〈広域強盗団の“お嬢様”に実刑判決〉名士の家庭で育った元ミスキャン美大生はなぜ“詐欺グループ”に堕ちたのか…逮捕後に共犯者との子どもを出産、ボランティア中も服役へ…法廷でみせた素顔とは

フィリピンの入国管理局ビクータン収容所に収監中だった男たちが指示役となり、日本国内の実行犯たちに指示・指令を出していたとされる一連の連続強盗事件。露木康浩警察庁長官は2月の記者会見で、渡辺優樹被告(39)ら主要メンバーが関わった事件の被害総額は60億円にも上るとも明かしている。この組織犯罪の末端にいたのは『闇バイト』に応募してきた若者たちだった。
2018年に大学のミスコンにも出場した経験があり、今回の一連の報道においても、一部ではその美貌に注目が集まっていた熊井ひとみ被告(26)に窃盗罪で実刑判決が下された。
東京地裁
東京地裁は12月7日、高齢者2人を騙し、現金約410万円を引き出したとして、熊井被告に懲役2年の実刑判決を言い渡した。司法担当記者が解説する。「熊井被告はフィリピンで詐欺の電話をする『かけ子』として、組織の犯罪行為に加担していました。今年5月の強制送還時には、共犯者で恋人の藤田海里被告(24)との子どもを妊娠しており、警視庁に逮捕されるもすぐに保釈されて出産。在宅で捜査を受けて裁判にも自宅から通って臨んでいました。一連の罪を認め、現在は老人ホームでのボランティアをしているという熊井被告の弁護側は、子育てもあることから実刑判決を回避しようとしましたが、叶いませんでした。判決が確定したら生後間もない子どもと離れ、刑務所で服役することになります」安易な気持ちで闇バイトに応募し、刑務所行きとなった熊井被告の人生について振り返る。熊井被告は東京都三鷹市出身。祖父は県議会議員を長年勤めるなどした名士で家庭環境には恵まれていた。地元の小中学校を卒業し、千代田区の高校に進学。高校卒業後は2年間の浪人を経て多摩美術大学に進学した。「各大学の1年生が参加するフレッシュキャンパスコンテストに出場し、ファイナリストまで進みました。当時流行していた配信アプリでのライバー活動で投げ銭をもらったり、フォトスタジオでモデルの仕事をしたりと、その容姿をいかして少なくない金額を稼いでいた。友人らによると、ミスコン出場後から身につけるバッグやアクセサリーなどがどんどん高価になって垢抜けていったといいます」(前述の司法担当記者)
熊井被告(フレッシュキャンパスコンテストHPより ※現在は削除)
だが、一見、華やかに見えた生活は長くは続かず、転落のきっかけとなったのもこのミスコンだった。熊井被告はここで知り合った知人から“海外の短期アルバイト”に誘われた。これが闇バイトで熊井被告の人生を大きく変えることになる。「電話をかける仕事」と言われて「大丈夫なやつ?」と確認したが、知人から「父親の事業の関係」と答えられ、渡航を決断したという。
2019年10月22日に、熊井被告はフィリピンに渡航した。到着した翌朝、“詐欺マニュアル”を渡されて、この短期アルバイトが闇バイトの「かけ子」だとわかったという熊井被告。しかし、これまでの法廷での熊井被告の証言などによると、組織全体の“ボス”である渡辺被告らに脅迫され、やらざるを得ない状況にあったという。
渡辺被告(写真/共同通信社)
「実家の住所を知っている、自分たちは日本の警察ともつながっているから、脱走して被害届を出しても取り消されると言われ、逃げようとしたメンバーがタバコの火を押しつけられたり、ビール瓶で殴られたりする動画も見せられた。ボスである渡辺被告から直接脅された人はまわりにいなかったが、恐怖だった」(法廷での熊井被告の証言要旨)また、法廷では組織の詳細も判明した。「各メンバーの役割はチームリーダーのもと、『1線』『2線』『3線』と分担されていて、熊井被告はA箱というチームで一番下っ端がやる1線を担当していました。