「水素で走る戦車」韓国ヒョンデが提案 少子化を真剣に考えたら“未来感マシマシ”に!?

韓国で開催された兵器展示会「ソウルADEX」にヒュンダイ・ロテムがデザインした将来戦車の模型が展示されました。映画やアニメなどに出てきそうなSF感満載の外見ですが、そのコンセプトには将来を見据えた危機感が盛り込まれていました。
2023年10月下旬に韓国のソウル近郊で開催された防衛展示会「ソウルADEX」。そこで韓国の防衛企業が展示した戦車の模型が注目を集めました。
出展したのは韓国の防衛企業ヒョンデ(現代)・ロテム。ヒョンデ(以前の日本名はヒュンダイ)というと、一般的には自動車メーカーとしてのイメージが強いですが、グループ企業には自動車だけでなく、さまざまな分野の会社があります。その一つであるヒョンデ・ロテムは重工業を担当し、防衛装備品として韓国の国産戦車であるK1ならびにK2の開発・生産を行っています。
「水素で走る戦車」韓国ヒョンデが提案 少子化を真剣に考えたら…の画像はこちら >>「ソウルADEX」に展示された「Next Gen. MBT」の模型(布留川 司撮影)。
韓国で唯一の戦車メーカーであるヒョンデ・ロテムが展示したこのコンセプトモデルは、「Next Gen. MBT」という名称が付けられていました。日本語に訳すと「次世代主力戦車」という意味になる同車は、車体全体が軍用車両では定番であるオリーブドラブ(濃緑色)の塗装ではなく、スタイリッシュなグレー系で統一され、車体側面にはストライプのグラフィックまで入れられています。
車体や砲塔側面には六角形の形をした装甲板が並べて付けられており、砲塔の主砲と機銃の砲身部分は車体カラーに合わせたカバーまで設置、車体の随所には傾斜したスリット状のものも確認できます。
それは一般の人々が連想する戦車のイメージとはかけ離れたデザインとなっており、全体的に過剰ともいえるデザイン性が採用された外見は、戦場よりも未来世界を扱ったSF作品やゲームの世界の方が似合いそうな感じがします。
この模型は何のために作られたのでしょうか。会場でヒョンデ・ロテムのスタッフに聞いてみました。
展示ブースに居たヒョンデ・ロテムの担当者によると、これは名称の通り「未来の主力戦車」を想定したコンセプトモデルだそうです。海外メディアの一部には、これを韓国陸軍の最新戦車「K2」の後継モデルとして、「K3」の名で紹介するような報道もありますが、担当者いわく「この戦車が、この姿のままで韓国陸軍の次世代戦車になることはないだろう」とのことでした。
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「ソウルADEX」に展示された「Next Gen. MBT」の模型(布留川 司撮影)。
もともと、この「ソウルADEX」やヒョンデ・ロテムに限らず、各種シンポジウムや展示会などで、内外のメーカーが将来の新製品を想定したコンセプトモデルを展示することは、自動車や電化製品を始めとして珍しいことではありません。それらは現実的に製品化できることよりも、開発中の技術や将来の業界の方向性を示すために作られるものであり、注目を集める意味合いから、現在その分野で使われている生産品よりも総じて「尖ったデザイン」になることは往々にしてあり得るといえるでしょう。
この「Next Gen. MBT」でも、模型とともに想定される性能を記したスペックシートが用意されていましたが、それらは現在の戦車よりも「未来に生きている」、すなわち将来戦を想定したものでした。
まず、主砲は現在主流の120mmよりも大口径な130mm砲を採用。副武装は12.7mm重機関銃と、既存のK1やK2といった戦車と同じですが、RCWS(リモート・コントロール・ウェポン・ステーション)によって車内から遠隔操作できるようになっていました。
さらに、より遠距離の目標に対しても攻撃できるよう、砲塔内に収納するポッポアップ・ランチャー形式で対戦車ミサイルまで装備されています。また、これら武装を備えた砲塔は無人化されており、照準と攻撃はAIをベースにした高性能な射撃統制システムによって行われるそうです。
