どれだけ知ってる? 教習所で教わらないバイクTips 第28回 バイクで転倒!そのとき、どうなる? どうする?【後編】

バイクは「転倒」のリスクを抱えた乗り物ですが、「走行中の転倒」は「立ちゴケ」とは比較にならないほど大きなダメージを受けます。しかし、バイク免許の技能教習には「上手な転倒の方法」といったものはないため、ほとんどのライダーは「初めての転倒」を公道という危険な場所で経験しているはずです。その時には頭の中が真っ白になり、何もできなかったとしても無理はありません。

バイクが転倒する原因は「ライダーがタイヤのグリップをコントロールができなくなったため」というのは前回解説しましたが、二つのタイヤのコントロールを同時に失うのは稀なケースです。ほとんどは前後のどちらか先をコントロールできなくなり、これが転倒のきっかけになります。後編の今回は、それぞれの転倒ケースや危険性を解説します。
■後輪からの転倒ケースと身体の姿勢

後輪から転倒する原因のひとつに「リアブレーキの踏みすぎ」があります。足で操作するリアブレーキは繊細なコントロールが難しいのですが、とっさのブレーキでは車体が前のめりになるため、後輪の荷重が抜けてさらにロックしやすくなるので注意してください。直進・コーナリング時のどちらでも起こりますが、近年のバイクはリアブレーキの容量を小さくしたり、ABSを装備してロックを防ぐ工夫もされています。

もうひとつは「スロットルの開けすぎ」によるリアタイヤのスリップですが、バイクはコーナリング後半でスロットルを開け、リアタイヤの駆動力で車体を起こす乗り物なので、この加減が難しいところです。瞬時にスロットルを戻してバイクの復元力にゆだねるのがセオリーですが、初心者にはなかなか難しいかもしれません。とくに排気量の大きなバイクはトルクが大きいので、乗り換えたばかりの人は注意すべきでしょう。

後輪のグリップを失って転倒した場合、バイクはハンドル廻りを支点にリアをアウト側に振り出しながら倒れていきます。ライダーは下半身から路面に落ちますが、ハンドルを離して車体に足を挟む前にステップを蹴りだせば、その反動で滑走速度を殺しつつ、バイクの後ろを足から滑る姿勢になります。後述する前輪からの転倒よりダメージが少ないのはこういった理由があるからです。

子供のころに自転車の後輪を滑らせて遊んだ経験がある人もいると思いますが、後輪のブレーキロックは前輪のロックよりもバランスを取りやすいものです。バイクは重いので自転車のようにはいきませんが、滑った時の車体の動きはほぼ同じです。オフロードコースを一日走ればブレーキやスロットルで滑った際の挙動やリカバーのコツをつかむこともでき、いざという時に役立つはずです。

■前輪からの転倒ケースと身体の姿勢

前輪からの転倒はフロントブレーキのかけすぎによる「握りゴケ」や、ハンドルを無理にコジってしまうことが原因です。直進時なら瞬時にブレーキレバーやハンドルをリリースすればバイク自身の復元力でグリップを回復できることもありますが、車体が傾いたコーナリング中は非常に難しくなります。

慣れればグリップを失ってもコントロールを取り戻しやすい後輪に比べ、前輪のグリップ消失はリカバーが難しく、上級者でもあっという間に転倒してしまいます。中には膝や肘を路面に突き立てて車体を起こすレーシングライダーもいますが、それができるのもごくわずかです。

前輪がスリップダウンすると直進中ならバイクはほぼ真横に、コーナリング中なら前輪がアウト側に足払いされるように倒れます。ライダーは乗車姿勢のまま倒れるので、四つん這いに近い格好で落車し、バイクと平行に頭から滑ったり、前転するケースが多いようです。その先にある対向車やガードレールなどとの衝突を考えれば、足から減速させて滑る後輪からの転倒よりもリスクが高いことが分かると思います。

前輪からの転倒を防ぐには、深いバンク角ではフロントブレーキの使用は控え、ハンドルにも無駄な力を入れないことです。バイクを曲げるためにはコーナリング進入時にフロントブレーキを使った前輪荷重が必用ですが、無理をしてコーナーの奥まで引きずるのは禁物です。雨の日の路面ペイントやマンホールなどは浅いバンク角でも滑りやすくなります。また、最近はブレーキロックを防ぐABSが普及していますが、現在のバイクに装備されている標準的なABSは直立時しか作動しないので気をつけてください。

■転倒した時には何をすべき?

