〈旧統一教会へ解散命令請求〉「認知症疑いの母から奪った1億円超えの献金は違法だ」裁判中の原告が明かす教団との闘い。2度の敗訴も今後の司法の判断は?

10月13日、政府は霊感商法や高額献金で問題となった旧統一教会(現、世界平和統一家庭連合)の解散命令を東京地裁に請求した。裁判所が解散命令を出し、確定すれば、旧統一教会は宗教法人格を失って、日本での活動がこれまでより制限されることとなる。一方で、今もなお同団体からの被害に苦しみ続けている人も少なくない。被害者の目に今回の解散命令請求はどのように映っているのか。
中野容子さん(60代、仮名)は、亡き母が1億円以上の高額献金をする被害にあい、今も裁判を通して旧統一教会との争いが続いている。政府が今回、解散命令を請求したことについて「請求を検討してからかなり時間も経っていたので、本当に出すのか心配だったが、やっと請求することになってよかった」と心境を吐露した。だが、この解散命令請求は今後の旧統一教会のあり方を左右するものの、これまでの被害についての賠償などに直接影響を与えるものではない。それでも、中野さんは「これまでの被害実態からも、教会は宗教法人格を持つべき団体ではない。解散命令によって、今後同じような被害が起きないようにしてほしい」と訴える。中野さんの母が受けた被害とはどのようなものだったのか。自分の母親が旧統一教会に1億円以上の献金をしていたことを中野さんが知ったのは2015年のことだった。長野県にある実家は果樹園を営んでおり、2009年に亡くなった父は資産運用もしていたため、家には一定の財産があるはずだった。しかし、母は父の死後からみるみる元気がなくなり、時折、お金に困った様子も見せるように。中野さんは父が晩年、資産運用に失敗してお金がなくなったのかと思い込んでいたが、父の七回忌の際に改めて母にそのことを聞くと、「旧統一教会に全部寄付しちゃった」との思いもよらない答えが返ってきた。
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話を聞くと母は親族の紹介で、2004年ごろに旧統一教会に入信。霊感商法によって不安をあおられ、自分の資産だけでなく父の資産にも手をつけたほか、大事にしていた果樹園まで売って総額1億円以上を寄付してしまっていたのだ。驚いた中野さんは2015年11月下旬に弁護士へ相談。しばらくは返還に向けて教会側と直接交渉をしたが、教会側は「不起訴合意が成り立っている」と一切応じなかった。その証拠として見せてきたのが、母が寄付や献金について「私が自由意思によって行ったもの」として署名、押印したという念書だった。念書には「返還請求や不法行為を理由とする損害賠償請求など、裁判上・裁判外を含め、一切行わない」という内容や、「寄付等について必ずしも快く思わない私の親族らや相続人らが、後日無用の紛争を起こすことがなきよう、私の意思をここに明らかにする」といったことまでわざわざ書かれていた。結局、直接交渉ではらちが明かず、この献金問題は訴訟にまで発展することとなる。
中野さんは、旧統一教会が「献金しなければ自分も家族も不幸になり、先祖も救われない」などと母の不安をあおり、社会通念から逸脱した違法な献金をさせたとして、約1億8500万円の損害賠償を求めて2017年3月に提訴した。東京地裁での裁判では、教会側が念書について母に質問したビデオを撮影していたことも明らかに。そこには、「返金請求することになっては断じて嫌だということですね」などという質問に、母が単調に「はい」と答える様子が映っていた。こうした念書やビデオを盾に教会側は正当性を主張したが、中野さんたち原告側は「当時、母は86歳と高齢で十分な判断能力がなかった」と反論。実際に母親は念書を書いた約半年後にアルツハイマー型認知症との診断を受けている。しかし、2021年、地裁は献金が自由意思によるものだったと判断。2022年7月7日の高裁判決も同様の判断を下し、中野さんは連続で敗訴となった。
母の書いた念書を手に被害について語る中野容子さん
だが、この翌日の7月8日。安倍晋三元首相が銃撃を受け、状況は一変する。銃撃事件によって旧統一教会の問題は国会でも大きな話題となる。昨年12月に成立した旧統一教会被害者救済法では、霊感商法などの不安をあおる不当な勧誘行為が禁止されたほか、不安を抱かせて行われた寄付を取り消す「取消権」が新たに行使できるようになった。しかし、残念ながら救済法は施行前の事案には適用されず、中野さんの訴訟は取消権の対象外に。一方、この救済法に関する議論では、中野さんが敗訴する原因となった「念書」について、これまでの判決とは違う方向で整理されることとなった。救済法について解説した消費者庁の資料では、念書について「寄附の返金を求めない旨の念書は、民法上の公序良俗に反するものとして、無効となり得る」と説明。さらには「『返金逃れ』を目的に個人に対して念書を作成させ、又はビデオ撮影をしていること自体が法人等の勧誘の違法性を基礎付ける要素となるとともに、(中略)損害賠償請求が認められやすくなる可能性がある」とまで踏み込んだ。つまり、念書の存在は教会側の献金の「正当性を裏付けるもの」ではなく、返金を阻止しようとする「違法性をあぶりだすもの」へと変わったのである。
そして今回、旧統一教会による霊感商法や高額献金などの行為が民法上の不法行為に該当すると判断し、政府は解散命令請求を行うこととなった。これは立法の場に続いて、行政の場でも旧統一教会の違法性が認定されたといえる。中野さんは高裁の判決を不服として、昨年7月に上告。今も最高裁からの判決を待っている状態で「この判断を受けて、次は司法の場でも正しい判決を下してほしい」と語る。もちろん、司法は立法、行政から独立しているため、政府から解散命令請求が出たことが直接的に司法判断に影響を与えるわけではない。特に上告審である最高裁は、さまざまな主張や証拠を取り扱う第一審や控訴審とは違い、法令違反の有無だけを判断する法律審である。そのため、原告側も国会や政府の判断をもとに新たな主張をすることができないのが難しいところだ。しかし、中野さんが地裁、高裁で敗訴したころとは明らかに旧統一教会を巡る状況が変わっており、それを受けて最高裁がどのような判決を下すかには注目が集まる。
損害賠償請求などを行わない旨が念書に記されている
中野さんの母は控訴中の2021年7月に91歳で亡くなった。介護施設に入った後は認知症が進み、さらにコロナ禍ということもあり直接の面会ができず、ビデオ通話を通して様子を確認する日々が続いた。十分な意思疎通ができないまま亡くなってしまったが、それでも「裁判に勝ったよと報告してあげたかった」と中野さんは悔しさをにじませる。こうした被害者の方々の無念を司法の場は汲み取ることができるのか。国会における救済法の制定、政府による解散命令請求に続いて、最高裁という司法の場の判断が問われる。※「集英社オンライン」では、霊感商法や高額献金被害について、情報を募集しています。下記のメールアドレスかX(Twitter)まで情報をお寄せ下さい。メールアドレス:[email protected](Twitter)@shuon_news取材・文/宮原健太集英社オンライン編集部ニュース班