「プロポーズのとき、ペアは決まっていなかった」奇跡のW双子夫婦が初告白

【前編】W双子夫婦仕事も家も4人で50年!夫婦2組の「生涯いっしょの誓い」から続く
「おはよう! 今日もおんなじね」
幾何学模様のブラウスをまとった喜久子さんが、同じ装いの美智子さんに声をかける。2人はそのまま、合わせ鏡のように並んで朝食の支度に入る。一方が数種類の野菜を手早く洗い、もう一方はフライパンをコンロにかけて、火を点ける。数分後、忠義さんと孝晴さんが、同じジャージスタイルで下りてくる。まず2人はそろって洗濯機を回し、その後、台所へ急ぐ。孝晴さんが、自家製のらっきょうや漬け物などをテーブルに並べ始めると、忠義さんは冷蔵庫から豆乳を出して温め、手早くコップに注ぐ。
まったく無駄のない動きだが、
「仕事だけじゃなく、家事もすべて役割分担なの。1日のパターンはすっかり決まっているんです」
と忠義さんが言う。
ここは名古屋市北区にある「ソーイング・ブラザー」。
一卵性双生児である忠義さんと孝晴さんが54年前、2人で設立した縫製工場だ。
孝晴さんの妻・喜久子さん(74)と忠義さんの妻・美智子さんも一卵性の双子なのだ。
ここは双子の兄弟と姉妹同士で結婚して以来、今年で50年、夫婦2組が同居生活を送りながら営む工場兼自宅なのだ。
’72年2月お見合いをしたとき、兄弟は姉妹に一目惚れ。姉妹も「この人たちなら」と気に入っていたものの、実はこのとき、ペアはまだ決まっていなかった。そこで、美智子さんが「組み合わせはどうなるんでしょう?」と切り出すと、忠義さんはこう答えた。

「上は上、下は下がややこしくなくていいのでは」ときっぱり。
一拍置いて、姉妹はうなずいた。
「よろしくお願いします!」
約2カ月後の4月18日、2組の夫婦は一緒に結婚式を挙げた。
実は彼らは財布も兄弟・姉妹で1つずつ。お風呂も兄弟・姉妹の組み合わせで入る。さらに携帯は4人で1台。家計簿も1冊で、買い物をしてきた人がそのつど記入するというシンプルルールだそう。
「各自のお小遣いやへそくりはなし。主人たちはお酒やたばこといった嗜好品はやらないし、私も喜久ちゃんもそれで不便はないしね」
4人にとっての趣味といえば姉の住む岐阜県垂井町に所有する120坪ほどの土地で営む自家農園だ。姉妹は朝4時に起床し、車を飛ばして畑に向かう日もある。独身時代「農業をやりたい」という夢を持っていた美智子さんが仕切る。
「何を栽培するかは私が決めています。野菜はほとんど買いません」
と言うと、忠義さんと孝晴さんが声をそろえて言う。
「われわれは小作人として手伝うだけ。“婦唱夫随”ですよ」
とまた4人は大笑い。収穫した野菜は朝食時、おのおのの器に山盛りに盛られている。子供たちの家庭にも届ける。
野菜と並行して夫婦2組の健康を支えているのがマラソンだ。
姉妹の故郷で開催される「いびがわマラソン」へは、兄弟で32回連続出場を果たしている。
きっかけは兄弟の体の不調だった。
「結婚して1年くらいのころ、主人たちが2人同時に、つわりみたいな嘔吐の症状に見舞われたの。おかしいと思い検査をしたら、2人ともまったく同じ箇所に十二指腸潰瘍ができていて。主治医の先生からは、『座り仕事が原因なので、運動をしてみては』と勧められました。ウオーキングから始まり、高じて距離が徐々に長くなっていったんです」と喜久子さん。

