〈木原事件・捜査再開〉「納骨はせず弟の骨は今も実家にある」「弟の妻は葬儀にもこなかった…」不審死を遂げた安田種雄さんの姉が告白「父も母もこのまま辛い気持ちのままで余生を過ごしてほしくないんです」

17年前に警視庁が自殺で処理した安田種雄さん(当時28歳)の不審死を巡り、異例ともいえる再々捜査が始まった。2018年にコールドケース(未解決事件)として掘り起こされるはずだった真相は当時、“政治的圧力”で再び厚い氷に閉じ込められた。「三度目の正直」に賭ける遺族の思いを、長姉に聞いた(前編からの続き)。
2006年4月10日未明、東京都文京区の自宅居間で首から出血した状態で倒れていた安田種雄さんの死因は司法解剖の結果、失血死と判明、近くには血のついたナイフが転がっていた。しかし、体内から致死量に及ぶ覚醒剤が検出されたことから、警視庁は覚醒剤を乱用した末に精神錯乱を起こし、自らナイフで首を刺した「自殺」と判断。このころ種雄さん夫婦は離婚寸前で、妻のX子さんは二人の子どもを連れてY氏という男性と暮らしていたが、事件前日に自宅に戻っていたという。長姉が振り返る。
当時種雄さんがX子さんと住んでいた一軒家
「やっぱり、X子が隣の部屋にいて、異変に気づかずに寝ていたという話は、ちょっと信じがたいです。いろいろ“疑惑”はずっと残ってます。彼らの態度もそうです。母が大塚警察署でX子の親族が署員と談笑していたのを見てすごく驚いて、ショックを受けていました」ブランド物やおしゃれが好きな若い普通の女の子に見えたX子さんとは事件後、一度も顔をあわせていない。種雄さんとの間の二人の子どもとも、以降は会ったことがないという。X子さんは遺体の引き取りも拒否し、葬儀にも姿を見せなかった。X子さんが種雄さんの元を離れてから身を寄せていた不倫相手のY氏とは、もともとフリーマーケットで知り合い、種雄さんも親しくしていた時期があったという。「Yという人の存在は父も母も知っていたし、私も何となくは知っていました。X子と不倫関係にあって離婚話が浮上したり、YのところにいるX子と子ども二人を連れ戻しに行くという話は、父母や妹も聞いていたはずです。でも実は、離婚話はそれよりだいぶ以前にもあったんです。上の子が生まれて1歳にもなっていなかったころだと記憶していますが、同じような原因で離婚話が浮上したけど、子どもがまだ小さいこともあって、話し合いで元サヤに収まった形でしたね」
安田種雄さん(遺族提供)
しかし、死因が何であれX子さんはなぜ、二人の子どもの父親でもある夫の葬儀に顔も見せなかったのか。X子さんも間違いなく「遺族」のはずだ。「葬儀ぐらいなんで来ないんだろうという疑問はありました。両親は孫たちをすごくかわいがってたので、やっぱり会いたいじゃないですか。自分の孫たちに、自分の息子である父親を、きちんと見送ってあげてほしいっていう気持ちがある。疑惑というより、なんで子どもたちを連れて来ないんだろうっていう気持ちのほうが強かったと思います。子どもたちにとって種雄は父親ですから、その葬儀に来させないのはひどいですよね」
しかし、X子さんは安田家との関係を断絶、以降は連絡を取り合うことも一切なくなった。そして暦がひと回り過ぎた2018年、警視庁の担当者から突然、再捜査の連絡があった。この間、X子さんはクラブホステス時代に知り合った木原誠二衆院議員と結婚、さらに2子をもうけていた。だが、「今度こそ」の遺族の願いも虚しく、捜査はあっという間に沙汰止みになった。28歳で絶命した種雄さんの妻だったX子さんは、「有力政治家の妻」にステップアップしていた。
木原誠二衆院議員(写真/共同通信社)
「木原さんが圧力かけたとか、そういった話はそのときは出てないですね。ただ、木原さんの存在は聞いていたので『真相はどうなんだろうね』とは考えますよね。前回のこともありますし。そうしたら、2018年の11月ごろだったか年末だったか、『担当者が異動したので年明けに新しい遺族担当が挨拶に来ます』と連絡があり、警察に呼ばれたのは翌2019年の5月でした。このときは『体制は縮小しますけれども捜査はまだまだ続けます』という話でしたが、それから今回の文春さんの記事が出るまでは、もうそのままだったので。なので、私たちは『またなんだな』『やっぱりな』と、だったら再捜査なんてしてくれなくてよかったのにって気持ちになりました。これだけ傷を掘り起こされて、期待させて、また落とされてって。まあ、警察の方は悪くないんでしょうけど」そして今回、週刊文春の報道がきっかけで、世論に押されるような形も相まって、再々捜査が始まった。「正直、私たちはすごく不思議な気持ちなんですよね。2006年に、本当に一旦諦めたんで。それが2018年に再捜査っていう話自体も、いまだに不思議で。事件から12年後にもう一回その事件が目に留まって、もう一回捜査をしてくれるっていうことが、不思議で不思議で。でも、そこからさらに落とされて、本当にもう諦めたんですよ。ですが今回、文春さんの記事でこれだけのことが世間に晒されることになったので。もうね、文春さんにもですけど、何よりも、佐藤誠さん(X子さんの取調官を務めた元警部補)が証言してくださったことはものすごく大きくて」
大塚警察署(撮影/集英社オンライン)
被疑者不詳の殺人事件として告訴したのも、そうして巡ってきた最後のチャンスに賭ける気持ちが強いからだ。真実を閉じようとした蓋は17年の歳月を耐えかね、いまや朽ち果てる寸前だ。「もう私たちだけの問題じゃなくて、社会的な問題になってる部分もありますよね。なので、半ば使命のような『ちゃんとやらなきゃな』という気持ちです。せっかくこういう機会を与えてもらったので、私たちもちゃんと覚悟して、どういう結果になるかはわからないけれども、みんなが望む結果になる、そういう風にただ信じて。できることを一生懸命やろうと思ってます」種雄さんの遺骨は、まだお墓に納骨せずに母親が手元に置いているという。「冷たい土の中に、息子を置き去りにするのは耐えられないという気持ちなんだと思います。母は『私が死んだら、一緒に墓に入れてほしい』と言っています。父も母ももう歳なんですけど、このまま真相が明らかにならずに死んでいくのは、やっぱり悔しいと思うんですよね。この17年間、弟がいなくなったことでずっと苦しんできた。それはこの先も変わらないけれど、せめて、せめてその心のつっかえを外して、この先何年生きるかわからないですけど、残りの人生をちょっとでも肩の力を抜いて、生きてほしいなって、娘の私からそう思います。本当に、このまま辛い気持ちのままで残りの余生を過ごすのではなくって。犯人、捕まってほしいですね」28歳の青年の魂は、まだ彷徨っている。
取材に応じる種雄さんの姉
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班