日本一のりんご産地・弘前を支える基幹産業のいま – りんごとシードルによる地域活性

日本一のりんご産地として知られる青森県。令和4年度における日本国内の収穫量73.7万トンに対して、青森県は43.9万トンと約6割を占めている。そんな青森県の中でも弘前市の収穫量は約18.2万トンを占め、青森県の約4割、全国でも約4分の1という圧倒的な収穫量を誇っている。

西に岩木山がそびえる弘前市は、城下町として発展し、春の弘前さくらまつりや夏の弘前ねぷたまつりなど、観光地としても高い人気を誇るが、やはり弘前を支える基幹産業といえばりんご産業。しかし、少子高齢化や人口減少によって、農繁期の人手不足、そして後継者不足が深刻な問題となっている。

その課題解決への一助として、アサヒビール、ニッカウヰスキー、弘前市、JTBは、弘前市のリンゴ産業における人手不足を解消するとともに、援農を起点とした地域活性化、関係人口の創出・拡大による地方創生および弘前リンゴのブランド価値向上を目指すプロジェクト「ひろさき援農プロジェクト」を発足。その一環として、2023年10月~11月にかけて「りんご農家ボランティアツアー」が実施されている。

本ツアーは、青森県産のりんごを原料に使用したシードルを販売、製造するアサヒビールとニッカウヰスキーが、弘前のりんご産業を活性化するため、2023年6月に、弘前市に企業版ふるさと納税制度を利用して寄付した寄付金を財源として創設された「農業・観光連携りんご産業活性化事業」によるもの。人手不足に悩む農家に対して、主に都市の在住者が農作業を手助けすることを主眼にしたボランティアツアーで、農家の支援はもちろん、農家をはじめとした地域との交流など、普段はできない体験や経験が期待できる。

「りんご農家ボランティアツアー」は、10月15日(日)に行われた初回から全5回の開催が予定されているが、各回60名の募集はすでに定員に達しており、非常に高い関心が集まっているのがわかる。そして、このツアーを通じて、いかに地域活性化に繋げていくかが今後の課題となっている。
●世界一の剪定技術を残すために

今回、弘前でボランティアツアーが開催された背景について、「日本一のりんご産地を維持していくためには、担い手の確保が重要な取り組みとなる」と話すのは、弘前市 農林部 農政課 課長の澁谷明伸氏。作業員不足などで、りんご農家の約8割が労働力に懸念を抱いているという現状を紹介する。

これまで、地域の中で人材を確保する取り組みが行われ、りんご産業に限定して、市職員が兼業できる制度や、学生が現場に足を運べる仕組みなどが検討されてきたが、「さらにもう一歩踏み込んで、青森の外からも来ていただける取り組みを始めた」と、今回のツアーを企画した経緯を明かし、「今後も、弘前の魅力を発信し、弘前のファンづくり的な取り組みを進めていくことが、結果的に、農業所得の向上に繋がり、担い手の確保にも繋がれば」と、今後のさらなる展開に期待を寄せた。

りんごの収穫体験などをサポートする、弘前シードル工房 kimoriの高橋哲史氏は、自身のシードル工房でシードルを醸造するかたわら、りんご農園を運営し、りんご産業が抱える課題解決にも積極的に取り組んでいる。

「実は青森はりんごにとって最適な気候ではない」という高橋氏。りんごの原産地は中央アジアであり、基本的には乾燥地帯を好む。世界のりんご産地と比較しても、青森は異常に降水量が多い土地なのだという。その青森が日本一の産地になったのは、「気候のハンデを技術でカバーした」ところにあり、その中でも剪定技術の高さが大きな要因になっているという。

冬に行われる剪定作業によって、7割程度まで味をコントロールできるとのことで、「いつ誰がどんな剪定をしたかで、りんごの味はほぼ決まります。そして、今このりんごが美味しいのは、今年美味しくなったからではなく、3年前にどのような剪定をしたかによって決まります」と剪定の重要性を説く高橋氏。気候のハンデをカバーする剪定技術は非常にデリケートなもので、「津軽では“りんご”と“アップル”は別物」との認識から、人手不足や後継者不足によって、世界一の剪定技術が失われることが最大の問題点だと指摘する。

そして、高橋氏は「弘前の桜がすばらしいのは剪定技術のおかげ」と続ける。桜は剪定を行わないのが一般的だが、弘前公園の桜はりんごで培われた剪定技術を採用。樹齢100年を超えるような桜が、元気に、そして多くの花を咲かせている。弘前が誇るりんご、そして桜を支える剪定技術をいかに後世に伝えていくかは非常に重要な課題となっているのだ。

収穫したりんごは、見た目や大きさなどをもとにした選果(選別作業)を経て出荷される。何種類に選果するかは農園によるが、高橋氏の農園では、「上」「二番」「小玉」「ハネ」「加工」といった5種類に選果される。見た目・大きさともに問題のない「上」は1箱あたり8,000円~10,000円で取引されるが、やや品質の劣る「二番」は6,000円程度、小ぶりの「小玉」は4,000円、見た目などに問題のある「ハネ」は3,500円程度、生食用には利用されない「加工」に至っては500円程度になるという。