警察官などを語り、高齢者がどの金融機関のキャッシュカードを持っているかといった基礎情報を聞き出す担当です。まずは口座が不正に残高照会されているなどと高齢者をひとまず騙す。うまく騙せたら2線に引き継ぎます。2線は財務局職員などを語り、さらに踏み込んだ話を持ちかける。そして3線が日本にいる共犯者に具体的な犯行の指示をします」(前述の司法担当記者)このような1線の犯行を担った熊井被告は冒頭のように2件の窃盗罪で起訴されていた。起訴状によると、熊井被告は他の共犯者らとともに、2019年11月13日、渋谷区在住のAさん(当時65)から350万円以上をだまし盗っていた。「Aさんのもとに警察官などを名乗る人間から、『Aさん名義の口座が不正に残高照会されているので、口座が悪用されていないか調べるため、キャッシュカードを封筒に入れて保管する必要がある。財務局職員が訪問する』などと電話があった。その日のうちに財務局職員になりすました日本国内にいた共犯者の男が自宅を訪問し、キャッシュカードが5枚入った封筒をAさんが目を離した隙に、別の封筒とすり替えた。そしてその日のうちに、男は口座から計350万9000円を引き出したんです。さらにこの男は同じ手口で同日、足立区のBさん(当時76)からも63万3000円を盗んでいた。2人あわせて414万2000円です」(同)
グループ幹部の今村磨人被告
このような犯罪に加担していた熊井被告ら末端の取り分はというと……。「取り分は1線などの末端は5%。この2件は熊井被告が直接担当したわけではありませんが、合わせて400万円以上の被害額なので、5%でも担当者の取り分は20万円以上になります。こういった犯罪行為を熊井被告は日本から遠く離れたフィリピンで繰り返していた」(同)
今年11月から行われていた裁判で「詐欺とわかりながら脅されて逃げられなかった」と情状に訴えた熊井被告。しかし、検察側は熊井被告をかわいそうな闇バイトの末端とは捉えずに、自主的に詐欺行為に加担していた側面を強調した。「まさにAさんとBさんが騙された2019年11月13日に、詐欺拠点がフィリピン当局に摘発され30人以上が連行されています。このときはうまく逃れた熊井被告でしたが、現地で知り合い、交際していた藤田被告とともに、フィリピン国内を転々としながら、かけ子を続けていたんです。本当に逃げようと思えば、監視もなかったのだから逃げられたのではないかと指摘された熊井被告は唯一、証言を拒んでいます」
フィリピンで拘束された熊井被告
組織の摘発後にもかけ子を続けていた上、詐欺メンバーとセブ島に旅行に行ったり、食事を楽しんだりしていたと検察は指摘。「脅されて辞められなかった」という熊井被告の主張について「被告人が本件組織から脱退し得ないほどに切迫した状況にあったなどとは到底認められない」と検察は切り捨てていた。さらに検察は「本件は高齢の被害者らが懸命に貯蓄した老後の資金を奪い、将来に対する不安等、精神的苦痛をも与えたものであり結果は重大。動機は高額な報酬を得る点にあったと認められ、その私利的かつ身勝手な動機に酌量の余地はない」と指摘し、懲役4年を求刑した。そして地裁は2年としたものの実刑判決を言い渡したのだ。「熊井被告はボランティアを続けながら、Aさんにも被害弁済をしていくと誓っていました。そして藤田被告と結婚して子育てをする未来を描いている。一方の藤田被告も、Aさんへの弁済を誓っています。ずっと留置施設におり子どもの姿をいまだ見られていない藤田被告ですが、罪を償ってから熊井被告と入籍し、子育てをしていきたいと希望しています」12月7日には藤田被告にも懲役2年の実刑判決がくだった。安易な闇バイトへの参加は、2人の生まれたばかりの子どもにもつらく大きな枷を強いることとなった。取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班