アメリカの虎の子?「ヴァージニア級原潜」が世界の抑止力のカギになる理由 就役もう21隻目

アメリカが数十年先まで見据えて建造に力を入れるヴァージニア級原子力潜水艦。オーストラリアに輸出も決まった同艦は、「アメリカの虎の子」だけにとどまらず世界の軍事バランスにとって重要な存在になるかもしれません。
アメリカ海軍のヴァージニア級原子力潜水艦の21隻目となる「ハイマン・G・リッコーヴァー」が、2023年10月14日に就役しました。同級は弾道ミサイルなどを搭載しない、いわゆる攻撃型(SSN)に分類される原子力潜水艦です。
アメリカ海軍は、同級を地域紛争などで対艦・対地攻撃や敵地に進入する特殊部隊の運搬といった多様な任務に用いることを想定しているため、最も力を入れて建造を進めている艦種のひとつでもあります。
最近ではオーストラリアへの輸出も決定し、隻数だけでなく重要性も増すばかりのヴァージニア級。今後、アメリカの国家戦略において重要な役割を演じることになるであろう、この潜水艦はどのようにして生まれ、どれくらい造られる予定なのでしょうか。
アメリカの虎の子?「ヴァージニア級原潜」が世界の抑止力のカギ…の画像はこちら >>2023年10月14日、コネチカット州グロトンのニューロンドン海軍潜水艦基地で就役式典を迎えた「ハイマン・G・リッコーヴァー」(画像:アメリカ海軍)。
ヴァージニア級の建造が始まったのは2000(平成12)年からです。魚雷発射管の他に巡航ミサイル「トマホーク」のVLS(垂直発射機)モジュールも備えているのが特徴で、前出の「ハイマン・G・リッコーヴァー」を含むブロックIVまでは12基の「トマホーク」発射モジュールを搭載しています.
ただ、すでに建造に入っているブロックVでは、船体を延長してその発射モジュールが40基まで増やされています。
アメリカ海軍はブロックVまで総計34隻を就役させる予定で、将来はブロックVIとVIIを加えた49隻まで増やす計画です。
さらに現在、ヴァージニア級の後継としてSSN(X)計画が進行中です。SSN(X)は2024年までに仕様をまとめ、2034年までには建造を開始する計画です。このスケジュールが順調に進めば、ヴァージニア級の最終艦に続いて2043年には1番艦が就役する予定で、21世半ばからのアメリカ海軍における攻撃型原潜はヴァージニア級とSSN(X)の二本立てになっているでしょう。
このように、アメリカ海軍の攻撃型原潜の中核を担うことになるヴァージニア級は、当然ながら先進的な兵装を目指しています。
海軍がアメリカ陸軍と共同で開発中の長距離極超音速兵器LRHW、計画名「ダーク・イーグル」は射程2875km、マッハ17という高性能を誇るミサイルです。アメリカ海軍はこれをまずズムウォルト級ミサイル駆逐艦に導入し、2028年にはヴァージニア級原潜のブロックVに搭載する予定としています。
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2023年3月、フロリダ州ケープカナベラル宇宙軍基地で試射の準備を行う長距離極超音速兵器「ダーク・イーグル」(画像:アメリカ陸軍)。
ところが、この「ダーク・イーグル」が試射で当初の性能を達成したのは2回のみだとか。今年(2023年)3月には失敗、それから半年後の9月7日にはトラブルで試射そのものが中止になっており、実用化には問題が残されています。
加えて、ヴァージニア級には「ダーク・イーグル」の他に、高エネルギー・レーザー兵器が搭載される計画もあります。このレーザー兵器は2022年8月にロッキード・マーチン社が開発した「ヘリオス」で、海軍に納入された後、まずは水上艦の近接防御兵器としてイージス艦に搭載されることになっています。
ただ、レーザーは水中では拡散してしまうため、水上艦と同じように潜水艦に搭載できるわけではありません。装備するなら潜望鏡と共にセイル(司令塔)に設置するなど、実際の運用までには解決しなければならない課題は多い模様です。
一方で、膨大な電力を必要とするレーザー兵器は原子炉が動力の原潜にはうってつけの兵器という意見もあることから、「ダーク・イーグル」と共にアメリカ原潜の将来を担う兵器となる可能性は多分にあります。
冒頭に記したように、ヴァージニア級はオーストラリアに売却されることが今年(2023年)3月に発表されました。これはAUKUS(豪英米三国軍事同盟)が行う安全保障の一環です。同盟国相手とはいえ、アメリカが原潜を輸出するのはこれが史上初めてのことになります。
発表時の報道では、売却する数は3隻で、それらに加えて2隻が追加発注できる契約内容でした。その後、11月17日の海外ニュースではさらに具体的な内容が明らかになり、建造中のブロックIVのうち2隻を2032年と2035年に、そして残る1隻については最終型のブロックVIIが2038年に納入されるそうです。
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2004年10月23日に就役したヴァージニア級原子力潜水艦の1番艦「ヴァージニア」(画像:アメリカ海軍)。
その一方で、現在オーストラリアがイギリスと共同開発している「SSN-AUKUS」攻撃型原潜は2040年代初頭に納入予定で、もしこの計画が遅れたらヴァージニア級2隻が追加発注されることになります。
ヴァージニア級の取得は「SSN-AUKUS」就役までのつなぎであると共に、オーストラリア海軍が攻撃型原潜の運用に習熟する目的も兼ねています。将来的にはこれらの艦をもって英米豪がインド・太平洋海域の防衛に当たることになる構図が予想されます。
アメリカを含むNATO(北大西洋条約機構)諸国による「核シェアリアング」協定は、核兵器の運用において、核を保有していない国も協力するというものですが、この協定では航空機搭載型の爆弾や基地発射型の弾道ミサイルの運用が想定されています。
トマホークには射程2500kmの核弾頭タイプ(長崎型原爆の4分の1~100倍のものまで選択可能)があり、当然これらの運用にヴァージニア級が使用されることが考えられます。将来、オーストラリアがアメリカと核シェアリングするかは分かりませんが、ヴァージニア級の導入はその道につながっているとみられます。
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2015年8月に就役したヴァージニア級「ジョン・ウォーナー」。手前の開いたハッチの部分がトマホークの発射用モジュール(画像:アメリカ海軍)。
日本においても1970年代に、海上自衛隊による戦略ミサイル型原潜(SSBN)の保有が議論されたことがあります。もし今後、当時の議論が復活し、現在の日本が核シェアリングするならヴァージニア級が有力な候補になる可能性は高いでしょう。
秘匿性の高い潜水艦はイージス艦などの水上艦艇よりも敵地に近づけるため、巡航ミサイルを搭載すればより内陸部の敵基地を攻撃できます。そのため核保有国だけでなく、北朝鮮や韓国も誘導ミサイル発射型潜水艦の開発や導入を計画しており、2019年には文 在寅(ムン ジェイン)政権当時の韓国がロサンゼルス級攻撃型原潜の購入をアメリカに打診して断られた経緯があります。
強力な敵基地攻撃能力を持つヴァージニア級は、将来のアメリカ海軍の潜水艦戦力の要であるだけでなく、各国による核シェアリングの可能性につながる「鍵」になる素養も秘めています。予断を許さない現在の世界の軍事バランス、日本にとっても他人事ではない集団安全保障問題を考えるうえで、無視できない存在となっていくかもしれません。