中小企業デットファイナンスの新潮流 第12回 2022年の資金調達環境の概観 創業ファイナンス

リニューアル後の短期集中連載も2年目に入りました。再開に先立ち、過去の記事『東大発ベンチャー現役CFOが教えるデットファイナンス入門』の第21回・第34回・第41回と、『中小企業デットファイナンスの新潮流』の第1回の内容を更新するかたちで、2022年の資金調達環境について創業ファイナンスに焦点を当てて解説します。

【1】新設法人数の推移、【2】ベンチャーキャピタルの投資状況、【3】創業融資の実績の順に、数字を追っていきます。
○【1】新設法人数の推移

新しく設立された法人の数の推移については、東京商工リサーチが毎年発表している「全国新設法人動向」調査にて確認することができます。直近5年の新設法人数を抜き書きすると下記の通りとなります。「株式会社比率」は筆者が計算しました。

2022年の新設法人数は2021年より減少したものの、コロナ禍以前の水準より高い状態を維持しており、新設の株式会社数についても同様のことが言えます。新設法人数に占める株式会社の割合は徐々に減少している傾向が見て取れます。代わりに合同会社の設立が増えており、設立時にエクイティファイナンスを志向しない起業が増えていると想像できます。
○【2】ベンチャーキャピタルの投資状況

2023年11月現在、政府統計ポータルサイトe-Statにはスタートアップ企業への投融資の件数や金額を知ることができる調査結果は掲載されていないように見受けられます。ベンチャーキャピタルの投資件数・投資金額を集計して発表している法人はいくつかあるのですが、本稿では2つ紹介いたします。

一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター(VEC)が毎年発表している「ベンチャーキャピタル等投資動向速報」は、日本に法人格があるベンチャーキャピタル等に対してアンケート調査をして集計されています。速報の後に発行される「ベンチャー白書」には投資動向調査に回答した企業の一覧が掲載されており、一部事業会社が含まれているためタイトルが「ベンチャーキャピタル等」と表記されているのですが、調査対象が明確である点において信頼をおける情報だと捉えています。一方で、回答企業以外の動向は一切分からないため、日本全体の状況を知る用途においては情報が不足しています。直近5年のベンチャー企業への国内件数投資と国内投資金額を拾うと下記の通りとなります。「投資金額/件」は筆者が計算しております。

中期的なトレンドとして、件数の観点ではコロナ禍で投資を手控える動きがあったものの徐々に増加していて、金額の観点においても1件当たりの投資金額の観点においても2021年がピークだった可能性が示唆されますが、コロナ禍前とほぼ変わらない水準に回復したとも言えます。2022年時点でベンチャーキャピタル等投資動向の回答企業に関しては、スタートアップへの投資が全面的に後退した訳ではなさそうです。

株式会社INITIALが公表している「Japan Startup Finance 国内スタートアップ資金調達動向」(2023年11月時点では2023年上半期版の資料が最新です)は、国内のベンチャーキャピタリストに「複数発表されているスタートアップ関連の統計のうち、どの情報が最も実態を反映しているか」を訊ねたとき、真っ先に挙げられることが多いレポートです。数値を取り扱う際の注意点は「データの特性上、調査進行により過去含めて数値が変動する。調査進行による影響は金額が小さい案件ほどうけやすく、特に調達社数が変化しやすい」ことです。2022年のレポートと2023年上半期のレポートを実際に比較すると、例えば2019年の調達社数は2,876社から3,135社にアップデートされています。直近5年の調達社数と資金調達額を列挙すると下記の通りとなります。「投資金額/件」は筆者が計算しております。

社数の観点では、コロナ禍の影響がほぼ無く横ばい状態が続いていて、2021年がピークだったか否かについては2023年のデータを待って判断することになりそうです。金額の観点においても1件当たりの投資金額の観点においても、2020年に1度減りましたが以降は大きく伸びたと言えます。スタートアップへの出資件数はコロナ禍前の2018年がピークだったと数年間主張し続けていたのですが、認識を改めました。

ステージを問わずスタートアップ全体の資金調達状況を集計した結果は上述の通りなのですが、創業間もない企業のエクイティファイナンスについてもINITIALのレポートに記載があるので、抜粋して表にしました。「調達額平均値」は筆者が計算した数値です。

