10月22日に投開票された衆参2補選は岸田政権にとって、1勝1敗という結果となった。しかし、どちらも自民党がもともと議席を有していたにもかかわらず、衆院長崎4区補選は自民候補が立憲候補に約7000票差まで迫られ、参院徳島・高知補選は9万票もの大差をつけられて大敗。「増税クソメガネ」と揶揄される岸田文雄首相そのものが敗因ではないかという声すらも永田町からはあがっている。
首の皮一枚がつながったといえるだろうか。しかし、「選挙が近づくにつれて状況はどんどん悪くなっていった」と、自民党関係者は今回の結果を受けて、ため息をついて振り返る。実際に自民党の苦境は数字にも表れていた。衆院長崎4区補選では、9月30日、10月1日に自民党が実施した情勢調査によると、自民新人の金子容三氏が立憲前職の末次精一氏に8.0ポイントの差をつけていたが、投開票1週間前の10月14、15日の調査では3.1ポイントまで差を縮められ、超接戦の状態になっていた。参院徳島・高知補選でも9月9、10日に実施した調査から野党系無所属の広田一氏に自民新人の西内健氏がリードを許していたものの、その差は4.3ポイント。当初は逆転可能と見られていたが、日が経つにつれてどんどん差を広げられ、10月14、15日には16.1ポイントまで拡大していった。
衆院長崎4区補選で辛くも勝利した金子容三氏(公式ホームページより)
結果、長崎では金子氏がギリギリ逃げ切るも、徳島・高知では投票を締め切った20時の時点ですぐに広田氏の当選確実をNHKが速報。開票率が0%でも出口調査の分析から西内氏の勝利はあり得ないと判断されたということであり、自民の大敗ぶりを際立たせた。もともと、この2補選は自民が議席を有していながらも不安要素の多い選挙だった。長崎では金子氏の父で元農水大臣の原二郎氏が、4区をお膝元にしていた故・北村誠吾氏と2022年の長崎県知事選で新人と現職をそれぞれ応援して保守分裂を引き起こし、その禍根が今も残っていると言われていた。また、徳島・高知は、自民党に所属していた高野光二郎参院議員が秘書に暴行する事件を引き起こして辞職したことが選挙の原因となっており、自民に逆風が吹いていた。しかし、それでも選挙が近づくにつれて、ますます自民党に不利な状況になっていったのは、地域情勢だけが原因ではなさそうだ。永田町関係者は語る。
「長崎も徳島・高知も、それぞれ地元の状況は全然違うのに、選挙が近づくにつれて同じように自民党にとって苦しい情勢になっていった。個別の選挙区事情が原因ではなく、そもそも国民全体が岸田政権や自民党を見限り始めている証拠だろう」実際、岸田政権は9月13日に内閣改造を実施して以降も支持率は低迷している。10月に報道各社が行った世論調査でも、読売新聞34%、朝日新聞29%、毎日新聞25%、共同通信32.3%と、過去最低レベルの数字が並んだ。その原因となっているのが、岸田首相に今もついて回っている「増税クソメガネ」というバッドイメージだ。昨年末に岸田首相が防衛費増額に伴う法人税、所得税、たばこ税の増税方針を決定して以降、今年10月には免税事業者だった事業主からも消費税を徴収するインボイス制度を導入し、これからは異次元の少子化対策の財源に充てるための社会保険料の引き上げも検討している。国民負担が増える話ばかりで辟易している国民も多いことだろう。
今回の2補選で遊説する岸田首相(本人Facebookより)
こうした評判を払拭するためか、最近になって岸田首相は「減税」や「還元」という言葉を多用し始めた。23日に行った所信表明演説でも、経済対策のポイントのひとつとして「国民への還元」を掲げ、「現世代の国民の努力によってもたらされた成長による税収の増収分の一部を公正かつ適正に『還元』し、物価高による国民の御負担を緩和する」と表明。その具体的な内容については「近く政府与党政策懇談会を開催し、与党の税制調査会における早急な検討を、指示します」と述べるにとどめているが、すでに自民、公明両党では、1年限定で所得税から年収に関係なく同じ額を差し引く「定額減税」が案として挙がっている。しかし、この減税を実現するためには、年末の与党税制調査会で具体的な内容を決め、来年の通常国会で関連の法律を成立させる必要がある。つまり、国民への「還元」が実現するのは早くても来春以降だ。そのため、現在の物価高に対応するための即効性がなく、自民党内からも「『減税』と言って増税イメージを払拭するためだけの政策ではないか」と疑問の声が挙がっている。
また、「国民への還元」という表現についても、早くも批判が出ている。泉房穂・前明石市長は10月13日にX(旧Twitter)で「税収増だから、その増えた分だけを国民に『還元』って間違っている。税収が増えようが減ろうが、そもそもが常に”国民のためにこそ”お金を使うべきであって、どっちを向いて政治をしているのかと、不思議でならない。まさに”異次元”の総理だ…」と投稿。2万以上の「いいね」が集まり、賛同の声が広がっている。そもそも、税収の増収分をわざわざ還元するのなら、増税するのをやめてほしいというのが多くの国民の意見だろう。
税収増だから、その増えた分だけを国民に『還元』って間違っている。税収が増えようが減ろうが、そもそもが常に”国民のためにこそ”お金を使うべきであって、どっちを向いて政治をしているのかと、不思議でならない。まさに“異次元”の総理だ・・・ https://t.co/L6wxqjCF5R
このような岸田政権への失望が選挙結果にも表れたのが、今回の衆参2補選だったわけだが、1勝1敗という中途半端な結果となったこと、また、岸田首相に替わる総理総裁候補がいないことから「岸田おろし」が起こる気配は今のところ自民党内にはない。特に、鍵となりそうな安倍派は未だに明確なリーダーを決めることができず、19日には塩谷立座長が次期総裁選で基本的には岸田氏を支持する姿勢を打ち出した。日本経済において「急激な物価高に対して賃金上昇が十分に追いつかない」(岸田首相の施政方針演説)ように、政界では急激な国民の岸田離れに対して政局が十分に追いついていないように見える。このまま抜本的な解決策を打つことなく、岸田政権が低空飛行で続いていってしまうのか。せめて、物価高のように岸田政権がこれ以上、国民生活を蝕んでいかないよう祈るばかりだ。
取材・文/宮原健太集英社オンライン編集部ニュース班