行政代執行法に基づく代執行と違って、地方自治法による代執行は全国どこにも例がない。 県に任された事務を県に代わって国が行う代執行は、運用次第では自治を侵害する劇薬になるからだ。 玉城デニー知事が「承認は困難」とのコメントを発表したことで、斉藤鉄夫国土交通相は28日にも設計変更申請を承認する。 司法のお墨付きを得ているとはいえ、新基地建設を巡る大浦湾の地盤改良・埋め立て工事を代執行によって強行するのは異常事態だ。 解決への第一歩どころか、災厄の詰まった「パンドラの箱」をあけることになり、対立と混迷が深まるのは確実である。 代執行による新基地建設は、米国統治下に吹き荒れた「銃剣とブルドーザー」による強制土地接収を新たな形で再現するものだと言わざるを得ない。 70年前の1953年、米国民政府は布令109号「土地収用令」を公布した。 補償金を巡る地主との交渉が不発に終わった場合でも米国民政府は、同布令によって新規接収することができる仕組みになっていた。 サンフランシスコ講和条約によって米国が直接統治していた沖縄に日本国憲法は適用されていなかった。 強制接収は小禄村具志、真和志村安謝・銘苅、宜野湾村伊佐浜、伊江村真謝・西崎など各地で相次いだ。 銃剣で武装した米兵を動員し、ブルドーザーで容赦なく家屋や農地を敷きならす。 美田を失い、家を破壊された伊佐浜住民の中には活路を求めてブラジルに渡った人たちもいる。 伊江島では耕地を失った農民が国際通りなどで「乞食行進」を行い、窮状を訴えた。 米軍が伊江島に射爆場を建設したのは、核兵器による空からの攻撃を想定した訓練のためでもあった。 本土に駐留していた米海兵隊が沖縄に移駐し、本土の米軍基地は大幅に統合・縮小され、その分、沖縄に基地が集中するようになった。 復帰は基地の過重負担を解消するものではなかった。 代執行による大浦湾の埋め立てには、見過ごせない重大な問題がいくつもある。 米国の海洋学者らでつくるNGOミッション・ブルーは、辺野古・大浦湾一帯を生物多様性の豊かな「ホープスポット」(希望の海)に選んだ。 政府は世界的規模で生物多様性が失われつつあることを深刻な脅威と受け止め、3月に「生物多様性国家戦略」(2023-30)を閣議決定した。生態系の保全・回復に取り組む行動計画が示されたのである。キーワードは「ネーチャーポジティブ」(自然再興)だ。 新たな国家戦略に基づいて生態系を保全し回復させるべきこの海域が、それとは真逆の危機に直面している。