転倒するとライダーの身体は路面に打ちつけられることになりますが、走行時の転倒は「立ちゴケ」とは比較にならないほど大きなダメージを負います。バイクの死亡事故で致命傷となる部分は脳のある「頭部」と心臓や肺のある「胸部」ですので、まずはそこに強い衝撃を与えないようにしなければなりません。

そのほか、よく言われるのは「バイクにしがみつかないこと」です。バイクに跨った状態で転倒すると路面との間に足を挟みますが、ステップから外れたつま先やウエアなどがホイールやチェーンに巻き込まれる危険もあります。ハンドルも握ったままでは路面やレバーとの間に挟んでしまうでしょう。身体がバイクに押さえつけられた状態で路面を滑り、そのままクルマやガードレールなどに衝突するのは非常に危険です。

また、人間は転んだ時にとっさに手をついてしまいますが、走行中の路面は停止時よりもはるかに大きな運動エネルギーを持っていますので、手や手首のほかに肩や肩甲骨まで骨折することもあります。手の骨折は日常生活に大きな負担が強いられますが、手術をしても可動域の制限やしびれなどの後遺症が残るケースも少なくありません。転倒時は身体全体で衝撃を分散して受け身を取る方がよいでしょう。

転倒のケースはさまざまですので「確実に安全な転び方」というのはないのですが、上記のようにバイクから離れ、ダメージが最小限になるように転倒できたとしても、路面を滑走した後の衝突にも備えなければなりません。関節を痛めないように体を丸めて転がり、肘や膝のプロテクターを路面に押し付けて身体にブレーキをかけ、何かに衝突する場合は急所を避けてプロテクターに当てるようにするとダメージを軽減させられると言われています。

■最悪の事態を防ぐために、自ら転倒しなければならないことも!?

バイク事故の死因の多くが「頭部」と「胸部」の損傷であることは先ほど説明しましたが、これは「転倒」で路面に打ちつけたことより、路面を滑走した後や、転倒しなくてもクルマやガードレール、電柱などの構造物に衝突したケースの方が圧倒的に多いはずです。

筆者の知人はバイクスタントの仕事をしていたのですが、クルマと衝突する交通事故の実演では、衝突する前に意図的に後輪を滑らせて転倒させるか、衝突直前にジャンプしてバイクから離れ、ボンネットの上を飛び越えていたそうです。速度は時速30~40キロほどですが、まともに衝突すると三階建てのビルから落下した時と同じ衝撃を受けるため、いくら転倒慣れしたスタントマンでも無事では済まないでしょう。

筆者自身も公道やサーキットで何度か転倒しており、幸いにも大きなケガを負わずに済んでいますが、今でも記憶に残っているのは目の前で起きた見知らぬライダーの死亡事故でした。駐車場から鼻先を出したクルマにライダーが乗車したまま衝突したのですが、目撃者として警察署で事情聴取を受けた際、一瞬で速度がゼロになる急激な減速Gによって脳は内部が破壊され、クルマやバイクに打ちつけた胸部は心臓と肺が破裂していたと聞きました。衝突時の速度は時速50~60キロほどで、ライダーが一流品のフルフェイスヘルメットやライディングウエアを装備していたにもかかわらずです。

転倒は非常に怖いですが、ギリギリまでブレーキで速度を落としても衝突が回避できないと分かったら、スタントマンのようにバイクを転倒させたり、場合によっては飛び降りたりしてでも、頭や胸部などの急所に強い衝撃を与えない回避行動を取ることも重要だと思います。そこが守れるのであれば、手足の骨折はやむを得ないでしょう。

バイクに乗っている限り、どんなライダーでも転倒や事故に遭遇するリスクはあります。安全運転を心がけるのはもちろんですが、いざという時にしっかり速度を落とせるブレーキのスキルを身につけたり、走りながら公道に潜んでいる危険性を見つけ、その時にどうすべきかをシミュレーションをしてみるのもリスクを減らすために役立つはずです。あまり楽しい話ではありませんが、いつまでも楽しいバイクライフを送るため、ぜひ覚えておいてください。

津原リョウ 二輪・四輪、IT、家電などの商品企画や広告・デザイン全般に従事するクリエイター。エンジンOHからON/OFFサーキット走行、長距離キャンプツーリングまでバイク遊びは一通り経験し、1950年代のBMWから最新スポーツまで数多く試乗。印象的だったバイクは「MVアグスタ F4」と「Kawasaki KX500」。 この著者の記事一覧はこちら