照明塔とバックスクリーンのない「完成予想図」に、音出し応援も制限。新神宮球場は本当にプロ野球の興行を行えるのか?

サザンオールスターズが懸念を訴えた新曲を発表するなど、反対の声が高まっている東京・明治神宮外苑の再開発事業。なかでも2031年に完成予定の新神宮球場は、8月に事業者が新たに公開したウェブ回答によって“怪しい”設計が明らかになっている。前編に続き、この問題を継続的に取材してきたジャーナリストの犬飼淳氏が、東京都への開示請求で入手した文書を交えながら、野球ファンが被る不利益を指摘する。
前編では新神宮球場の設計にあたり、60年前の王貞治のホームランで弾道シミュレーションをしていたことや、新たに建設される高層ビルから生まれるビル風を考慮していない可能性について報じた。これだけでも、そのデタラメぶりが気になるが、さらに驚くのは事業者が公開したパース図(建築物の完成予想を立体的に表現した図)だ。ここにはなんとプロ野球の興行に必要な照明塔とバックスクリーンが存在しないのだ。言うまでもなく球場の広範囲を照らす照明塔はナイター(夜の試合)を行うプロ野球には必要不可欠。また、バックスクリーンも打者・捕手・球審が投球を視認しやすくするため、本塁反対方向の外野に単色の壁で設置することになっている。
なぜか照明塔とバックスクリーンのない新神宮球場の完成予想図出典:開示文書 公園まちづくり計画提案書(2020年2月18日提出)「A-10地区_公園まちづくり用企画提案素案」P44
はたして、これは設計漏れなのか? 市民たちがプロジェクトサイトで質問した結果、事業者からは以下の回答が得られた。
-【質問】・照明塔はどうなりますか。照明塔をつけることで計画図も変わります。ナイターの計画はないのでしょうか?・バックスクリーンはどこでしょうか。つけなければいけないものですが、つけることでかなり外観が変わります。・計画図とはいえウェブサイトに載っているパースのように疑問を持たれるようなものを出す事は野球関係者には信じがたいことなのですが、きちんとした検討はされているのでしょうか【回答】照明塔については景観に配慮し、上部に照明設備、下部に大型ビジョンを一体化したものとすることで大型の工作物の数を抑えた計画を検討しております。バックスクリーンについては適切なプレイ環境を確保するうえで必要な高さを前提に検討してまいります。なお、現在プロジェクトサイトで公開しているパースはあくまで完成イメージですので、今後の詳細な設計により変更となる場合があります。出典:プロジェクトサイト回答(2023年8月7日公表分)No14「照明塔・バックスクリーン」
照明塔とバックスクリーンについて、事業者はいずれも設置を「検討」していると回答。また、パース図はあくまで「完成イメージ」のため「変更となる場合があります」としているが、これでは野球場の知識が無い者が設計しているか、「あとで変更する」という言い分で実際よりも見栄えの良いパース図を作成したと判断されても仕方がない。実際、市民からの「計画図とはいえウェブサイトに載っているパースのように疑問を持たれるものを出す事は野球関係者には信じがたい。きちんとした検討はされているのでしょうか」という指摘には、まったくのゼロ回答だ。やましいことがなければ回答すればいいだけなので、この市民の指摘通り「きちんと検討していない」のではないか。*ちなみに事業者は他のパース図でも正確な情報を市民に知らせないためのトリックを駆使している。詳細は筆者のtheLetter「神宮外苑パース図が3つの詐術で隠した不都合な実像」(2023年7月19日)参照
さらに、新しい神宮野球場では応援が現在より厳しく制限されることが決定的となっている。というのも、実は付近の都営住宅への騒音は移転前の現在でも環境基準55dbを超過している上、移転後は神宮野球場と都営住宅の距離が80m近づく(現在:160m→再開発後:80m)ため、周辺住宅への騒音問題の悪化がかねて懸念されていた。
(写真/shutterstock)
この問題を市民がプロジェクトサイトで質問した結果、事業者からは以下の回答が得られた。
-【質問】・新しい神宮球場は北青山の住宅地域に近づくため、騒音(とくに夜間)がこれまで以上に大きくなるのではないかと危惧しております。 防音対策について教えてください。【回答】新球場から最も近い近傍住宅の騒音は、地上1.2mでは環境基準の55dbを満たしておりますが、神宮球場のスタンド高さ(約11 m)における予測結果は、現在のプロ野球開催時に比べ、4dBほど増加し、62dBとなる予測結果が出ております。この値は、東京ヤクルトスワローズの試合の際に球場の最上段で計測した値(83dB)から距離に応じた減衰を加味して求めております。現在の神宮球場でも、運用面で主催者に自主規制のルールを設け、音を出せる時間、音源の数・種類を制限し、球場最上段でのdB 数の上限を規定するなど、対策を施し興行を開催しておりますが、新球場でも状況に応じて同様の自主規制ルールを設け、環境保全措置に努めてまいります。また、イベントの事前周知も徹底してまいります。出典:プロジェクトサイト回答(2023年8月7日公表分)No11「音」
新球場が住宅と近づくことで騒音が悪化する事実は、さすがに事業者も素直に回答で認めている。ちなみに事業者は地上1.2mでは環境基準を満たしていると言い訳しているが、例えば付近の都営住宅である北青山一丁目アパートは9階建てのため、騒音が悪化する例として挙がった約11mを超える高さに住む住民は多数いることになる。そして特筆すべきは、その対策として現在も行っている自主規制ルール(音出し可能な時間、音源の数・種類の制限、球場最上段のdb上限の規定等)を挙げている点だ。事業者は移転後の騒音悪化を認めているため、新しい神宮野球場では音出し応援が現在より厳しく規制される可能性が高い。このままでは、新神宮野球場はプロ野球ファン・大学野球ファンの観戦環境が悪化する可能性が高いように思える。強烈なビル風や、現実的でないパース図を見るに、そもそもプロ野球の興行をスムーズに行えるのかどうかも疑わしいと思わざるを得ない。取材・文/犬飼淳