「グリペン足りなくなる」は杞憂? スウェーデン戦闘機の大幅増強へ舵 ウクライナ供与が現実味

北欧スウェーデンは自国製の戦闘機「グリペン」のウクライナ供与を決断するのか――同国を巡る状況が慌ただしく動いています。供与により自軍の戦闘力が損なわれるのが課題でしたが、逆に戦闘力の大幅増強へ舵を切りました。
スウェーデン政府が近く、ウクライナにJAS39「グリペン」戦闘機を供与するための条件の調査をスウェーデン軍に命じる可能性があります。2023年9月12日にスウェーデンの公共放送局「スウェーデン・ラジオ」が報じました。
「グリペン足りなくなる」は杞憂? スウェーデン戦闘機の大幅増…の画像はこちら >>スウェーデン空軍のグリペンC(画像:サーブ)。
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は8月19日にスウェーデンを訪問し、同国のウルフ・クリステルソン首相と首脳会談を実施。会談終了後にウクライナ軍人がグリペンの運用評価を開始していたことを明らかにしました。ゼレンスキー大統領はこの会談でクリステルソン首相にグリペンの供与も求めたようです。
クリステルソン首相は「将来のことは何も排除しない」と述べ、ウクライナへのグリペンの供与に含みを持たせていますが、スウェーデン政府はウクライナ軍人が運用評価を行っていることは認めたものの、グリペンの供与については否定していました。
これは、スウェーデン空軍の保有しているグリペンをウクライナに供与した場合、スウェーデンの国防に支障を来す可能性が高いと判断したためとも報じられています。
冒頭のスウェーデン・ラジオは、「政府はウクライナにグリペンを供与した場合、スウェーデンの国防にどにような影響が生じるのか、仮にウクライナに供与する場合、いつごろグリペンの代替機を入手できるのかを知りたがっている」と報じています。逆にいうと、スウェーデン政府は自国の防衛に大きな影響が生じないのであれば、ウクライナにグリペンを供与しても構わないと考えている、とも解釈できます。
スウェーデンを横目に、近隣のデンマーク、オランダ、ノルウェー3か国はウクライナへF-16戦闘機の供与を決定しています。オランダとノルウェーの両空軍は既に後継機であるF-35Aの運用を開始しており、デンマーク空軍にも2023年9月から、やはりF-16の後継機F-35Aの配備が始まります。
では、スウェーデンの状況はどうでしょうか。
航空専門誌「フライトグローバル」が2022年11月に発行した「ワールドエアフォース2023」(世界の空軍2023)によれば、スウェーデン空軍は2022年夏の時点でグリペンの単座型「グリペンC」を70機、通常は練習機として使用されている複座型の「グリペンD」を24機保有しています。
スウェーデン政府はグリペンCの後継機として、グリペンの基本設計を流用した能力向上型「グリペンE」60機の導入を決定していますが、2023年9月の時点では引き渡されていません。このため仮にスウェーデンがまとまった数のグリペンC/Dをウクライナへ供与することになれば、スウェーデン空軍は一気に弱体化して、国防に大きな影響が生じてしまいます。
このことも見越してか、スウェーデンで防衛装備品の開発や調達などを手がける官庁のFMV(スウェーデン国防資材庁)は2022年12月、グリペンのメーカーであるサーブとグリペンC/Dの能力向上改修契約を締結しています。
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スウェーデン空軍が60機の導入を計画しているグリペンE(画像:サーブ)。
スウェーデン政府はグリペンEと交代する形で、同国空軍が運用しているグリペンC/Dの全機退役を決めていましたが、スウェーデンにとって最大の仮想敵国であるロシアの脅威が増大したことから、グリペンC/Dの全機退役を取りやめ、大幅な能力向上改修を施して2035年ごろまで運用すると発表していました。
能力向上改修の内容は新バージョンのエンジンの搭載、効果的な電子戦システムの導入、戦闘能力の強化と探知・追跡範囲の拡張に重点を置いたレーダーへのアップグレード、センサー機能のソフトウェアによるアップデートを可能とする電子機器システムへの換装、新型兵装の運用機能追加などから構成されており、これらの改修は約35億スウェーデンクローナ(約4623億円)を費やして行われる予定となっています。
そして2023年9月12日、FMVはサーブに対して、能力向上改修を行うグリペンC/Dの納期を変更する契約を締結しています。
サーブはFMVと締結した契約について、「納期を調整する」としか述べていませんが、これは納期を前倒しするための調整を意味するものと考えられます。
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サーブがグリペンC/Dへの搭載を想定して開発したPS-05MK.4 AESAレーダー(画像:サーブ)。
さらに、この9月12日の契約には、新たに導入するグリペンEの電子戦システム、通信システム、偵察システムの変更を含む、新機能の追加も含まれています。
能力向上改修を受けるグリペンC/Dのスウェーデン空軍への納入の前倒しと、グリペンEへの新機能の追加は、スウェーデン空軍の能力を大幅に強化に他なりませんし、これがスウェーデン政府のウクライナへのグリペン供与の決断を後押しする材料の一つになるのではないかと筆者は思います。