防御面では、装甲板には軽量化されたセラミック系の複合材を採用することで、重量はK2戦車と同等の車重55t以下を想定。加えて、自車に飛んでくる砲弾やミサイルを、散弾を使って物理的に撃ち落とすAPS(アクティブ防護システム)や、ミサイルシーカーに赤外線を照射して誘導できなくするDIRCM(指向性赤外線妨害装置)も搭載することで、よりレベルの高い生残性を発揮できるようにしています。なお、相手側から探知されにくくするための赤外線とレーダーに対する探知低減設計も盛り込まれているとのことでした。
「Next Gen. MBT」のスペックは、コンセプトモデルゆえに「てんこ盛り」「全部マシマシ系」といえるような豪勢なもので、戦車に詳しいマニアや、実際に軍隊などで戦車に関わっている人たちからすると、ツッコミどころが多いかもしれません。しかし、よく見るとこのコンセプトモデルが示す技術の方向性は、韓国だけでなく先進国の軍隊すべてが抱える問題に対応したものといえそうなのです。
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韓国初の国産戦車「K1」。自動装てん装置がないため、乗員は4名(画像:大韓民国国防部)。
なかでも「Next Gen. MBT」で革新的なポイントは、新しい方式のエンジンと省人化です。
まず、エンジンについてですが、この戦車のパワーユニットは、従来の化石燃料で動くものではなく、水素燃料電池をベースとした電動推進式です。
兵器の電動化は、内燃機関の廃止による低視認性(エンジン排熱の低減で敵に見つかりにくくなる)などから注目されており、技術開発自体は我が国含め先進国では進められています。ただ、その際の電源については、電気自動車のようなバッテリー充電式は充電時間の問題やバッテリー重量の問題から現実的ではありません。そこで、代わりに注目されているのが、このコンセプトモデルにあるような水素ベースの燃料電池なのです。
現在、車を含めたさまざまなモビリティーで電動化が進んでおり、軍事の世界にまでそれが波及するかは現時点では不明ですが、脱化石燃料が世界的に進んだ場合、軍用車両でもコスト面などの問題から新しい方式への切り換えを迫られる可能性は充分にあります。
省人化については、この「Next Gen. MBT」が想定している乗員数は3名ないし2名と、現在の主力戦車よりも少なくなっています。それどころか、オプション機能として乗員を必要としない無人運用まで想定しているそうです。
現在の戦車は、車長、砲手、装填手、操縦手の4名、もしくは韓国製K2戦車や我が国の10式戦車のように自動装填装置ありであれば装填手抜きの3名で運用されています。これを「Next Gen. MBT」の場合は、自動化やAI制御を活用して削減することを目指しています。
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韓国最新の国産戦車「K2」。ポーランドへ輸出成功したことなどでも話題に(画像:大韓民国国防部)。
もちろん、戦闘車両の無人化運用は、現在の最新技術をもってしても簡単に実現できることではありません。ヒョンデ・ロテムの担当者も仮定の話と断ったうえで「このコンセプトモデルのような少人数の戦車が採用された場合は、軍側も戦車の運用方法を大きく見直さなければならないだろう」と言っていました。
一方で、現在の韓国の少子化は深刻で、徴兵制によって兵員数を確保している同軍でも将来の人員数の低減は避けては通れない問題です。ゆえに、兵器の無人化などでこれに対応しようとしている模様です。ある韓国の防衛企業の関係者は「現在の韓国防衛産業では、省人化や自動化は想定しなければならない必須の技術です」と筆者(布留川 司:ルポライター・カメラマン)に語ってくれたほどで、この省人化は程度の差こそあれ、目を逸らすことのできない課題といえるでしょう。
「Next Gen. MBT」で提示された性能はやや突飛な印象があるかもしれませんが、それが目指す方向は韓国軍や将来の世相を反映したものであり、今後開発されるであろう未来兵器の方向性を示したものであると感じました。