夫たちから刺激を受けた姉妹もハーフマラソンの大会にときどき参加した。美智子さんは、
「揖斐川は、同じ岐阜出身の高橋尚子さんが『双子ちゃんお帰り』ってゴールで出迎えてくれたこともあって思い出深いね」
エントリーするたびに、親戚や友人たちが応援にかけつけてくれる。この3年はコロナで開催中止となっているが、復活したら必ず参加したいと思っている。
■きんさんぎんさんではないけれど、仕事はやれるまでやろう!と4人は破顔して
コロナ禍では一時期仕事の受注が激減し、廃業も脳裏をよぎったというが、その後V字回復。もっと深刻に家業を畳むべきかと思い詰めたのは’00年の東海豪雨だった。再び縫製工場で話を聞いた。
忠義さんが腰のあたりを示して
「もうここまで水位が上がってきて、ほとんどの商売道具とミシンはやられてしまって。高額なミシンだけ息子たちが機転を利かせて高い位置に移動させたけど、もうがっくりしてしまってね」
そんなときは子供たちの励ましも背中を押した。
「お父さんたち、お母さんたちが4人で守ってきた工場。これからも続けて、って」
何よりも“4人で一家”の象徴であるこの縫製工場を投げ出すわけにはいかなかった。
「やめなくてよかったね。仕事はいまや脳トレにもなってるしね」
喜久子さんが明るい声を出すと、
「指先を使うからね」
孝晴さんがうなずく。
食と運動が充実しているから、このまま100歳を目指せますね、と記者が声をかけると、

「きんさんぎんさんじゃないけれど、それはどうかな」と忠義さん。
「それは無理でしょう」と孝晴さんがつぶやく。
あとの3人が破顔する。
「仕事はやれるまでやろう!」
■夫婦を変える必要はない。この組み合わせこそ正解だった、と笑いが絶えない深見さん一家
「お待たせしました『そばとん』2人前、『かけエビフライ』を2人前ですね」
ここは深見家から車で15分ほどの国道沿いにあるファミリーレストラン。ここでも示し合わせたわけではないのだが、兄弟・姉妹に同じメニューが運ばれてくる。
「やはりシンクロですね」
カメラマンが声を掛け、レンズを向けると、4人そろってほほ笑む。
実にシンメトリーなのだが、それにしてもこのボリューム!
「われわれは麺が好きで、どうしても大盛りを頼んでしまうなぁ」
兄弟は、2人前あるメニューをこれまたほぼ同じ速さで平らげてしまう。
帰宅するや、
「運動しなきゃね」
と誰かが言い、着替える。言うまでもなく兄弟・姉妹おそろいのウエアで颯爽と登場してくれた。
寒波が近づく直前の日曜日。暖かな強い日差しが反射し川面がキラキラ輝くなか堤防沿いの道を4人は並んで歩く。通り過ぎる人たちがほぼ確実に驚いて振り返る。そんな表情には4人は慣れっこだ。
「ここから庄内緑地公園あたりまで普通に歩いていっちゃうこともあるの。いつの間にか着いてる」
喜久子さんがこともなげに言うが、地図を見ると5kmほど先だ。
「誰かが必ずしゃべっているから話題が途切れることがないの」と柔らかな笑顔を見せる忠義さん。

さきほど取ったカロリーを寝るまでに消費しようとばかりに、夜半、入浴前には夫婦ペアのダブルスで卓球が繰り広げられた。
かつての子供部屋がいまは卓球ルームとなっている。本格的な卓球台が設置され、忠義さん・美智子さんと孝晴さん・喜久子さんがペアになり、軽快なラリー音が響いている。
ふと思いついて、「ダブルスのペアを変えようと思ったことはないのですか」と問うてみる。喜久子さんが答える。
「みっちゃんは左利き。あとの3人は右利きだから、腕がぶつかっちゃうのね。でもたーちゃん(忠義)は、みっちゃんとぶつからないようにうまくカバーして打ってるから、やはりこのペア同士なのよ」
「必要に迫られて組んだ」(忠義さん)ペア=夫婦ではあったが、この笑いの絶えなさ。結果として、この組み合わせが正解だったという証しに違いない。