イスラエル鉄壁のバリア「アイアンドーム」 対ハマスでどうしても“割り切り”必要なワケ

テロ組織「ハマス」の攻撃にさらされるイスラエル。同国は、飛んでくる砲弾やロケット弾を迎撃できる「アイアンドーム」と呼ばれる防空システムを持っています。ただハマスも、これが万能ではないことを知って大規模攻撃を仕掛けました。
2023年の10月7日はユダヤ暦で新年を祝う「仮庵の祭り」(スコット)という祝祭期間中で、この日は土曜日と安息日にもあたりました。そのような日に、イスラエルはパレスチナのテロ組織「ハマス」からの攻撃を受けました。 午前5時50分頃、ソーシャルメディア「テレグラム」に不穏な映像が投稿されました。チャンネルはハマスの軍事部門と関係があるようです。映像には、ハマス戦闘員がイスラエルとガザ地区の最も南にあるケレム・シャロームの検問所を襲撃し、境界線の柵を越える様子や倒れたイスラエル兵が映っていました。早朝ということもあり、イスラエルのほとんどの人は異変に気付いていなかったでしょう。
イスラエル鉄壁のバリア「アイアンドーム」 対ハマスでどうして…の画像はこちら >>2021年5月の演習で、ミサイルランチャーから発射されるタミルミサイル(画像:イスラエル国防省)。
6時30分頃より、ガザ地区から不意急襲的にロケット弾が次々と発射されます。空襲警報がガザから60km離れたテルアビブのほかエルサレムでも鳴り始め、人々の祝祭日気分は文字通り吹き飛ばされます。ハマスは20分間で5000発のロケット弾を発射したと主張。ロケット弾攻撃と戦闘員の侵入は同時多発的に連携して行われ、イスラエルは意表を突かれた形となりました。
様々な映像がネットに氾濫し、認知領域でも戦争が始まったといえる状態なので、情報の見極めには慎重さが必要ですが、印象的なのが飛来する砲弾を次々に空中で迎撃する映像です。市街地上空には幾重もの対空ミサイルの飛翔煙が伸び、花火のような爆煙が空に広がります。夜間迎撃戦の映像は幻想的でさえありますが、上空を飛び交っているのは「実弾」です。
ロケット弾を迎撃しているのが、イスラエル軍の防空システム「アイアンドーム」です。近距離を飛翔するロケット弾や砲弾、迫撃砲弾を空中で迎撃するCounter-RAMと呼ばれるカテゴリーの、イスラエル製地対空ミサイルです。
今回の戦争における迎撃戦の様子はまだ分かりません。ただ2021年5月11日に、ハマスが約1週間でロケット弾を3000発以上発射した際、市街地に到達した1500発のうち1400発以上が「アイアンドーム」によって迎撃されたといわれます。人口密集地に着弾したのは100発以下でした。
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EL/M-2084探知/追跡レーダー。トラックに搭載できるようコンパクトに収められている(画像:イスラエル国防省)。
「ピストルの弾を別のピストルの弾で撃ち落とそうとするものだ」――かつて弾道ミサイル防衛の実効性に疑問視する一部から揶揄的にいわれましたが、「アイアンドーム」はその弾道ミサイル防衛と同じ発想の、飛んで来る砲弾やロケット弾などを近距離で迎撃できる地対空ミサイルです。
「アイアンドーム」は指揮管制ユニット、EL/M-2084探知/追跡レーダー、対空ミサイル「タミル」を装填した20連装ミサイルランチャーによって構成され、各ユニットはトラック積載などで簡単に移動できます。1台の指揮管制ユニットとレーダー、3基から4基のミサイルランチャーで大隊規模の1個編成となり、これを基本単位とし、セキュアワイヤレスでリンクされます。2005(平成17)年から開発が始まり、2011(平成23)年3月27日に最初の大隊が配備されました。「アーミーテクノロジー」という軍事情報サイトによると、実戦の命中率は90%とされています。
1個大隊でカバーできる範囲は100平方キロメートルから150平方キロメートルですが、「アイアンドーム」は限られた地域の局地防空用です。迎撃範囲は限定され、高価値地域以外に落下すると識別されたものは迎撃しません。無駄弾を撃たないので迎撃率の数字は上がります。2021年5月の実戦では、飛来した約3000発のうち半数は着弾しても被害が少ないと識別され、迎撃されていません。
しかし「アイアンドーム」は鉄壁のバリアではありません。10月7日の攻撃のように、短時間に飽和攻撃されたら対処しようがないのです。ハマスもこの点を十分理解しており、飽和攻撃を実行するために、東京23区の6割程度という狭い面積(365平方キロメートル)のガザ地区に大量のロケット弾を隠蔽・配置し、一斉に発射する体制を整えたのです。イスラエル情報機関に見つからないようにする必要もあり、その準備は並大抵ではなかったはずです。
ハマスはロケット弾をガザ地区内で製造する様子をSNSに投稿しています。いかにもハンドメイドで粗製乱造品であることは明らかですが、小型で簡単に運搬でき、奇襲用には使えそうです。製造コストは500ドル(約7万5000円)程度とされます。
一方、これを迎撃する「タミル」対空ミサイルは1発4万ドル(約600万円)で、コスパはいかにもアンバランスです。「アイアンドーム」のような“盾”にいくらコストを費やしても防衛は成立しません。イスラエル軍は報復の空爆を開始し、戦車を含む地上部隊をガザ地区境界に集結させ“槍”も用意しています。攻撃すれば敵も高いコストを支払うことになると示すのが抑止力の本質です。
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テルアビブ近郊に配備された指揮管制ユニットを見学するアメリカ大使館員(画像:アメリカ国務省)。
ハマスの宣伝動画には、ガザ地区の重要インフラであるはずの水道管を引きはがしてロケット弾の弾体に仕立てている様子が映っています。必死の抵抗をアピールするつもりだったのでしょうが、これら水道管の一部は、EUがガザ地区のパレスチナへの人道援助で敷設したものも含まれており、暗澹たる気持ちにさせられます。