「海賊だーー!」自衛隊は攻撃できる? テロリスト相手だと“判断”が異なるワケ

インド洋の西端、紅海で武装勢力の襲撃を受けた民間タンカーを助けるため、海上自衛隊の護衛艦と哨戒機が駆け付けました。専守防衛の自衛隊が外国の民間船襲う海賊などに対処できるのでしょうか。
2023年11月27日、中東のイエメン沖を航行していた民間タンカー「セントラル・パーク」号が、武装勢力による襲撃を受けました。
これを受けて、付近を航行していたアメリカ海軍の駆逐艦「メイソン」、および海上自衛隊の護衛艦「あけぼの」と対潜哨戒機「P-3C」が現場に急行し対応にあたった結果、襲撃犯は逃走し、その後アメリカ海軍によって身柄を拘束されています。
「海賊だーー!」自衛隊は攻撃できる? テロリスト相手だと“判…の画像はこちら >>ソマリア沖、アデン湾で並走する護衛艦「あけぼの」(右手前)とアメリカ海軍の駆逐艦「メイソン」(画像:海上自衛隊)。
当初、襲撃を受けた「セントラル・パーク」号がイスラエル企業と関係していることから、イエメンの反政府武装勢力「フーシ派」の仕業ではないかと考えられていました。しかし、アメリカ軍の分析では、ソマリア人海賊によるものではないかとの見解が示されています。なお、この襲撃に連携したものかは不明ですが、護衛艦「あけぼの」から18km離れた水域に、フーシ派が発射した弾道ミサイルが2発着弾していたことも明らかにされています。
このように現在、中東海域では緊張度合いが日々高まりつつあります。これに対して、海上自衛隊では、ソマリア沖の海賊対処に加え、主にイランによると思われる民間船舶への航行妨害などに対応するため、護衛艦1隻と対潜哨戒機2機をアフリカ東部のジブチに展開させています。
それでは、もし今後、中東海域でフーシ派によるものと思われる同様の事案が発生した場合、自衛隊はどのように対応することができるのでしょうか。
まず考えられるのは、「海賊対処行動」です。海賊対処行動とは、海上(他国の領海は除く)を航行中の船舶を襲撃して、運航を支配したり、財物などを奪ったりする「海賊行為」(海賊対処法第2条)に対処するというものです。先述した「あけぼの」も、もとはといえばソマリア沖での海賊行為に対応する、いわゆる「海賊対処行動」のためにこの地域に展開しています。
ここがポイントですが、海賊対処行動の場合、海賊行為の被害を受けている船舶であれば、日本船籍に限らず、どの国の船舶であっても助けることができます。また、警察官職務執行法第7条の規定を準用しているため、襲撃を受けている船舶を助けるために、護衛艦およびその乗員は武器を使用することができます。さらに、当該船舶が海賊の乗る小型船などによる追跡を受けている段階であっても、これに対応することができます。
というのも、先に紹介した海賊対処法第2条の規定には、対象船舶を奪取するなどの目的をもって「航行中の他の船舶に著しく接近し、若しくはつきまとい、又はその進行を妨げる行為」も、海賊行為と定義しているからです。この場合、制止してもなお追跡を続ける場合は、船の進行を停止させるために武器を使うことができます(海賊対処法第6条)。これは「停船射撃」と呼ばれる行為です。
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アメリカ海軍の駆逐艦「メイソン」(画像:アメリカ海軍)。
ただし、海賊対処行動に関しては、対象となる行為が「私的目的」によるものに限定されているという点が問題となります。そもそも、海賊行為については国際法、具体的には国連海洋法条約第101条において「私有の船舶又は航空機の乗組員又は旅客が私的目的のために行うすべての不法な暴力行為、抑留又は略奪行為」と定義されています。これは、「私人」が「私的目的」のために行うもので、これは海賊対処法で規定されている海賊行為についても同様だといえるでしょう。
この私的目的については、その範囲に関して国際法の学説上大きな議論があります。とくに、フーシ派のような一定の勢力を有する反政府武装集団による行為をどう取り扱うのかについては、とくに議論があるところです。
したがって、もし護衛艦の近傍でフーシ派による襲撃が発生した場合には、これを海賊行為とみなすべきかどうかの判断を迫られることになります。そうした場合には、とりあえずこれを海賊行為とみなしたうえで対処するという方法も、選択肢の一つとして残しておくべきと筆者(稲葉義泰:軍事ライター)は考えます。
もう1つは、「海上警備行動」による対処です。海上警備行動とは、「海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合」(自衛隊法第82条)に、自衛隊の部隊によって行われるものです。
基本的に、海上の治安維持は海上保安庁の仕事ですが、現場海域が遠く離れているとか、または相手が重武装であるとかで、同庁による対応が困難な場合もあり得ます。そうした際に、自衛隊が海上保安庁の仕事を肩代わりするのが、海上警備行動です。
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インド洋でスリランカ海軍と共同訓練を行う海上自衛隊のP-3C哨戒機(画像:海上自衛隊)。
ただ、海上警備行動の場合、海賊対処行動と比べていくつかの制約があります。まず、助けることができる船舶が限定されます。自衛隊法第82条にある「海上における人命もしくは財産」とは、基本的に日本人や日本に関連するものを指しています。そのため、海上警備行動において保護されるのは、1、日本籍船2、日本人が乗船する外国籍船3、日本の船舶運航事業者が運航する外国籍船または日本の積荷を輸送している外国籍船であって、日本国民の安定的な経済活動にとって重要な船舶という3種類の船舶に限定されています。ちなみに、これらは「日本関係船舶」と呼ばれます。
さらに、武器使用ができる状況も異なります。海賊対処行動であれば、制止に従わない船が他の船を追跡するような状況では、これを止めさせるための停船射撃を行うことができます。
しかし、これは海賊対処法特有の規定であるため、単に警察官職務執行法第7条の準用にとどまる海上警備行動の場合には、こうした形での武器使用を行うことが難しいのです。また、武器使用など一定の実力を行使してまで防護できるのは、先ほど紹介した船舶のうち、「1」の日本籍船に限定されるというのが日本政府の見解です。
今後、海上自衛隊の護衛艦がいかなる事態に対処するのかはわかりませんが、このように「海賊対処行動」「海上警備行動」いずれのパターンでも複数の対応策があるため、状況に応じてさまざまな手段を講じることが可能です。
ただ、最善なのはそういった事案がないこと。「フーシ派」を含め武装組織による襲撃など起こらないことを筆者は願って止みません。