〈トコジラミが日本でも猛威!?〉驚異的な繁殖力で市販殺虫剤も効かず、駆除費用は高額。フランスでは10世帯に1世帯以上が被害で、休校も相次ぎ…

来年7月にパリ五輪の開催を控えるフランスで、強烈なかゆみや不眠を引き起こすトコジラミが大発生し社会問題となっている。戦後、先進国ではほぼ絶滅状態にあった害虫がなぜ今? フランスからの現地報告と日本での被害状況を緊急レポートする。
フランスの食品環境労働衛生安全庁の調べでは、2017年から2022年にかけて10世帯に1世帯以上がトコジラミの被害にあっており、公共機関は駆除作業に追われ、休校となる学校も続出する騒ぎだ。パリ近郊の街、シュレンヌに暮らすマテオさん(42歳)は言う。「半年前にベッドバグ(トコジラミ)を全部駆除してベッドも買い替えたのに、つい最近、またひざ裏と足の裏を刺されて赤い湿疹が出て目を疑ったね。再び業者に頼んだものの彼らも大忙しだから、ベッドはバグに譲って僕はソファの上で寝袋にくるまって寝ているけど、腰は痛いわ体はかゆいわで連日睡眠不足さ。こうしてる今もやつらはベッドで大繁殖中だし、本当に腹立たしいよ」
刺されると赤い湿疹とともに強烈なかゆみに襲われる
パリを中心に、フランス全土へと広がっている「トコジラミ・パニック」。コロナ禍前からトコジラミの被害は囁かれていたが、今年に入ってからは新聞やニュースで連日のように注意喚起が行われている。しかし、この魔の手から逃れるには徹底した対策が必要だ。いまだに被害にあっていないフランス北部のリールに住むマチルダさん(46歳)はこう話す。「私たちの家族は電車のシートには座らない、タクシーに乗らない、映画館に行かない、そして空港に近づかないことを徹底してます。そのおかげか、うちにはまだ一匹も侵入させていない……はず。そろそろ入国管理も含めた国の衛生意識を根本から考え直したほうがいいと思うわ」2019年ごろからトコジラミの解決策を政府に訴えかけているマチルド・パノ議員は、10月3日に行われたフランス国民会議で「トコジラミが国民の睡眠を奪い、疲弊させている。これは国の公衆衛生問題だ」とボルヌ首相に訴えていた。
パリでトコジラミが大繁殖した理由について、日本ペストコントロール協会技術委員の小松謙之氏は「コロナ明けで世界中から観光客が殺到したことや、殺虫剤に対してのトコジラミの抵抗性が強化されたことが背景だと考えられます」と話すが、日本も対岸の火事というわけにはいかない。小松氏が続ける。「2000年初頭にニューヨークのブティックでトコジラミが発生したことを皮切りに、その後、ニューヨークではカップルが別れる原因のひとつに『恋人の家にベッドバグがいるから』と言われるほど被害は拡大。同時期から諸外国でも被害が報告されるようになり、日本でもインバウンド客が増え始めた2009年ごろから、私が所属する害虫防除企業にホテルなどから駆除依頼が入るようになりました。そして、それからまもなく東京や大阪といった観光地を中心に全国的な問題となり、宿泊施設の従業員向けにトコジラミ対策の勉強会が開かれるほどになりました。その後は住宅や公共施設にも被害が広がっています」では、そのトコジラミの生態とは?
トコジラミ(提供/日本ペストコントロール協会)
「トコジラミはカメムシの一種で体長は5ミリから8ミリほど。人の衣類やリュックに付着し、移動先のホテルや家などに侵入後は寝具の隙間などに潜り込みます。そして人間の睡眠時に体温や体臭、二酸化炭素を察知して近寄り、露出した皮膚から3~10分ほど吸血します。トコジラミが増えると、ひと晩に何十ヶ所も吸血される場合もあります」(小松氏)トコジラミに吸血されたことがない人は、刺されてもすぐにかゆみや紅斑などの症状が発現しないため、対処に遅れてしまうそうだ。トコジラミはゴキブリなどと違ってほこりや落ちた髪の毛を食べて生き延びられない。が、ひとたび人間の血という餌を与えると、その繁殖力は驚くほど厄介でたくましい。「成虫のメスは1日5~6個の卵を産み、1週間で幼虫に、1~2ヶ月で成虫になります。メスは3~4ヶ月の生涯に500個前後も産卵するので瞬く間に大繁殖するのです」(小松氏)
1円玉と比較したトコジラミ(提供/日本ペストコントロール協会)
自室にトコジラミが発生してしまったら、かゆいだけではすまない。くぼたクリニック松戸五香の窪田徹矢院長は言う。「人間の血を吸える環境ならば、駆除作業を行わない限りトコジラミがいなくなることはありません。そして、かゆみは抗生剤などで抑えられますが、人によっては『いつまた血を吸われるか』という恐怖心や『常に手足に虫が歩いてるような気がする』と錯覚するなど、精神が不安定になる方もいます」
メンタルすら蝕む恐るべきトコジラミ。その対策方法を兵庫県尼崎市にある害虫駆除業者トーメーの當銘武夫部長に聞いた。「すでにトコジラミに侵入を許してしまっていたら、応急処置として布団の下に一回り大きいビニールを敷くと、トコジラミは滑って歩けず布団にたどり着けないのでおすすめです。同じ理由で、宿泊先でも床に直接荷物を置くのではなくビニール袋に包むといいですね。また、トコジラミは洗濯だけでは死滅しません。死滅させるには50度以上の温度で一定時間の加熱が必要です。ですので、旅行から帰宅したら玄関で服を脱いで、そのまま洗濯機と乾燥機にかけると効果的です」
トコジラミの駆除作業の様子
もし侵入を許してしまったら、なるべく早く駆除依頼をするべきだと當銘部長は言う。「トコジラミは国内で売っているピレスロイド系の殺虫剤では駆除できません。我々が使う専用の殺虫剤でも卵の状態では駆除できないため、残った卵がかえるタイミングで2度目の薬剤塗布をします。トコジラミ被害に遭われた方は一刻も早く安眠を取り戻したいばかりに、依頼業者の比較検討を行わずに経験値の浅い業者や高額な請求を求める悪徳業者に頼んでしまいがち。しかし、結局駆除できずに弊社に再度依頼をしてくる方も少なくありません。また、再発生した際に無償で対処する駆除保証があるかどうかも、業者選びの大事なポイントだと思います」
トーメーで展開する「ぐっすり眠れる・横入れ安眠袋」
駆除にかかる費用は目安として1ルームで10万円から20万円、戸建てだと50万円以上になるケースもあるなど、決して安い金額ではない。現状、国内でトコジラミに効果のある殺虫剤は市販されていないが、トーメーでは「トコジラミホイホイ」と「ぐっすり眠れる・横入れ安眠袋」を展開している。最後に、當銘部長は「今後、日本ではトコジラミ被害は間違いなく増えます」と警鐘を鳴らす。蚊やダニに並ぶ害虫候補として、トコジラミにも今後十分注意が必要だ。取材・文/河合桃子集英社オンライン編集部ニュース班