剪定に加えて、つぼみの段階から9割ほどが間引かれているため、「どのりんごも間違いなく美味しい」と自信をみせる高橋氏だが、見た目・大きさなどの要素が価格に大きく影響してしまうのが現状。特に驚くのが、“ツル”の部分がないと、見た目・大きさは問題なくても「ハネ」として取引されること。そのため、収穫時には非常に気をつけるべきポイントとなっている。

弘前におけるシードルづくりの拠点
シードルは、りんごの果汁を酵母で発酵させた醸造酒で、一般にはりんごの発泡性ワインを意味する。もともとフランスやイギリスなどのワインに適さない冷涼な土地で作られた酒で、日本の“サイダー”の語源とも言われている。

ニッカウヰスキーが弘前でシードルの製造を開始したのは、1960年に朝日麦酒(現アサヒビール)が共同出資して設立した朝日シードルの事業を引き継いだところから始まる。最初は、現在「弘前れんが倉庫美術館」として運用されている旧吉野町工場で製造されていたが、1965年に現在の弘前工場に移転。前身となる朝日シードルによるシードルづくりがスタートしたのは1954年であり、今年2023年はちょうど70年目の節目となっている。

ニッカウヰスキーのシードル生産拠点となっている弘前工場では現在、シードルのほか、ニッカではもっとも古い製品となる「アップルワイン」や日本初のチューハイ「ハイリキ」や「アサヒシロップ」などが製造されている。

9月上旬にリニューアルされた「ニッカ弘前 生シードル」は、国産りんごを100%使用し、生のりんごを丸ごと搾った果汁を、熱を加えず発酵させることで、りんごのみずみずしい味わいが楽しめるスパークリングワインで、リニューアルによって、弘前の自然の恵みやりんご本来のやさしい味わいによるあたたかみを感じられるブランドへと刷新された。

弘前工場では、通年で販売されるスタンダード品の「ニッカ弘前 生シードル・スイート」、「同・ドライ」、「同・ロゼ」に加えて、季節限定品の「同・新酒(ヌーヴォ)」(12月~2月)、「同・紅玉」(4月~6月)、「同・トキりんご」(6月~9月)、そしてプレミアム品となる「JAPAN CIDRE」が製造されている。

「ロゼ」と「JAPAN CIDRE」は、りんごの皮を使った色付けが特徴。また、「新酒」は早生りんごの「つがる」などを使用し、今年収穫したばかりのりんごを搾汁・醸造し、その年の内に販売するシードルとなっている。

ニッカウヰスキーのシードルは、りんごの風味を活かすことを第一に製造されており、弘前工場の工場長である瀧瀬生氏は、「青森のりんごなくしてはありえない」と断言する。「県境の農園もあるため青森産100%とは言えない」と苦笑いする瀧瀬氏だが、「加熱した濃縮果汁を使えば、いくらでもどんなタイミングでも作れる」と前置きしつつ、「国産りんごをそのまま絞って、そのまま発酵させることによって、りんごの風味を活かす」というこだわりを強調。さらに、10度以下の低温でじっくりと発酵させることによって、りんごの新鮮な風味を引き立てているという。

「シードルは、どちらかと言うと、女性向け、あるいは晴れの日向けというイメージで販売されてきた」と振り返りつつ、今回のリニューアルによって認知度の向上やイメージの刷新を目指したいという瀧瀬氏。シードルは店頭にて、ワイン売り場に置かれたり、ビールやチューハイなどと一緒に置かれたりと、目立たず、埋没しがちな状況にあるとし、「シードルは、(生食に利用されないりんごを使うなど)サステナブルで、アップサイクルな面が時代に合っていると思いますし、アルコール度数の高いものをあまり好まない方も増えています。そういった状況の中で、シードルの価値があらためて皆様に伝われば良いなと思っています」。

りんご農園とともに、シードル工房を運営するkimoriの高橋氏は、実家がりんご農家のUターン組。実家を手伝いつつ、シードルの醸造を計画した際、ニッカ弘前工場の当時の工場長から「あなた自身のシードルを作って、盛り上げてほしい」と言われ、「裾野が広がることによってシードル全体が広がり、そしてそこから次の産業に繋げていければ良いなと。その意味では、シードルづくりは目的ではなく、りんご産業を盛り上げるための手段でした」と振り返る。そして、シードルを通してりんごのすばらしさを伝える活動をしていった結果、現在では農園も手掛けるようになったという。

シードルの製造量自体は、9年前に作り始めた頃とあまり変わっていないという高橋氏。シェアの面で言えば、ニッカのシードルがダントツとなっているが、現在はクラフトビールのように、弘前をはじめ、多くの土地でクラフトシードルが立ち上がっており、「消費者側として選べる楽しさが生まれたことに価値がある」と現状を分析する。

現在では多くのシードルが弘前から生まれており、それぞれが特徴的な個性を発揮している。りんごの風味を活かしつつ、甘さを追求したもの、酸味を強調したものなどさまざまで、使用されているりんごの品種によっても異なる味わいが生み出されている。弘前に訪れた際は、ぜひそれぞれの味わいを楽しんでみてほしい。

「りんごづくりは人づくり」という言葉を胸に活動を続けているという高橋氏。弘前には、技術はオープンにして、共有していくというスタンスがあるとのことで、特に剪定などは後世に伝えていかなければならない大切な技術であると話す。盛り上がりを見せつつあるシードル業界はもちろん、弘前を支えるりんご産業も、いかに後継者を育てていくかが今後の大きな課題であり、それを解決することの重要性をあらためて強調した。