〈写真で見る渋谷ハロウィーン7年史〉なぜ10月末の渋谷はカオスとなったのか? 狂乱のスクランブル交差点“バカ騒ぎ”の原点となったイベントとは

「ハロウィーン目的で渋谷区周辺に来ないでほしい」そう宣言したのは長谷部健渋谷区長だ。10月27日から駅近くのエリアでは路上飲酒を禁止し、ハチ公前広場も囲いを設置し、一時的な封鎖実施を発表。2019年には「ハロウィーンを渋谷の誇りに」としていた渋谷区だが、うって変わった区の施策をハチ公はどう眺めているだろうか。2014年から渋谷の街を撮り続ける写真家の佐藤豊氏とともに振り返る。
そもそも東京・渋谷での“バカ騒ぎ”の歴史のはじまりは2002年までさかのぼる。同年の5月31日から6月30日にかけて日韓共同開催で行われた「2002 FIFAワールドカップ」がそのきっかけだ。渋谷で生まれ育った写真家の佐藤豊氏は当時を振り返る。「日本代表が勝った日の夜、渋谷のスクランブル交差点で誰ともなく行き交う人々の間でハイタッチと『ニッポン』コールが起きた。それをニュースが一斉に取り上げたことも拍車をかけてどんどん盛り上がっていきました。今も名物となっている、歩行者を口頭で誘導する警視庁機動隊員の“DJポリス”も、このときに登場しました。当時は新宿や池袋などでも若者が大騒ぎしていましたが、それ以降、渋谷がバカ騒ぎの聖地となったのは、スクランブル交差点がある種のシンボル的な役割を果たしたことが大きいと思います」(以下、同)
ふだんの渋谷スクランブル交差点
その後、この交差点での“狂乱”はサッカー日本代表の勝利以外でも発動するようになる。「まずは、年越しですね。機動隊が『本日、渋谷駅前ではカウントダウンはありません!』とアナウンスしてもどんどん人が集まってきて、ときには外国人の女の子が機動隊にも抱きついて『ハッピーニューイヤー!』なんて叫んでカオス化していきました」次第に、イベントのある日は「渋谷に集合するとおもしろい」「ここに来れば誰かと過ごせる」という共通認識が若者の間で広がっていった。当時はSNSもほとんど発達していない時代にもかかわらず、だ。「クリスマスの日にはサンタクロースの格好をして渋谷を練り歩く4、5人組の男性や女性のグループを見るようになりました。『恋人がいないボッチ同士、渋谷で楽しもうぜ』みたいな。すごく不思議な光景でしたね」
そうした流れが渋谷ハロウィーンにつながっていくのはなんとなく想像がつくが、佐藤氏はそれだけではなく「キディランド原宿店というキャラクター雑貨店の影響が大きい」と分析する。「1983年に日本で初めてハロウィーンパレードを行ったのが、キディランド原宿店の『パンプキンパレード』でした。その後、1997年の『カワサキハロウィン』や『ディズニー・ハロウィーン』へと広がっていき、日本の一大イベントとして、ハロウィーンが定着したのだと思います」佐藤氏がハロウィーンの日に渋谷を撮影するようになったのは2014年。そのとき、すでに若者たちが集まる文化が根づきつつあったが、「まだ街灯も今ほど明るくなく、撮った写真も全体的に暗めな印象です」と話す。
2014年の渋谷ハロウィーン。まだ街明かりは暗い印象だ
今と比べれば当時はまだ平和的。その後、2016年には渋谷駅東口商店会が主催した「渋谷ハロウィン仮装コンテスト」も開かれた。「同商店会会長の佐藤元彦さんは渋谷駅東口商店会の活性化を期待し、大人よりも子どもが楽しめるイベントを、ということで渋谷クロスタワーを会場にして開催しました。当時は大人も参加可能で、一商店会が主催のイベントにもかかわらず、渋谷区外からも人が殺到して大変な賑わいでしたよ」
2016年ごろからごみ問題が浮上
このころから街に廃棄されたごみ問題も浮上し始めるが、2018年には渋谷ハロウィーンが世間からひんしゅくを買う決定的な出来事が起こる。暴徒化した若者が道路脇に停車していた軽トラックを横転させる事件が起こったのだ。これにより『渋谷のハロウィーンは危険』という風潮が世間に一気に広がることになった。
「渋谷区もなんとかこの悪いイメージを払拭しようと思ったのか、2019年に『ハロウィーンを渋谷の誇りに』というスローガンを大々的に掲げ、クリーンに盛り上げる意思表示を示した。しかし、その矢先にコロナ禍となったのです」
2017年のハロウィーンの様子。外国人の姿も目立ってきた
コロナ禍ど真ん中の2020年、長谷部健区長は「仮装や見物のために渋谷に集まるのは我慢してほしい」と来訪自粛を呼びかけたのだが……。「ふたを開けてみればこの年の10月31日、19時ごろには仮装した若者でごった返すことに。DJポリスも交差点の雑踏警備で『立ち止まって写真を撮らないで』『自撮り棒を持って走り回らないで』などと呼びかけていました」
“暴徒”たちによって軽トラが横転させられた2018年
ますますイメージを損なった渋谷ハロウィーン。そして昨年の10月29日には韓国で、ハロウィーンのため梨泰院(イテウォン)へと訪れた158人が犠牲となる「ソウル梨泰院雑踏事故」が発生した。今回の渋谷区による“ハロウィーン厳戒態勢”も、この事件の影響を少なからず受けているのだろう。けれど、佐藤さんは将棋倒し以外にも、異常な人混みよって起きかねないことへの危惧があるという。
マスクをつけた若者たちが大勢、押し寄せた2020年のハロウィーン
「あの交差点一帯は人工地盤なんです。コロナ前の2019年には約4万人もの人が集まったのですが、今回、それ以上の人間が集結したらいつか地盤が崩れるんじゃないかと、心配ですよ。いつも撮影してる私も巻き込まれるかも? 私は渋谷センター街入口の大盛堂書店脇に脚立を立てて撮ってるので、大丈夫だと思いますが……」
万が一の大事故が起こらないとも限らない。今年で100歳の誕生日を迎える忠犬ハチ公も、そんな阿鼻叫喚の図は見たくないはずだ。取材・文/河合桃子 集英社オンライン編集部ニュース班写真/佐藤豊