訪問介護の倒産件数が前年同期の約1.5倍に。その要因とは?

9月15日、東京商工リサーチが2023年1~8月期における「訪問介護事業者」の倒産動向調査の結果を発表しました。
レポートによると、2023年1~8月までの訪問介護事業者の倒産件数は44件で、前年同期の30件の約1.5倍に上っています。調査を始めた2000年以降の同期間では、過去最高の件数です。東京商工リサーチの調べでは、介護事業者の中で倒産増が目立つのは訪問介護事業だけだと言います。
これまで1~8月期において倒産件数が最多だったのは、コロナ禍が始まった2020年。当時は感染拡大防止のため、通常の事業活動ができない状況が発生したので、やむをえない部分もあります。
しかし2023年は沈静化し、ほぼ2019年以前の状況に戻りつつあります。それでも倒産増が生じているわけです。レポートによれば、倒産事業所の9割が負債額1億円未満の小・零細規模の事業者で、負債10億円以上の大型倒産は発生していません。経営資源・財務体力の乏しい事業者が倒産の憂き目に直面しています。
倒産増が生じている訪問介護事業には一体何が起こっているのでしょうか。以下でさらに深掘りしてみましょう。
訪問介護とは、要介護認定を受けた人の自宅を有資格のホームヘルパーが訪問し、身体介護、生活援助の支援を行う介護保険サービスのことです。サ高住(サービス付き高齢者向け住宅)や住宅型有料老人ホームなどでは、居室を訪問する形でサービスが提供されます。
主なサービス内容は以下の2種類です。
訪問介護の利用者数は、日本社会の高齢者増、要介護認定者数増が進む中で年々増え続けています。厚生労働省の介護給付費実態統計によれば、訪問介護の年間実受給者数は2018年度で145万6,700人、2021年度には153万200人となり、わずか3年で7万人以上も増加しました。
このことから、少なくとも利用者ニーズに減少傾向があるために倒産数が増えた、というわけではないのは確かです。むしろ倒産件数が増えることで、地域によってはニーズに対応できるサービス供給ができなくなる恐れがある、という事態が懸念される状況が生じています。
訪問介護事業者の倒産増に影響した要因の1つが、2022年から続く物価高です。
訪問介護事業者の場合、直接影響するのは事務所の運営上発生する光熱費・ガソリン代です。ガソリン代については、事業所の車でホームヘルパーを移送している場合、そのコスト上昇は事業所全体の費用増加に直結します。ガソリン1リットルの値段は、2021年の始め頃は140円弱でしたが、2021年末には170円台まで上昇。2022年~現在に至るまで上昇し続けています。
そしてここでポイントになるのが、介護事業者における制度上の制約です。一般企業であれば、物価高でコストが上昇した分、商品・サービスの値上げによって対応・埋め合わせるという対策を取ることが可能です。
しかし介護事業者の場合、利用者の料金・介護報酬額は制度上規定されているため、事業者側で料金変更はできません。そのため物価上昇の影響は、一般企業よりも深刻になりやすいのです。
また、「制度」という点に関連して言うと、東京商工リサーチによれば、行政による介護事業者へのコロナ禍用の支援対策が打ち切られた点も、倒産増の影響として考えられるとのこと。支援が無くなって本来の事業だけでは運営が難しくなり、そのために倒産に直面したわけです。訪問介護の倒産件数が前年同期の約1.5倍に。その要因とは?の画像はこちら >>
訪問事業者のみ倒産増が起こっているという状況と相関的に生じつつあるのが、訪問介護事業における人手不足の深刻化です。
厚生労働省の調査によると、2022年度における訪問介護事業所で勤務するホームヘルパーの有効求人倍率は、15.53倍。老人ホームなどの施設に勤務する介護職員の有効求人倍率は3.79倍なので、それよりも圧倒的に高い数値です。有効求人倍率は求職者数に対する求人数の割合を表す数値であり、15.53倍という数値は、求職中のホームヘルパー1人に対して15以上の事業者が取り合うという状況が生じていることを意味します。
2022年度時点での全産業の平均有効求人倍率は1.31倍なので、施設勤務の介護職員における3.79倍は極めて高い数値です。しかし訪問介護の有効求人倍率は、それをはるかに上回る驚異的な高さであると言えます。
人手が足りなければ、当然ながらサービス提供量に限界が生じ、介護報酬も望み通りには得られません。事業所としての売上・収入額が限られるわけです。介護分野において、この影響が訪問介護で特に深刻に生じていると言えます。
人手不足を補う手段の1つが、ICT機器の活用による生産性向上です。訪問介護事業者の場合、これまで紙で運用されてきた介護記録(伝票や訪問介護記録表など)の電子化、ホームヘルパーのシフト管理の電子化などがメインです。「電子化」「デジタル化」と聞くと身構える人もいるかもしれませんが、PC・タブレット端末・スマホなどでの操作は簡単であり、これまで紙で業務をこなしてきた人であればすぐに慣れるのではないでしょうか。
実現により、ペーパーレス化(データが残り、紙の保管が不要)、手作業による記入漏れなどミスの減少、スケジュール管理の効率化、印鑑押印漏れをもらい直して再提出する手間の省略、などが可能です。
厚生労働省が介護事業者を対象として2022年度に行った調査(5,371事業所を対象)によると、ICT導入によって感じている効果は、「情報共有がしやすくなった」(90.3)%、「事業所内の情報共有が円滑になった(話し合い時間の増等)」(88.0%)「文書作成の時間が短くなった」(81.9%)といった回答が多く見られました。このアンケート調査は介護事業者全体に対して実施されたものですが、訪問介護でも同様の効果が期待できるでしょう。
ICT機器導入に加え、人手不足について事業所レベルで早めにできる対策の1つが、人間関係の円滑化です。
介護労働安定センター「令和3年度介護労働実態調査」によると、「前職を辞めた理由」として最多回答だったのは「人間関係」でした。「収入が少ない」「結婚・出産・妊娠・育児」などの理由よりも回答割合は多くなっています。人手を確保するには、現在勤務している人材に長く働いてもらうことも重要なポイントです。スタッフ同士での交流の場を設ける、ストレスが溜まりにくい職場環境を作るなど、人間関係を良好に保てるよう配慮した施策を考えることが大事と言えます。
新規人材の確保については、訪問介護だけ突出して有効求人倍率が高い状況が生じており、もはや構造的な問題とも言うことができ、事業所レベルでの対応では限界があります。行政(厚生労働省)側の特別な対策・支援も必要な状況が到来しているとも言えます。ホームヘルパー高齢化の問題もあり、若い人材が参入しやすい環境整備が必要です。
また、物価高の影響については、差し当たっては次回(2024年度)の介護報酬改定におけるプラス改定が不可欠と言えます。しかし制度改定は3年ごとの実施なので、2021年度以降生じた急速な物価高には即応できていないのが現状です。訪問介護に限ったことではないですが、この点を踏まえた新たな制度・体制づくりも、改めて必要なのかもしれません。
今回は訪問介護事業所の倒産増の問題について考えてきました。訪問介護の分野での最大の問題となっているのが、人手不足。若い人材にいかにして参入してもらうかが、行政・社会に課せられた一つの課題であるとも言えます。