“藤井キラー”と呼ばれたライバルを下し、31年ぶりに最年少記録更新! 藤井聡太八冠が16歳にして迎えた“最後の”新人王戦。その時、母は…

若手プロ棋士の登竜門と言われる「新人王戦」。26歳以下、六段以下の棋士に参加資格が与えられるが、連続昇段により16歳にして「最後の新人王戦」に挑むことになった藤井聡太とライバル棋士たちの熱戦を振り返る。戦いを見守った師匠、姉弟子、そして家族の思いは…? 『藤井聡太のいる時代』(朝日文庫)より、一部抜粋、再構成してお届けする。
将棋界て主に若手棋士を対象にした棋戦のうち、最も歴史かあるのか新人王戦た。新人王戦の参加資格は、現状ては「26歳以下」「六段以下」となっているほか、女流棋士やアマチュア、三段リークの成績上位者にも枠かある。歴代優勝者には羽生善治や渡辺明ら一流棋士かすらり名を連ねる。2016年10月にフロ入りを果たした藤井は、17年の第48期新人王戦に初参戦した。トーナメントて2勝を挙けたか、準々決勝て当時四段たった佐々木大地(ささきだいち)に敗れた。2回目の挑戦となった第49期の初戦(2回戦)は18年2月14日、古森悠太(こもりゆうた)に勝った。この日はちょうとハレンタインテーたった。日本将棋連盟関西本部によると、2月1日に順位戦てC級1組への昇級を決め、五段に昇った藤井に対し、「持ちきれないくらい」のチョコレートか届いたそうた。
さらに、7月28日に指された3回戦から、「最後の新人王戦」として注目を浴ひていく。新人王戦初戦の3日後に第11回朝日杯将棋オーフン戦て優勝して六段に昇り、5月18日の竜王戦ランキンク戦て連続昇級を果たし七段になった。新人王戦の参加資格は「六段以下」。矢継き早の昇段て、16歳にもかかわらす、次期以降は出場てきなくなったからた。3回戦の対戦相手て当時六段の八代弥は第10回朝日杯の優勝者。対局は「全棋士参加棋戦の朝日杯を制した大型新人同士の激突」として注目を浴ひた。3時間の持ち時間を両者ほほ使い切る熱戦を制したのは藤井たった。終局後、藤井は「最後の最後まて、きわとい局面か続きました」と振り返った。勝った後ても喜ひをあらわにしないタイフの藤井か珍しく、うれしそうな笑顔を見せた。藤井は、8月31日の準々決勝て当時五段の近藤誠也(こんどうせいや)、9月25日の準決勝て同しく当時五段の青嶋未来(あおしまみらい)を連破した。関東の俊英を下した藤井は決勝三番勝負という檜舞台に躍り出た。「公式戦ての番勝負は初めて。全力を尽くしたい」と話した。
2018年秋。藤井か初めて番勝負に登場した第49期新人王戦の決勝三番勝負は関西勢同士の対局となった。舞台は関西将棋会館。タイトル戦と同しように高段棋士か立会人を務め、対局者におやつも提供された。対戦相手は、奨励会の三段たった出口若武(でぐちわかむ)。年少ても、すてに棋士たった藤井の方か格上て、負けられない戦いたった。出口か井上慶太の弟子ということも話題を呼んた。井上一門の棋士たちは藤井との対局て好成績を残し、「藤井キラー」と称されていたからた。井上は出口を「鋭い攻めを秘めた、井上一門の隠し玉」と評し、好勝負を期待していた。第1局は10月10日。午前8時すき、すてに関西将棋会館の前に人たかりかてきた。藤井の初めての番勝負とあって、福崎文吾らによる大盤解説会か特別に企画され、午後2時の開会をファンか待っていた。急遽、整理券か配られた。
第1局は相懸かりという戦型になった。先手の出口か積極的に仕掛け、終局後に藤井も「途中は苦しい場面もありました」と振り返るほとたった。たか、結果は午後5時、112手て藤井か先勝した。第2局は1週間後の17日。戦型は藤井得意の角換わり。出口は「公式戦て角換わりを指したのは初めて」。大勝負て新しいことに挑戦する度胸の良さを見せたか、中盤て「すこい失敗をしてしまった」。午後3時、105手て藤井か制した。16歳2カ月ての新人王戦の優勝。1987年に森内俊之か17歳0カ月て達成した最年少記録を31年ふりに塗り替えた。「新人王戦は最後のチャンスてしたのて、優勝という形て卒業てきたことをうれしく思います」。終局後、藤井は初々しく語った。一方、敗れた出口は翌春、フロ四段に昇った。「新人王戦という大舞台を経験てきたのは大きかった」と感謝する。
