○■ちっともノルウェーの森のことを歌っていないビートルズと、ノルウェーのこと
名盤として名高いビートルズのアルバム「ラバー・ソウル」に収録された曲「ノルウェーの森」が、ちっともノルウェーの森について歌っていないことは、ビートルズファンならずともよく知る話だろう(だよね?)。
歌詞はジョン・レノンの体験に基づくもので、ノルウェー製家具がある(あるいはノルウェー産木材で建てられた)女の子の部屋に、下心を持って上がりこんだけど、椅子もなく絨毯の上に座らされ、バスタブで眠らされた挙句、何もできずに逃げられた、という下世話な内容だ。
そもそも原題は「Norwegian Wood」。
森を表すなら“the wood” や“woods”でなければならないのに、ただの“wood”なのだから、どう解釈しても“森”とは訳せないはずだ。
そこを曲げて「ノルウェーの森」という邦題をつけたのは日本のレコード会社のディレクターで、誤訳なのか確信犯なのかはいまだに謎らしい。
日本人の多くはこの邦題、そしてジョージ・ハリソン演奏によるシタールの哀愁を帯びた音色と、ジョン・レノンの物憂げな歌声によってすっかり惑わされ、この曲を聴くと、どこまでも深く静かに広がるノルウェーの森林を連想してうっとりするようになった。
ところが、ここにもう一つの誤解がある。
実際のノルウェーは岩山が多く、どちらかといえば森林が少ない国なのである。
隣国のスウェーデンやそのお隣のフィンランドは森林率(国土に占める森の面積)が高く、世界でも有数の“森の国”だが、ノルウェーはといえば、トロールが棲んでいそうな断崖絶壁だらけの“岩の国”なのだ。
○■森林に囲まれているのに、森の恵みの木材をまったく有効活用していない国といえば?
先進国(OECD加盟国)限定で森林率を比較すると、1位のフィンランドと2位のスウェーデンに次ぐ第3位の森林大国はこの日本である。
日本の森林率は、コスタリカやブラジル、マレーシア、ロシアなど、我々が勝手に自然豊かと思っている国よりも実は高い。
ところが、現在の日本の木材自給率はわずか25%程度で、国内で利用する木材の多くを、外国からの輸入に頼っている。
木材自給率が約130%であるフィンランドやスウェーデンと比べるまでもなく、日本は国土の7割近くが森林でありながら、その恵みをまったく有効活用していない国ということになる。
日本の山は第二次世界大戦後、成長が早く建材になりやすいスギやヒノキといった針葉樹の人工林が一気に拡大した。
だが、昭和30年代に木材貿易が段階的に自由化されると、値段が安く安定的に供給される外国産木材の輸入率が高まり、国内産材木の需要は減少していく。
昭和30年には9割前後だった木材自給率はどんどん下がり、現状の2~3割に落ち込むまでそう時間がかからなかったそうだ。
そうしたこともあって、現在、日本の林業は著しく衰退している。
少子高齢化により地域の活力も低下し、林業の後継者不足と従事者の高齢化が進んでいるそうだ。
健全な森を維持するためには間伐が必須だが、切り倒された木はそのまま打ち捨てられている。
政府も推進している木質バイオマス(再生可能な生物由来の有機性資源で、化石燃料を除いたもの)の利用状況調査によると、現在、間伐や主伐により伐採された木材のほとんどが未利用のまま林地に残置されているという。
なんということなのだろう。
エコだSDGsだと国をあげて騒いでいる割には、こうした足元の課題にまったく取り組んでいないではないかと憤りさえ感じる。
世界情勢を背景にした電気代やガス代の高騰を嘆く前に、現状ではほとんど無駄になっている自国資源の有効活用を考えた方がいいのではないか!
