37歳の男性芸人が19歳の女性タレントとの結婚を発表しました。芸能界では年の差婚は珍しくありませんが、10代での結婚は珍しい。何があったか外野にはわかりませんが、それもまた結婚のタイミングだよね……と思っていたところ、SNSでこのカップルへのバッシングが始まったのです。女性が13歳の時に知り合ったことから、その頃から交際していたのではないか、グルーミング(性加害者が狙いを定めたターゲットと信頼関係を結ぶために優しくすること)だという意見が噴出したのです。
○年の差婚をした男性芸人へのバッシングで浮かんだ、佐藤愛子の名言「いちいちうるせぇよ」
2人のことを全く知らず、性犯罪の証拠もないのにそう断じてしまう醜悪さもさることながら、私が心の底から嫌だと思ったのは、そういう人たちが「心配している」というスタンスを取っていたことなのです。10代の少女との結婚をなんだかなと思う気持ちはわからないでもありませんし、そう感じること自体はNGでもなんでもない。しかし、それをそのまま書き込んでしまうと自分がひどい人だと思われるから、「こんな理由で、この結婚がヤバいのだ」「少女のためにならないから」と正義感や親切心を装うことに嫌悪があったのです。心配と言っていいのは、その人が困っている時にお金や食べ物、住む場所を差し出す覚悟がある人だけではないかと私は思います。
そして、次の瞬間浮かんだのが、直木賞作家・佐藤愛子センセイの名言「いちいちうるせぇよ」なのでした。これは2016年8月18・25日号「女性セブン」(小学館)に掲載されたセンセイのお言葉。同誌のインタビューに対し、愛子センセイは「いまの世の中を一言で言えば『いちいちうるせえな』、これに尽きますよ」とお答えになり、この発言を「女性セブン」が公式X(旧ツイッター)で発信したところ、2万6千以上のリツイート、2万3千以上のいいね!がおされたそうです。
超簡単にふり返る、愛子センセイの波乱万丈人生
今年めでたく100歳をお迎えになった愛子センセイですが、その人生は波乱に富んでいます。小説家・佐藤紅緑を父に持ち、「リンゴの唄」の作詞家として知られるサトウハチローを兄に持つ愛子センセイですが、ハチロー氏は異母兄に当たります。妻子がありながら、紅緑センセイは30歳年下の女優・三笠万里子を強引に自分のものにしてしまうのです。その結果生まれたのが、愛子センセイです。ハチロー氏ら先妻の子たちから見れば、後妻は自分の母親を追い詰めた人。思春期の少年の心はどれほど傷ついたことでしょう。その結果、ハチロー氏ら異母兄は破滅的な生き方をすることになります。このあたりは「血脈」(文春文庫)に詳しいので、ご興味ある方はどうぞ。
一方の愛子センセイですが、軍医と結婚しますが、夫は戦争中に治療でモルヒネを使用したことから依存症となってしまい、お子さんをおいて離婚することになります。「書くこと」を自活の手段にしようと思った愛子センセイは「文芸首都」で田畑麦彦と出会い、結婚します。田畑氏は新人賞をもらったかけだしの小説家であり、会社を経営していましたが、経営者としてのセンスはなかったようで、会社は倒産。夫は借金が愛子センセイに及ばないように偽装離婚を持ちかけますが、離婚したところすぐに別の女性と結婚してしまいます。そんなこととは知らない愛子センセイは、夫の借金3500万を肩代わりし、せっせと仕事をしては元夫にお金を渡してしまいます。夫の社会的信用は地に堕ちますが、この時、愛子センセイは小説家として徐々に上り坂、芥川賞、直木賞候補にノミネートされるなどブレイクの兆しがありましたが、まだ完全な売れっ子ではなかったそうです。編集者から勧められて、この倒産劇を描いた「戦いすんで日が暮れて」(講談社文庫)で直木賞を受賞します。人気作家となった余韻にひたる間もなく、借金返済のため、講演会、テレビのコメンテーター、小説と寝る間を惜しんで馬車馬のように働く間に愛子センセイの40代は過ぎて行ったそうです。
○「正々堂々と生きていきたいというのは、いつも思っていること」
夫の会社がつぶれたとしても、本来なら妻である愛子センセイに返済義務はありません。センセイは騙されたわけではなく、自分から借金を背負った。その理由について、愛子センセイは2016年11月10日放送「直撃LIVEグッディ」(フジテレビ系)において、「お金を借りて返さない方が悪いに決まってるじゃないですか。私が一番嫌だったのはね、借金を払わずに逃げるでしょ。そうして街を歩いていたら、電車に借金取りが乗っていたり、道で歩いてきたのと出くわすと、ちょっと逃げるじゃないですか。そういうふうに暮らすのが嫌だという。正々堂々と生きていきたいというのは、いつも思っていることなんですね」と説明しています。つまり、愛子センセイの中には、自分の中にある善悪の基準に従ったということでしょう。
愛子センセイご自身も多くのインタビューで「私のように生きたら、人生ろくでもないことになる」とおっしゃっているように、愛子センセイの生き方は無鉄砲というか破天荒です。借金を甘く見てはいけませんし、一歩間違えればクビをくくる……なんてことにもなりかねませんから、返す見込みのない借金をするのはおすすめしません。フツウの人ならダメになるところをバネに、作家として一皮も二皮も剥けるあたりが、愛子センセイの才能なのでしょう。凡人は軽々しく真似してはいけないと思いますが、愛子センセイのように、自分の中にはっきりした基準がある人というのは、よく知らない人に何か言われても「いちいち、うるせぇよ」と言える気がします。他人のSNSを見て落ち込んでしまう人は、生活をキラキラさせる前に「自分が何が好きで、何が嫌か」をはっきりさせるといいのかもしれません。
仁科友里 にしなゆり 会社員を経てフリーライターに。OL生活を綴ったブログが注目を集め『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。「間違いだらけの婚活にサヨナラ」(主婦と生活社) が異例の婚活本として話題に。「週刊女性PRIME」にて「ヤバ女列伝」、「現代ビジネス」にて「カサンドラな妻たち」連載中。Twitterアカウント @_nishinayuri この著者の記事一覧はこちら