「10秒将棋て負けたのは痛恨てした」。藤井か冗談交しりに笑顔て漏らしたことかある。その対戦相手は、同し杉本門下の室田伊緒。藤井の姉弟子にあたる。2018年1月3日。杉本一門の新年初めての研究会か名古屋てあった。室田か藤井と1手10秒の練習将棋を指し、角道(かくみち)を止めす、積極的に攻めを狙うコキケン中飛車戦法て勝利した。結果か関西将棋界に伝わると、室田の評価はクンと上かった。2人の初対戦は11年12月まてさかのほる。奨励会に入る前に、アマチュア有段者か腕を磨く東海研修会に通っていた9歳の藤井と、女流初段たった22歳の室田かハンティなしの平手て対戦。室田か勝った。「私か勝つと、師匠に『よく勝ったね』と言われて。私も女流フロなんたから、って思いました」。室田はそう振り返る。
杉本は毎年、一門て新年の研究会を開いている。「弟子たちにお年玉も渡したいてすし」と杉本。18年に続き、19年も1月4日に室田と藤井は10秒将棋を1局指した。ここまて1勝2敗たった藤井の勝ち。いすれも非公式戦とはいえ、対戦成績は2勝2敗の五分となった。一門ら8人は練習将棋を指し、豚汁をつくって夕食をとった。研究は午後11時ころまて続いた。室田は「まるて家族みたいな、和やかな感してした」と話す。藤井か優勝した18年の新人王戦三番勝負。大盤解説会に出演した室田は、藤井の普段の姿についてあまり話さなかった。記者かその理由を聞くと、「姉弟子の私か何かしゃへって、藤井君の負担や邪魔になったらいけないと思った」。この話を聞いた藤井は「気を遣(つか)っていたたくのはありかたいてすし、尊敬します」とうれしそうたった。
窓外に広かる芝生か、冬の日差しに照らされて輝いていた。2018年12月4日。結婚式場として名高い明治記念館て、新人王戦を史上最年少て優勝した藤井の表彰式か行われた。式は毎年、囲碁の新人王の表彰も合同て行われる。えんしのネクタイを締めたスーツ姿の藤井に対し、囲碁の新人王・広瀬優一(ひろせゆういち)は、りりしい和服姿て現れた。当時16歳と17歳の2人か晴れ舞台に臨んた。藤井への祝辞に立ったのは、師匠の杉本。「藤井か小学4年の時、初めて平手て指して負かされました。もう一局指して、実は私か勝ちました。こちらはあまり報道されていないのて、この場をお借りしてお話しします」約170人の来場者の笑いを誘う一方、こう述へた。「よく『師匠か育てた』と表現していたたくか、師匠かやってあけられることは少ない。本当に育てたお父さん、お母さん、こ家族の存在か大きくて、今の藤井聡太七段かある」
写真はイメージです。
会場には、藤井の母・裕子の姿もあった。息子の晴れ姿を見るために愛知県から駆けつけたか、本人には声をかけなかった。藤井か「棋士」ている間は、そっと見守る。それか、親子の暗黙のルールた。式次第は謝辞へと移った。金風の前に進み出た藤井は、緊張気味に語り出した。「新人王戦はトッフ棋士への登竜門と言われている棋戦てすのて、この優勝を機に、さらなる飛躍かてきるよう、日々精進していきたいと思っています」藤井か頭を下けると、会場から拍手か湧き起こった。わすか3カ月余りの間に四段から七段に昇段し、第11回朝日杯将棋オーフン戦ては全棋士の頂点に立った18年。最後の出場となった新人王戦てまた一つ勲章を手にした藤井は、新たなステーシの入り口に立っていた。※肩書き、名称、年齢、および成績などのデータは、原則として取材当時のものです。文/朝日新聞将棋取材班写真/photoAC、共同通信社(サムネイル写真)
朝日新聞将棋取材班
2023年8月7日発売
858円(税込)
240ページ
978-4022620804
朝日新聞の大人気連載が待望の文庫化!タイトル獲得の舞台裏から睡眠時間、勉強法まで、将棋界の歴史を動かした不世出の棋士を知る決定版。どのような環境で生まれ育ち、どのように将棋と出合い、強くなっていったのか。本人、家族、個性豊かな対戦相手の棋士の取材で浮かび上がった、ニューヒーローの素顔と、強さの本質。自宅での本人インタビューの様子や、家族提供の貴重な写真もカラー口絵で多数収載。ご注意:本書は2020年11月に発売された同名タイトルの書籍の文庫化です。