70隻以上も建造されているアメリカ海軍のアーレイバーク級駆逐艦が、このたび三世代目「フライトIII」に入りました。今後は空母艦隊における中枢艦にもなる予定で、ゆえに艦長の階級含め既存のアーレイバーク級とは別モノになりそうです。
2023年10月7日、アメリカのフロリダ州にあるタンパにおいて、アメリカ海軍の最新鋭イージス艦である「ジャック・H・ルーカス」の就役式典が執り行われました。
「ジャック・H・ルーカス」は、アメリカ海軍の主力戦闘艦艇であるアーレイバーク級ミサイル駆逐艦の75番艦ですが、1990年代から就役している同級の中で最も新しいバージョンである「フライトIII」の1番艦でもあります。
ただ、外観的にはそれほど変わっていないため、その凄さは一見しただけでは、あまり感じることができません。これまでのアーレイバーク級と比較して、「ジャック・H・ルーカス」は、一体どのような違いがあるのでしょうか。
なんと「75番艦」米海軍のイージス駆逐艦“次世代型”へ 性能…の画像はこちら >>アメリカ海軍の最新鋭イージス駆逐艦「ジャック・H・ルーカス」(画像:アメリカ海軍)。
まずは、搭載しているレーダーの違いが挙げられます。これまでのアーレイバーク級、いわゆるフライトIやフライトIIに分類される艦は、ロッキード・マーチン社製の艦載レーダーである「SPY-1D」を搭載してきました。これに対してフライトIIIは、レイセオン社製の最新鋭艦載レーダーである「SPY-6(V)1」が搭載されます。
SPY-6は、一辺が約60cmで構成されている正方形の「レーダー・モジュール・アッセンブリ(RMA)」と呼ばれる装置を、レゴ・ブロックのように組み合わせて構成されるレーダーです。このRMAは、それ単体でもひとつのレーダーとして機能するため、言い換えれば「小型レーダーの集合体」がSPY-6ということになります。
フライトIIIに搭載されているのは、RMAが37個で構成されているSPY-6(V)1で、探知距離はSPY-1Dと比べて約3倍とされています。また、このような構造ゆえにSPY-6では弾道ミサイルや極超音速兵器といった、探知や追尾が比較的難しい目標に対処しながら、同時に迫りくる対艦ミサイルや航空機にも対処することが可能で、これにより艦隊の防空能力を大幅に底上げすることができます。
さらに、SPY-6はいくつかのRMAに問題が生じたとしても、残りのRMAによりレーダーとしての機能を維持できるほか、RMAの背面に挿入されているサーキットカードを交換するだけで大半の不具合を解決できるなど、整備性にも優れています。
また、イージス艦という名前の由来でもある「イージス・システム」も、同じく最新鋭のバージョンが搭載されています。イージス・システムとは、レーダーで探知した目標の脅威度を判定し、ミサイルを誘導して撃墜するという一連の流れを自動化した高度な防空システムのこと。脅威となる多数の目標へ同時に対応できる、まさにイージス艦の中核ともいうべきものです。
イージス・システムは、1980年代の登場以来、幾多のアップデートが重ねられてきました。そして、これまでのイージス艦にインストールされているもののうち、最新のバージョンは「ベースライン9」と呼ばれるものです。一方で、フライトIIIではそれよりも新しい「ベースライン10」と呼ばれるものがインストールされています。
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SPY-6レーダーは米マサチューセッツ州アンドーバーにあるレイセオンのレーダー開発施設にて製造されている(画像:レイセオン ミサイル&ディフェンス)。
ベースライン10における最大の特徴は、レーダーの情報処理ソフトを含むいくつかの中核的な機能が、イージス・システムからSPY-6側に移行されているということです。
これまで、SPY-1Dは独自の情報処理装置を持っておらず、敵の探知や脅威度の判定など、レーダーで得られた情報の解析や処理はSPY-1Dと連接しているイージス・システムの仕事でした。しかし、ベースライン10とSPY-6の組み合わせでは、SPY-6で独自に処理されたレーダー情報をイージス・システムとやり取りするという仕組みになっています。
これにより、イージス・システムとは独立してレーダーの性能向上を図ることが可能で、探知距離の延長や新たな機能の実装を、より容易に行うことができます。
さらに、「ジャック・H・ルーカス」を含めたアーレイバーク級フライトIIIは、2027年までに全艦が退役する予定のタイコンデロガ級巡洋艦の役割を引き継ぐことになっています。
具体的には、戦闘機を含む各種の作戦機を搭載する航空母艦を中心に構成される空母打撃群のなかで、アーレイバーク級フライトIIIは、同打撃群を敵の対艦ミサイルなどから防護するための艦隊防空の中枢として機能する役割が付与されます。
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タイコンデロガ級イージス巡洋艦「バンカーヒル」の退役式典の様子(画像:アメリカ海軍)。
つまり、今後はフライトIIIが防空の司令塔として、その他のアーレイバーク級と共に迫りくる敵のミサイルなどの脅威に対処することとなります。しかし、問題はタイコンデロガ級の艦長が大佐であったのに対して、アーレイバーク級ではその一つ下の階級である中佐が艦長を務めてきたという点です。これでは、他の艦艇との連携にも指揮系統上の問題が生ずる可能性があります。そこで、フライトIIIでは艦長の階級が大佐となっており、これによりこうした問題は解消する見込みです。
「ジャック・H・ルーカス」が実戦運用可能な状態となる初期作戦能力(IOC)の獲得は2024年とされており、今後は中国への対応を見据えてフライトIII仕様の同型艦が横須賀基地に配備されることも予想されます。
もしかしたら近い将来、「ジャック・H・ルーカス」自体が日本に顔を見せるかもしれません。