地熱を活かし全国から注目…「発電には蒸気を 地元には温泉を」奥飛騨温泉郷が切り開く“無限大の可能性”

岐阜県高山市の奥飛騨温泉郷(おくひだおんせんごう)は新型コロナで大打撃を受けたが、地元のシンボルともいえる”温泉”を活用し、これまでのイメージをガラリと変えるような取り組みが進んでいる。
2023年5月14日、岐阜県高山市で、広さ1000平方メートルの農業用ハウスを訪れた。
実っていたのは、ドラゴンフルーツだ。
このころ収穫されていたのは「イエロー」という品種。
ナベシマ・グループの桜井直樹さん:「基本的には南米原産なので(栽培に向くのは)暖かいところ。『できるはずがない』とあっさりと言われました」
「作れない」と否定された理由はこのハウスの立地だ。奥飛騨温泉郷では取材の2日前、最低気温が氷点下にもなっていた。
さらに、水槽で「ウナギ」の養殖もしていた。
約8年前から養殖を始めていて、地元のホテルでもせいろ蒸しなどで提供されている。
30℃近い水温が必要といわれるウナギの養殖だが…。
奥飛騨ガーデンホテル焼岳の石田清一会長:「だいたいこういうのは(出荷まで)2年以上かかるんですけど、早かったら半年でこれくらいになるもんですから。いかに温泉水がいいものかっていうことが、これで実証されていますよね」
カギを握るのが「温泉」だ。
シンボルともいえる豊富な資源を活用することで、ウナギは冬眠しなくなり成長が加速。ドラゴンフルーツも温泉を使った床暖房で、氷点下になる真冬でも栽培できるようになった。石田会長:「こんな雪深い奥飛騨で、ウナギが育つなんてありえないんですよ。地熱利用ができるようになると、ウナギを大きくして、それこそ奥飛騨がウナギの生産地日本一になるんじゃないですか」老舗旅館が倒産するなど、観光地として奥飛騨温泉郷は新型コロナで大打撃を受けた。
いま、これまでとは違うかたちで、「温泉」が全国的に注目されている。
Q.湯気が出ていますけど、あそこが?シーエナジーの西村和哉さん:「あれが地下から噴出している蒸気ですね」
2022年12月から稼働している、中尾地熱発電所。
シーエナジーの西村和哉さん:「これが気水分離器といいまして、井戸から出てきた蒸気と熱水をこの設備で分離して蒸気と熱水に分ける、そういった装置になります」地熱発電とは、地下深くにある蒸気や熱水を使った発電方法だ。一般的な“フラッシュ方式”は、高圧の蒸気のみでタービンを回転させている。
中尾地熱発電所では、中部地区で初めて、くみ上げた熱水から発生させた低圧の蒸気も使う“ダブル・フラッシュ方式”をとり、発電量は20%上昇した。
この地域の世帯数の100倍にあたる、約4000世帯分の電力を発電できる。
しかし、発電所の完成までの道のりは苦難の連続だった。西村さん:「2本の井戸を掘ったんですけど、なかなか思った蒸気量が確保できないっていう。自然の井戸のトラブルとか、そういったものとの遭遇ですね、それで対処してまた復帰させてっていう。それを何度も何度も繰り返して、本当に苦労の連続。それで10年という月日がかかった」
いざ掘削してみないとわからないのが“温泉”。10年かかっても完成にこぎつけた背景には、地域住民の後押しがあった。西村さん:「自分たちの温泉に影響があったとして、もともと築き上げた地熱発電と温泉文化の共存共栄、そういった形で進んでいけば、湯量も確保できるし、自分たちの井戸に影響があったとしても賛同する、だからぜひやってほしいと、非常に力強い言葉をいただいて、それで前に進むことができた」
中尾温泉で、代々民宿などを営んできた内野政光(まさみつ)さん。
中尾温泉の内野政光さん:「ここ触ってみて、そりゃあったかい。これだけで熱が出るから面白い」敷物の下を通るパイプに流れるのは、温かい温泉だ。この地区の旅館や住宅などでは、温泉の熱を床暖房に活用してきた。
内野さん:「こういうことは(昔から)やっている、駐車場の融雪とか。火を使わないから、ずっと入れっぱなしにしておけるからいいんです。今日も部屋の中は暖かかったろ?」地熱発電所の開発では、掘削で湯量が減るなど「生活の一部」である温泉自体に影響が出るリスクも伴うが、メリットもある。内野さん:「自分たちで今まで井戸の管理をしていた手間が省けるということ。ものすごいメリットじゃないですか」温泉は井戸から旅館などへ供給されるが、温泉成分がすぐに固まってしまうため、年間約1000万円をかけて住民らで管理していた。
しかし、現在は蒸気を利用する発電所側がこれを負担していて、そのうえで発電に必要ない温泉自体を無償で地元に供給している。
発電には蒸気を、地元には温泉を。内野さん:「これからも地元と“共栄共存”っていうのをちゃんとやっていこうと。温泉郷にできたんですから、来たお客さんには見てもらって、ちゃんとした理解をしてもらえればいいかなと思います」
奥飛騨温泉郷では2017年以降、5つの地熱発電所が稼働していて、その発電量は合わせて5000世帯分にのぼっている。
地熱発電の先進事例として、5月7日には西村環境大臣も奥飛騨温泉郷に訪れた。
西村明宏環境大臣:「地熱というのは日本にとりまして非常に有望な資源でございます。世界有数の地熱発電の可能性を秘めているということで。奥飛騨は良い関係で、地域の皆さんも発電、お湯の恩恵を享受している。非常に良い先進事例としてサポートしてまいりたい」
火山大国で豊富な「地熱」に恵まれている日本だが、発電への活用は全国でわずか2.2%ほどといわれている。大臣が視察したのは2021年に完成した地熱発電所で、特に評価したのは地域住民と事業者の“共存共栄”だった。竹中工務店の加藤利崇さん:「我々の考える発電というのは、我々が乗り込んでいってやるのではなくて、地元がやるのを手伝うという形。お金や技術を供給しながら、地域自らやっていけるような形でやりたい」
奥飛騨宝温泉協同組合の田中君明理事長:「組合員も過疎や観光がコロナで厳しい時代に、ご支援をいただきながら組合運営をしていかないといけない。観光地として生き残る一つの方法でもあると思う」
温泉でうなぎを養殖している石田さんは、地熱発電の事業者とともに80億円をかけて現在、掘削の真っ最中だ。
石田さん:「だいたい2000メートル掘るんですけど、いま1500メートルくらいで、なんと240℃ある」2026年に発電所の完成を目指している。石田さん:「奥飛騨でも焼岳って山がありまして、その周りにたくさん地熱ができるところがあるもんですから、いろんなところで奥飛騨で地熱発電ができて、みなさんが裕福に暮らせればいい」石田さん:「これ(地熱資源の可能性)は無限大です」
奥飛騨温泉郷の新たな時代を切り開く起爆剤となるか。温泉の街が、温泉を活かして変わろうとしている。2023年5月26日放送