で政治学者の舛添要一(ますぞえよういち)さんが解説する連載コラム【国際政治の表と裏】を毎週公開しています。
今週は、「認知症の新薬」をテーマにお届けしました。