スタートアップ全体の動きとは異なり、設立後1年未満の国内スタートアップに対する出資の件数は一貫して減少しています。調達額の減少ペースが件数の減少ペースよりも遅いため、1社あたりの投資金額が徐々に増えています。投資対象となる企業が厳選される傾向が強まっています。
○【3】創業融資の実績

創業時のデットファイナンスに関する統計も2種類紹介します。

政府系金融機関である株式会社日本政策金融公庫が毎年発行しているパンフレット「日本政策金融公庫のご案内」の中で、創業前及び創業後1年以内の企業に対する融資実績が紹介されています。「金額/先数(百万円)」は筆者が計算しました。

融資先数はコロナ禍前の水準に戻っていません。2020年の危機を絶好のチャンスと捉えて起業のタイミングを前倒しした層が一定数存在して、2021年・2022年は先数が減少したままになったのではないかと仮説を立てております。先数あたりの融資金額も年々減少しており、後述する民間金融機関の融資の数字を2年連続で下回りました。金額面では政府系金融機関も民間金融機関もほぼ差がない状態に収斂してきたと考えております。

民間金融機関が信用保証協会を利用して実行した創業融資の件数と金額は、中小企業庁のWebサイトに掲載されています。「保証実績の公表(信用保証協会別の金融機関別、信用保証協会別、金融機関別)」のページに2018年以降の統計がまとめられていますが、ここでは「信用保証協会別の保証実績」を参照します。オリジナルの資料では保証承諾金額が百万円の単位で集計されていますが、他の情報と比較し易くするために1億円未満を切り捨てております。「金額/件数(百万円)」は筆者が計算しました。

創業融資の保証承諾件数も保証承諾金額も、2020年を除いて着実に増加しています。件数あたりの承諾金額は2020年以降減少傾向にあり、起業に必要な資金量が下がってきていると見做すのか、返済能力の見込みが下がっていると見做すのか、判断が難しいところです。物価高の影響が起業に必要な資金量を押し上げる方向に働くのか、返済能力の見込みを更に下げるのか、注視しようと思っております。

最後に、創業時の資金調達の難易度を類推するため、新設法人のうち出資を受けた企業の比率と融資を受けた企業の比率を試算してみます。

創業後1年の間に出資を受けられる株式会社の比率は年々低下しており、起業直後のエクイティファイナンスの間口が狭まっています。100社に1社という状況です。「投資に値する起業家が減った」という意見がありますが、数字の裏付けを見て取れます。日本政策金融公庫の創業融資を受けた法人の数も減少傾向です。コロナ禍を経て5社に1社から6社に1社という状況に変わりました。申込数が鈍化したと見るのか、審査が厳しくなったと見るのか、判断が分かれそうです。民間金融機関の創業融資は5社に1社の状況に回復したと言えるでしょう。

2023年は物価高の影響が色濃い時期でした。資金調達環境が厳しくなっていると報道されていますが、定量的に見ることが大事だと思っておりますので、来年の夏以降に順次発表される統計を見て、またレポートを書く予定です。

2022年の創業ファイナンスに関する考察は以上です。次回はデットファイナンスに関する公的統計について、さらに深掘りいたします。

→前回連載「東大発ベンチャー現役CFOが教えるデットファイナンス入門」はこちら

千保理 せんぼただし ロンドン日本人学校中学部、東京学芸大学教育学部附属高等学校、東京大学経済学部経済学科を経て、東京大学大学院経済学研究科修士課程企業・市場専攻修了。専門は企業金融(コーポレート・ファイナンス)。生命保険会社のシステム子会社にて勤務した後、東京大学発IT系ベンチャー企業にCFOとして参画し、2022年に独立。未上場企業の融資による資金調達を得意としており、会計ソフトウェア会社やベンチャーキャピタルが主催する起業家向けの財務経理セミナーの講師を務めている。著書(共著)に千保理・滝琢磨・辻岡将基『~事業拡大・設備投資・運転資金の着実な調達~ベンチャー企業が融資を受けるための法務と実務』(第一法規、2019)がある。 この著者の記事一覧はこちら