安倍晋三元首相の死去以降、体制が固まっていなかった自民党の最大派閥・安倍派は8月31日に開いた総会で、新体制を決めた。ベテランの塩谷立氏を座長とし、閣僚経験者を加えた計15人を常任幹事会のメンバーとする、というものだ。安倍派に強い影響力をもつ森喜朗元首相が嫌う下村博文・元政調会長はメンバーから外れ、森氏の意向が強く反映された形となった。
「これから本当に正念場。最大派閥として結束を固め、安倍総理がまいた政策の種を花を咲かせる」31日の総会後、新しく座長に就任した塩谷氏は記者団の取材に対し、淡々と答えた。
座長に就任した塩谷氏(本人Facebookより)
その言葉通り、安倍氏の突然の死去以降、1年以上決まっていなかった体制がようやく固まった形だが、この最大派閥を待ち受けるのは、一気に瓦解する可能性もある100人規模の集団をまとめていくという正念場だ。全国紙政治部記者は「派閥の名称は引き続き安倍派を名乗ることになりましたが、これまでも、これからも、事実上の『森派』と言えるのではないでしょうか」と解説する。「森氏は北國新聞の連載『総理が語る』で、下村氏が森氏に『何とか私を会長に』と土下座し、『帰ってくれ』と追い返したことを暴露しました(※下村氏は『AERA』のインタビューで土下座を否定)。塩谷氏の座長就任が固まった直後も北國新聞の取材に『ようやく石段を一つ上がった。下村さんを外したという大きな一段だ』と発言し、党内からは『さすがに下村さんがかわいそう』と、もはや同情の声も出ています」(全国紙政治部記者)森氏は、自身が大会組織委員会会長を務めていた東京オリンピック・パラリンピックの準備をめぐって、新国立競技場の建設見直しなどで自身の顔をつぶした形となった、当時の文科相・下村氏を嫌い、常任幹事会メンバーから外すよう求めていた。そのため、今回の人選は森氏の意向をくんだものと言える。
土下座を暴露された下村氏(本人Facebookより)
松野博一官房長官、西村康稔経済産業相、萩生田光一政調会長、高木毅国対委員長、世耕弘成参院幹事長の5人衆にとっても、「人望がないのに、すぐ目立とうとする。当選回数が多くても兄貴だとは思えない」(安倍派議員)と目される下村氏を外す思惑は、森氏と一致していた。それだけに、世代交代を狙う5人衆はこれまで森氏と頻繁に面会。森氏の意向を笠に着て、5人による集団指導体制をめざしたが、あまりの森氏の介入に5人衆の一人は「森さんからはしょっちゅう連絡がくる。それだけ気にかけてくれているんだろうが、森さんと二人きりで話したことを、外でペラペラとしゃべるんだよ」とうんざりした表情を見せた。
そもそも、今回決まった塩谷「座長」案は、森氏が提唱したものだった。安倍氏が亡くなって3か月近くたった昨年10月上旬には、塩谷「会長」案でまとまりかけていたところ、若手・中堅を中心に、小選挙区で敗北している塩谷氏の会長就任に反発が出た。その動きを察知すると森氏は、塩谷氏と5人衆がホテルで会談をしていたところに「近くにいたので」と突然現れ、塩谷「座長」案を提示。そのうえで西村、萩生田、世耕の3氏を派閥の中心に置くことを提案したのだ。「誰かが、我々6人の会談の時間と場所を森氏に伝え、森氏はその議員にもプラスに働くような提案をしたんだろう」(5人衆の一人)
森喜朗氏(共同通信社)
互いへのそんな疑心暗鬼は、常に5人衆の中にある。8月31日発売の「週刊文春」が、5人衆の度重なる会合の様子を詳細に報道すると、5人衆の一人は「料亭の名前や会合で話したことまで、誰がこんなにペラペラしゃべってるんだ」と不快感をあらわにした。「5人衆はいずれも、安倍氏の後を継いで今、派閥の会長になるほどのリーダーシップや資金力がないことをそれぞれ理解しています。互いが森氏の力をいかに利用するか、誰が抜け駆けするのかと、神経をとがらせて牽制し合っている状況で、結果として森氏が強く影響力を行使できる余地が生じています」(全国紙政治部記者)森氏の影響力は、安倍派内にとどまらず、政権全体にも及ぶ。「森氏は内閣改造直前の昨年8月に首相と会食した際、5人衆の起用を求めたことを北國新聞のインタビューで明かしました。実際に、松野氏は官房長官、西村氏は経済産業相、萩生田氏は政調会長などと、5人衆はいずれも重役につきました」(全国紙政治部記者)森氏は今年8月23日にも、岸田首相らとフランス料理店で食事をした。9月にも予定されている内閣改造・党役員人事に向けた要望も伝えたとみられる。「岸田首相にとって一番大事なのは、来年秋の総裁選で再選すること。そのために最大派閥の安倍派には、対抗馬を出さずに味方でいてもらわないといけません。森氏が力を握り、首相への野心がある西村氏や萩生田氏が派閥トップにならない状況は、首相にとっても都合がいい。引き続き首相は森氏の意向もくみ取りながら、政権運営にあたるでしょう」(同)
故・安部晋三氏(安部氏Facebookより)
ただ党内からは、安倍派の新会長が決まらなかったことで不安の声も漏れる。自民党関係者は「いくら森氏の影響力が強くても、官邸側との窓口として交渉にあたる塩谷さんには派閥を引っ張る力がなく、安倍派に割り当てられるポストを十分獲得できるかもわからない。安倍さんのような圧倒的な存在もなく、とっくのとうに引退した森氏にかき乱されるだけの派閥には、下村氏も残る意味はありません。そのうち瓦解してしまうのでは。そうすると、自民党全体のパワーバランスが崩れます」と懸念する。新体制で、安倍氏がまいた「政策の種」は花を咲かせるのか、それとも新たな「火種」がくすぶってしまうのか……。※「集英社オンライン」では、永田町にまつわる事件・トラブルについて取材をしており、情報を募集しています。下記のメールアドレスかTwitterまで情報をお寄せ下さい。メールアドレス:[email protected]X(Twitter)@shuon_news取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班