とまあ、そんな立派な考えによるものでもないんだけど、我が家にはまさしく木質バイオマスを直接利用する、意外と未来派志向の秘密兵器があるので、今回はそれをご紹介したいのだ。
○■寒い寒い山中湖村の暮らしで、必然的に考えなければならないのは効率的な暖房
我が家はフリーランスの編集者兼物書きである僕と、東京の出版社に勤める妻、そして東京の公立中学に通う娘という構成だ。
生まれも育ちも東京だし、新しい家族を形成してからもずっと東京で暮らしてきたが、思うところがあって山梨県・山中湖村に第二の家を購入し、いわゆるデュアルライフをはじめたのが6年前、2017年のことである。
今でも暮らしの中心は相変わらず東京だが、東京の家は賃貸なのでいずれ引き払い、山中湖村の家を終の住処にしようという長期計画がある。
だから当然、薪ストーブがあるのは山中湖の家の方だ。
村域のほとんどが標高1000m前後に位置する山中湖村は寒冷地だ。
夏は避暑に最高なのだが、冬はびっくりするほど厳しい寒さに見舞われる。
最低気温がマイナス10度前後となることもしばしばなのだ。
北海道
の札幌あたりとほぼ同じ気候なので、桜が満開になるのはゴールデンウィーク前後。
だいたい10月から4月までは、毎日しっかりと家を温めなければならないので、暖房器具は生活の基盤となる。
そこで薪ストーブの話なんだけど、実は導入したのは最近のこと。
それまでは、一階のリビングはガスファンヒーターと石油ファンヒーターのダブル攻撃、トイレに小ぶりのオイルヒーター、風呂場に電気ヒーター、そして和室に掘りゴタツというラインナップで戦ってきた。
2部屋ある2階の一方はガスストーブ、もう一方の部屋は大きめのオイルヒーターが頑張っていた。
しかし、これだけたくさんの暖房器具をいっぺんに稼働させる真冬は、とにかく電気代とガス代と灯油代が嵩みまくる。
冬場に長期滞在することは少なかったのでこれまでは耐えていたのだが、ここ最近の燃料費の高騰、それに、将来的にはこちらに永住して、冬もずっと暮らすようになるのだと考えたら、早めに薪ストーブを導入したほうが、長い目で見ると経済的なのではないかということに気づいた次第である。
そんなわけで我が家に入った薪ストーブは、ベルギーのメーカー、Dovre(ドブレ)のもの。
640WDというベストセラーモデルだ。
今はもっとモダンで洗練された雰囲気の薪ストーブもあるのだが、我が家は1980年代に建てられたロッジ風の住宅なので、少しクラシカルなデザインが似合うと思い、こちらをセレクトした。
Dovreは現在、ベルギーのフランダース地方に本社と工場を構えているが、もともとはノルウェーで鋳物専門メーカーとして産声をあげたのだそうだ。
ノルウェーのオスロから北へ500kmの位置にあるドブレ山脈(Dovrefjell)が創業の地で、メーカー名もそこに由来しているのだとか。
検索してみるとそこは、岩肌をむき出しにした、まさにノルウェーらしい山々が連なる地域である。
○■最高すぎる薪ストーブだけど、大きな難点もある。それを解決するためには…
そんなわけで、鳴物入りで我が家にやってきた薪ストーブ、思った通りなかなか良い。
いや、思った以上に最高で、火を入れるとすぐに、僕も妻も娘も、そして二匹の犬たちも前に集まってくる。
他の暖房設備では感じられない、じんわりホンワリした温かさに包まれ、極上の気分を味わえるのだ。
僕は何時間でも飽きずに、燃える火を見ていることができる。
薪ストーブの前のチェアに陣取り、読書をしながらBGMとしてビートルズの「ラバー・ソウル」(やっぱり!)なんかを流そうものなら、身も心もとろけそうになる。
薪ストーブは料理にも使えるところが楽しい。
まだ本格的なことは試していないが、とりあえずマシュマロやサツマイモを焼いて楽しんでいる。
近いうちにはオプションのクッキングスタンドなるものを買い、ピザ焼きにも挑戦しようと計画中である。
まったく不満など何もないような薪ストーブ生活だが、一つだけ重大な難点がある。
薪が高いのだ。
市販されているものを一束、ホームセンターで購入しようとすると、800~1000円近くする。
真冬だと、一束を使い切るのに一晩もかからないにもかかわらずだ。
長い目で見たコスパを考えて導入した薪ストーブなのに、薪の入手ルートを再考しなければ、むしろ燃料代が高くついてしまうかもしれないのだ。
薪をもっと安く手に入れるのは、林業従事者から直接買うことらしい。
少し遠征すれば、丸太のまま安く売っていることもあるという。
また、薪を安定的に入手する究極の方法は、自分が林業に従事することだ。
もちろん本業ではなくてもよく、林業は慢性的な人材不足のため、知識と技術を持っていれば臨時の手伝いなどでかかわることができるらしいのだ。
実はこれをマジで考えていて、3月には山梨県で行われるチェーンソー講習会に参加するつもりだ。
編集者出身の木こりがいたっていいじゃないか。
とりあえず今は、木の伐採と薪作りに欠かせないチェーンソーが“ほしい物リスト”の上位に上がってきているのである。
文・写真/佐藤誠二朗
佐藤誠二朗 さとうせいじろう 編集者/ライター、コラムニスト。1969年東京生まれ。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わり、2000~2009年は「smart」編集長。カルチャー、ファッションを中心にしながら、アウトドア、デュアルライフ、時事、エンタメ、旅行、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動中。著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』(集英社 2018)、『日本懐かしスニーカー大全』(辰巳出版 2020)、『オフィシャル・サブカルオヤジ・ハンドブック』(集英社 2021)。ほか編著書多数。 この著者の記事一覧はこちら