業界怪談 中の人だけ知っている 第5回 「あの部屋にいると、なんだかおかしな気分になってしまう」…一刻も早くリフォームを完成させてこの現場から離れたい

NHKで2020年から不定期に放送されSNSでも話題を集めた番組『業界怪談 中のだけ知っている』が、体験者たちに徹底追加取材し、より恐ろしくより不可思議なノンフィクションホラーとして、NHK出版が書籍化。その業界にいれば当たり前のように周囲の間で知られていたり、経験したりするような出来事でも、その外にいる人間には知る由もない、ときに不思議で、ときに身の毛もよだつ体験談から、とっておきの怪談2篇を試し読みでご紹介します。
今回は、リフォーム業界でのある怪談です。

【前回のお話し】「こんなの違う! 頼んでない! なんでこういうことするの!」。団地の一室のリフォームを請け負った「僕」は、依頼主の母娘からの度重なるクレームに悩まされていた。依頼の相談時には朗らかだったのが、工事が始まって以来様子がおかしくなった2人。車にまで追いかけてきて、表情を歪めながらドンドンドンと窓ガラスを叩いてくる。【……最初から読む】
○「そこに、誰かいます」(2) /島村明夫さん(仮名・リフォーム設計会社 経営)

僕は車を降りず少しだけ窓を開けて、「どうかしたんですか」と尋ねた。この後に続くであろう罵声に身構え、身体をきゅっと強張らせた。ところが。
「……ごめんなさい、本当にごめんなさい。あんなこと言うつもりじゃなかったんです」
依頼主は、わっと泣きだした。
「本当に、失礼でしたよね、私。お世話になっているのに、とんでもないことを……なんてお詫びを申し上げたらよいのか」
「え、あ、ちょっと……どうしたんですか」
「わからないんです。本当に、わからないんです」
泣き崩れた彼女のうしろに、気づくと娘さんも追いついていた。彼女もまた泣きだしそうな顔をしながら、僕らに言った。
「あの部屋にいると、なんだかおかしな気分になってしまうんです。わっと感情が溢れ出て、自分たちでもコントロールできないくらい」
僕と部下は、目を見あわせた。
何かありますよ、ここ――彼女の目は、再びそう告げていた。

思えば、工事の最中から奇妙なことは続いていたのだ。
やたらと事故が起きるという報告が頻繁にあった。どれも大きな怪我にがるようなものではなかったが、いやな予感がして、現場に一度顔を出すことにした。
すると現場監督が、神妙な顔で、「ちょっと見てやってください」と言ってきた。
「ヘルプで入っている職人さんが、 脚立に乗っているとき、誰かに足をつかまれたって言うんです」
「誰かにって、いたずらで?」
「いやそれが……まわりには誰もいなかったって言うんですよ」
「そんなばかな」
僕は笑い飛ばした。脚立に自分で足をぶつけるかなんかしたんじゃないか、と。
だが、その職人の足首にはくっきりと赤黒い痕がついていた。明らかに誰かにつかまれたのだとわかる、指の痕までも。
気になって土地のことを調べはじめたのは、その後だ。
お祓いでもしたほうがいいのだろうか。そう思ったけれど、あまり大袈裟に騒ぎ立てるのも気が引けた。
「気をつけろよ。ちょっとでも危ないと思ったら、休むように」
現場監督も職人たちも、僕の言葉にただ曖昧な顔でうなずいていた。そう言うしかない僕の立場はわかっている。でも、それだけじゃどうにもならないことが起きているんだよ、と訴えるように。

泣いて詫びてきたからといって、依頼主たちのクレームが終わったわけではなかった。
その後も僕たちは何かにつけて呼びだされ、理不尽な怒りを受け止め続けた。まるであのときの謝罪が夢だったように。一刻も早く完成させて、この現場から離れたい。それは、現場に関わる全員の総意だっただろう。
その一体感があってか、工事はスケジュールどおり順調に進んだ。
しかし案の定、引き渡し直前に内装を確認してもらったとき、母親は叫んだ。
「こんなの許せない! 全部台無しよ!」
床の艶が出ていないとか、偏っているとか、そんなクレームだった気がする。
やりなおせ、と彼女は言った。
こんな仕上がりじゃ納得することはできない、と。
だがそのコーティングには特殊な技術を使っており、やりなおすなんてことはとうてい無理な話だった。無理な話だったが、そのときはただ「善処します」と頭を下げて、清掃スタッフと改めてワックスをかけることにした。
かなり遅い時間までかかったように思う。
「これでもまだ文句言われるんじゃないですかね」
気を抜けば滑って転んでしまうのではないかというくらい、ぴかぴかに磨き上げた床を見ながら、清掃スタッフのリーダーが言った。確かに、光の反射によっては、磨かれていないように見えるところがある。
「これ以上はどうしようもないよ。念のためほかの部屋も掃除をして、終わりにしよう」
そのとき、若い男の子がリーダーに近づいてきて、何かを囁いた。
リーダーは、一瞬、怪訝そうな顔をした後、ためらいがちに僕を見た。
「あの……島村さん、こういうこと言うの、どうかと思うんですけど」
「ん? どうしたの?」
「いる、って言ってます。そこに、誰か」

…続きます。

【葬儀業界の怪談を読む】
⇒コンセキノコスナ(1)
⇒コンセキノコスナ(2)
⇒コンセキノコスナ(3)

本連載は、 『業界怪談 中の人だけ知っている』より、一部を抜粋してご紹介しています。

○『業界怪談 中の人だけ知っている』(NHK出版)
編者:NHK『業界怪談 中の人だけ知っている』制作班

怪奇体験から垣間見える、現代社会の実像と歪み――。同書は、2020年からNHKで不定期に放送されている人気番組『業界怪談 中の人だけ知っている』のシリーズ1~シリーズ3から、番組の再現ドラマを参考に、体験者たちひとりひとりに徹底追加取材し、怪談小説として細部にまでこだわって編み上げた全16篇からなる一冊。番組のファンはもちろん、怪談愛好家やホラー好きの人も、リアリティあふれる各業界の怪談小説から、体験者たちの見たもの、聞いたものを緒に感じてみてはいかがでしょうか。Amazonで好評発売中です。