埼玉県議会で議論され、大波紋をよびおこした「埼玉県虐待禁止条例改正案」。10月6日の県議会福祉保険医療委員会で自民、公明の賛成多数で可決されたものの、10日14時に開かれた記者会見で早くも改正案の撤回を発表。取り下げを発表したのは「クレヨンしんちゃん」好きを公言する田村琢実県議団長。わずか4日後の撤回劇に「どうした埼玉」とツッコミをいれたくなるのは筆者だけではない。条例反対していた県議員や教育現場で働く主婦に話を聞いた。
この改正案は要約すると「小学3年生以下の子供だけの登下校禁止。お留守番禁止。おつかい禁止。それを見つけた住民は通報義務が生じる」というものだった。改正案に反対していた埼玉県議員の山根史子氏は言う。「9月27日に県議会福祉保険医療委員会で出た改正案で、10月4日に文章で提示され、そして10月6日に同委員会で自民、公明の賛成多数で可決され、来年4月に施行予定という異例のスピードで決まりかけた改正案でした。私自身もシングルマザーでかつて二人の子どもがまだ小学生だった時、家で一人で留守番させたり、中学生と小学生の子ども同士で一緒に留守番させていたこともあったので、それが通報対象になるだなんて、どれだけ母親に心理的負担を与えるつもりなんだと疑問でした」
会見する「クレヨンしんちゃん」好きで知られる田村琢実団長(共同通信社)
この撤回発表に埼玉県在住で小学校の教師を務めながら現在妊娠6ヶ月の女性、Aさん(30代)は安堵した。「いま現在、少し貧血などの症状はあるものの健康なので、今年12月までめいっぱい働き、来年2月の出産に備えようと思ってた矢先に、この改正案が出てお先真っ暗になりました。職場復帰のタイミングや学童問題など一気に不安が増え、どうしたものかと…」Aさんはふだん、小学校で子どもやその親、学童施設とも密に連携しており、子供の留守番を禁じる改正案については危機感をひしひしと感じていた。「仮に改正案が通っていたら、親御さんと共に負担がかかるのは学童です。学童と一言で言っても市や区で運営している施設から民間で経営されている施設までさまざまです。それら施設のすべてに問題があるとは言いませんが、ただでさえ職員不足で子どもへの目が行き届かずにイジメや怪我などのトラブルが少なくないばかりか、学童での問題を学校にクレームしてくる親御さんもいる。そこに新たな児童を受け入れる程余裕はありません。子どもによっては学童に行きたくないからと不登校になり、家で留守番させるようになってからははつらつと学校にも再び通えるようになったケースもあります。必ずしも大人の監視下にいることだけが子供を育むわけではありません」
職員不足、すし詰め状態の学童保育の現状
今回の急な撤回に、野本怜子埼玉県議員もこう苦笑する。「13日の本会議で採決される予定でしたが、我々反対派はどうにかしてこれを食い止める方法はないものかと、それまでに反対派を募ることができないかと考えていたところでした。今回のような改正案が決まってしまったら、未だ女性に育児の負担が多い日本においては“子供の自立にもつながる留守番やお使いが虐待になってしまうのか”という心理的な負担を増やすことになってしまう。そうなるとますます家庭を追い詰め、かえって新たな虐待の起因を作ってしまいかねない。撤回されてホッとしています」また、ある埼玉県議員は言う。「昨今の自民党は条例を作ることが議員の務めだという傾向にあるようです。LGBT法案にしろ、エスカレーター歩行禁止の条例化にしろ、議員から条例案を提出させることを盛んにする動きがあります。そのような条例作りばかりが先走り、本当に大切な、生きやすさ住みやすさを損なう内容では困ります。『翔んで埼玉』のようなディスり映画は愛あってのものでしたが、埼玉が本当に住みにくい、逃げ出したくなるような悪い県にならないことだけ願いたい」この撤回発表で、「逃げろ埼玉」にならずに済んでなによりだ。
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