重度障害者として全国初の会社設立…前進続ける“寝たきり社長”の10年「働く事で自分の可能性と出会った」

重度の障害を持ち、寝たきりでありながらも会社を立ち上げた男性がいる。前回取材したときから10年が経ち、テクノロジーの進化やコロナ禍の影響で、働く現場にどんな変化があったのか。男性にとって働くことの意味は。
佐藤仙務(ひさむ 31)さんは12年前の2011年、重度の障害者としては全国で初めて会社を立ち上げた、自称「寝たきり社長」だ。
佐藤さんは筋肉が徐々に衰える難病「脊髄性筋委縮症」が先天的にある。
その影響で、右腕と両手の親指が1センチ動く程度だが、パソコンを駆使してホームページや名刺のデザイン、制作を請け負っていた。
2013年、佐藤さんは仕事について「障害者も健常者も仕事という面では同じ立場なので、そこはすごくフェアだなと感じました」「僕にとって働くということは、人生の幅を広げることかなと感じています」と語っていた。起業した当時のオフィスは、自宅の1部屋だった。
それから10年が経ち、オフィスはマンションの一室に移った。
変化は、それ以外にも起きていた。
佐藤さん:「(以前は)左手でマウスのクリックを行って、右手でマウスカーソルを動かしていたんです。病気の進行もあって、右手が動かなくなってというところが…」病気が進行し、動くのは左手の親指だけになっていた。
手がほとんど使えなくなり、今は目の動きでカーソルを動かしている。
佐藤さん:「前より楽ですし、早いですね。手でやっていたころのだいたい10倍から20倍は早い。自分の体のやれることは減っても、世の中のやれることは増えている。テクノロジーが発展すると、障害のある方の働ける場所やチャンスが増えてくるので、そこは感謝ですね」
新型コロナで、意外な“追い風”も吹いたという。佐藤さん:「コロナ前は僕が(リモートで)打ち合わせしましょうって言って、お客さんに『テレビ電話やりましょう』って言っても、『嫌です』って言われたりとか。『うちの会社に来てもらわないと仕事は出しませんよ』って言われるのが当たり前だったんです。ここ2~3年で逆転して、障害者持った人が働きやすい、健常者が働きづらいとなった。(健常者に)いろんなことが知ってもらえたし(コロナで)良かったこともあるのかなと」佐藤さんは苦しい出来事も、前向きに捉えて進んでいた。2016年には重篤な肺炎にかかったが、大きな転機になったという。
佐藤さん:「今は普通にしゃべっているんですけど、首に穴が開いてるんですよ。気管切開といって、切開してしゃべれている。当時入院して、首に穴を開けないと生命の保証はできませんよって言われて」
この日、佐藤さんは名古屋市名東区のサンドイッチ専門店「181(エイト・サンド)」を訪れていた。
佐藤さん:「今日は(売れ行きは)どうでしょうか?」
店のスタッフ:「ぼちぼち良いんじゃないでしょうか。そろそろイチゴが終盤になってくるので、ちょっと夏っぽい商品に変えていこうかなって思ってます」佐藤さん:「そうでうすね、夏…何がいいですかね」新鮮な果物を使ったフルーツサンドも展開する、2022年2月に佐藤さんが始めた新たな事業だ。
飲食業に参入した背景は、肺炎での入院生活だ。4カ月間食事ができず、チューブから栄養を摂り命を繋いだ。
佐藤さん:「(病気をして)食べるってこんなに大事なことなんだなと。施設に通う障害を持った人たちって、外に出て食べに行くことができないんです。だから、もっと障害を持った人たちが『食べること』を楽しんでもらいたいという思いがあって、自分の思いとか経験を踏まえて、飲食をやってみたいなと」
「外食ができない障害者に、美味しい食事を」。その熱意が、新たなビジネスに繋がろうとしている。
佐藤さんに会いに来たのは、豊橋市に本店を置く「久遠チョコレート」の代表・夏目浩次(なつめ・ひろつぐ 46)さん。
夏目浩次さん:「すいません、遅くなりました。リアルにお会いするのは(初めて)」
佐藤さん:「お会いできて、ありがとうございます」夏目さんは「障害がある人も安心して働ける、シンプルな社会」を目指し、障害などで働きづらさを抱える人たちを積極的に採用している。
13年前の2010年、佐藤さんは高校3年生の時に、夏目さんの店で働きたいと連絡を取っていた。当時は知的障害ではなく、身体障害という特性が仕事に合わず就職には至らなかったが、ずっと憧れの存在だ。夏目さん:「すごいね、ここまで頑張ってこられて」佐藤さん:「ぜひ夏目さんと一緒に、キッチンカーでご一緒できることがあったらいいなって思って」
夏目さん:「(キッチンカーの)スペック的には申し分ないです。このロゴ見た時におもしろいなと思ったので、さすがだと思って。なんの同情的な視点やアプローチもないし『どうだ!』って。だから僕も堂々と久遠チョコレートを、僕がやってきたことを堂々と、このキッチンカーで披露したいなと思います」
佐藤さんが提案したのは、自らが運営するキッチンカーでの「久遠チョコレート」の販売。起業から12年、憧れの人と一緒に新たな一歩を踏み出す予定だ。
夏目さん:「(障害者が)働きたいって思ったら、そこにチャンスがなきゃいけないと思うので、そういう単純な社会にしたいなって思っていますし…。(佐藤さんと)何が発信できていくのかは、すごく楽しみ」佐藤さん:「『相乗効果が生まれる』ってワクワクしている」夏目さん:「いろんなとこ行きたいですね」佐藤さん:「そうですね」
10年前の取材時、佐藤さんは「障害を持っている人でも働ける場を提供したいという思いをずっと持っていて、多くの人に働く場所を提供できるような会社にしていく」と話していた。
当時60万円だった年間の売上は20倍以上に成長し、現在は10人を雇用している。このうち3人が障害者で、中には病院から出られないものの、リモートで領収書など書類の入力作業を担うスタッフもいる。
佐藤さん:「まさかね、そういう風に人を雇えるとか、誰かと一緒に働けるまでの会社になるとは思っていなかった」働く場所を作ってほしいと頼むのではなく、“自分たちで作る”という佐藤さんの発想と行動力。佐藤さん:「でももう、それしかなかったというか、それが僕に残された最後の選択肢だったんです。本来、障害持っている人が当たり前に働ける社会があるべき姿だと思うので、その選択肢を僕は増やしたい」命の危機をも乗り越え、夢を実現してきた佐藤さんの10年。今の佐藤さんにとっての「働くこと」とは。佐藤さん:「10年前とたぶん変わらない答えですけど、『自分の人生の幅を広げるもの』ですね。(Q.本当に変わってないですね)変わらないのか、変われないのかわからない」
生活のための賃金を手にするための「働く」と、佐藤さんの「働く」は違うようだ。佐藤さん:「自分の弱さ、強さ、可能性とか、自分が何をやりたいかを出会うことができたのは、働いてなかったら出会えなかったので、働いてよかったなと思いますね」2023年5月19日放送